日本は関税を下げる「最強の切り札」を持っている…トランプ大統領が喉から手が出るほど欲しい"日本の技術"

2025年4月15日(火)7時15分 プレジデント社

米ホワイトハウスで「相互関税」の詳細を発表するトランプ大統領=2025年4月2日 - 写真提供=ロイター/共同通信社

米国のドナルド・トランプ大統領は「相互関税」の措置を90日間、停止すると発表した。停止中は各国に課す関税率は10%に引き下げられ、交渉が進められることになる。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「日本は関税対策として戦略を提示するだけでなく、本質的に米国との関係を変えていく必要がある。防戦一方ではなく、『提案する同盟国』としての自覚と構想力が求められている」という——。(前編/全2回)
写真提供=ロイター/共同通信社
米ホワイトハウスで「相互関税」の詳細を発表するトランプ大統領=2025年4月2日 - 写真提供=ロイター/共同通信社

■「トランプ関税」の衝撃


2025年4月、ドナルド・トランプ米大統領は突如、「相互関税」の導入を発表した。日本にも24%の関税が課され、経済界と政界は衝撃に包まれた。


その後トランプ大統領は、報復措置をとらず問題の解決に向けて協議を要請してきている国に対しては90日間、この措置を停止すると発表。相互関税を停止している間は各国に課す関税率は10%に引き下げられ、交渉が進められることになる。


石破茂首相とトランプ大統領は7日に電話会談を実施し、両国は関税交渉に向けて担当閣僚を指名し、協議を開始することで合意した。トランプ政権は米財務省のスコット・ベッセント長官を対日交渉の主導役に指名。米通商代表部(USTR)も加わり、関税だけでなく円ドル相場、非関税障壁、政府補助金などを含む包括的な交渉が開始される運びとなった。


ベッセント長官は声明で、「大統領は私とUSTR代表に、世界貿易の黄金時代に向けたビジョンを実現する対日協議を開始するよう命じた」と明言し、通貨問題も焦点となることを明らかにした。


ベッセント氏は、かつてジョージ・ソロス氏のファンドで最高投資責任者(CIO)を務め、英ポンド危機を引き起こした“通貨のプロ”。トランプ政権の掲げる二大戦略「関税強化」と「ドル安誘導」の両面で日本との本格的な交渉に臨むことが予想される。米国債を活用したドル高是正案など、極めて高度な金融交渉も視野に入る。


■日本は「提案する同盟国」になれるか


このような状況下、日本の輸出企業にとっては「関税」と「通貨」のダブルパンチが現実化する恐れがある。日本政府は、防戦一方の交渉に終始するのではなく、米国にとって戦略的に意味のある“能動的提案”を行う必要がある。


筆者は、その最有力分野が「造船業」だと考える。


トランプ大統領は9日、低迷する米海事産業を復活させ中国の海上支配に対抗することを目的とした大統領令に署名。マイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)らに7カ月以内に造船・海事労働力の強化策をまとめるよう指示した。


トランプ政権では、すでにホワイトハウス内に「造船局(United States Office of Shipbuilding)」を新設しており、軍用・商用の造船業の国家的再建を目指している。


その背景には、造船業における中国の台頭がある。米国はすでに中国に造船能力で232倍の差をつけられ、自国建造力の喪失が安全保障上の脅威として顕在化している。


ここに、日本の提案の入り口がある。日本は、造船業を「海洋インフラ」「国際物流」「防衛」を支える“構造同盟産業”として位置づけ、米国とともに日米共同造船体制を構築することで、トランプ氏の国家戦略を支援し、同時に関税・通貨問題に対する協調的アプローチを提示すべきだ。


関税、通貨、財政、防衛を連動させ、戦略産業を再構築するというトランプ政権のビジョンに、日本がいかに“同盟国として貢献するか”が問われているのである。本稿では、その中核提案となり得る「日米造船同盟モデル」について、構造的かつ具体的に提示していく。


■日本の造船技術は今でも「世界トップクラス」


日本の造船業は、かつて世界一の地位を誇っていた。戦後復興から高度経済成長期にかけて、日本はその高い技術力と労働力、そして独自の品質管理能力によって世界の海運市場を席巻した。だが21世紀に入り、中国と韓国の国家主導による価格競争・設備投資攻勢に押され、数量ベースでのシェアは低下。2020年代現在では世界第3位の造船国となっている。


それでも日本の造船技術は依然として世界トップクラスだ。今治造船、日本シップヤード(今治造船とJMUの統合企業)、三菱重工、川崎重工といった主要企業は、LNG燃料船、アンモニア対応船、超省エネ型商船、静音型巡視艇などで、世界中のオーナーから“高品質・納期厳守・安全航行”のブランドとして信頼を獲得している。日本製の船が数十年にわたって使用され続ける理由は、こうした技術と品質の積み重ねにある。


写真=iStock.com/canjoena
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/canjoena

一方で、構造的な課題も山積している。まず人材の確保が急務だ。とくに地方の中堅・中小造船所では熟練技能者の高齢化が進み、若年層の確保も難しい。溶接、設計、工程管理など、すべてが人手に依存していた従来モデルは限界に達しつつある。


■「構造転換の第二ステージ」へ


また、設備の老朽化やサプライチェーンの硬直化も進行している。多くの部品供給企業が事業承継に失敗し、製造業から撤退している現状がある。国際競争力の面では、中国や韓国のように国家戦略として造船を強化している国々に対して、価格・納期面で劣後する場面が増えている。


こうした中、国土交通省は2024年6月に「船舶産業の変革実現のための検討会報告書」を公表し、造船業を経済安全保障・国家安全保障の中核と再定義した。同報告書では、GX(グリーントランスフォーメーション)に対応する新燃料船(LNG、アンモニア、水素など)の技術開発支援や、官公庁船の建造・補助制度、設計・建造のデジタル化、人材育成を柱に据えている。


政府は船舶関連機器を経済安全保障推進法の「特定重要物資」に指定し、同盟国との制度調和(部品共通化、供給協定、共同修理制度など)を視野に入れた構造改革を進めている。こうした政策的追い風を活かし、日本の造船業は今こそ“構造転換の第二ステージ”へと踏み出す必要がある。


日本の造船業が直面しているのは、“競争力の衰退”ではなく、“構造刷新の機会”である。いまや造船は、単に輸出産業としての機能を超えて、国家のエネルギー、物流、同盟戦略を支える多層的インフラ産業へと進化しつつあるのだ。


■日本の造船業を「5ファクター」で分析する


日本の造船業の実力と課題、そして未来を多面的に把握するためには、筆者が提唱する「5ファクターメソッド(道・天・地・将・法)」の視点が有効である。これは、国家戦略や巨大産業構造を読み解く際に、理念から制度までを一貫して捉えるための分析フレームであり、今回の造船業再編の文脈でもその適用性は極めて高い。


筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.
道:ミッション、理念

かつては輸出製造業の中の一部門として扱われていた造船業は、今や国家安全保障・経済安全保障を支える「社会インフラ産業」として再定義されつつある。とりわけ、脱炭素物流、災害支援、海上警備、インド太平洋秩序の維持といった新たな役割を背負い、造船は“海のインフラ”を担う公共的役割を果たしている。造船は、単に船を造る産業ではなく、国際秩序と物流秩序の“構造”を形にする産業なのである。


■海洋秩序の「不安定要素」が増している中で…


天:時流、政策環境

日本造船業にとっての時流は、いままさに追い風に転じている。中国の造船覇権、台湾海峡有事リスク、南シナ海封鎖リスクなど、海洋秩序に関する不安定要素が増している今、信頼できる造船国として日本が再注目されている。


また、脱炭素化・GX推進の観点から、LNG、アンモニア、水素といった次世代燃料船の設計建造において、日本は世界的に希少な技術リーダーとなっている。政策面でも、国交省、経産省がそれぞれスマート造船支援、人材育成、部品産業支援などの制度を立ち上げつつあり、ようやく“戦略対象産業”としての制度的位置づけが始まった段階にある。


地:構造、サプライチェーン

日本の造船業は、今治、長崎、横浜をはじめとする造船都市に高度な部品供給網と熟練技術者を抱えており、その産業エコシステムは世界でも類を見ない。エンジン、プロペラ、艤装品、塗装、ソフトウェアなど、すべてが高密度に集積しており、“つくる力”の集約地としての価値は極めて高い。


ただし、人口減少、高齢化、技能承継の停滞により、この優位性は失われつつある。さらに、一部サプライヤーの廃業・縮小によって、建造コスト、納期の安定性が脅かされている。今後は、部品供給、設備更新、事業継承を含む「造船インフラの総再設計」が求められている。


■単なる産業ではなく、「海を守る社会インフラ」


将:リーダーシップ、人材

日本の造船現場は極めて優秀であり、現場監督者、設計者、溶接技術者などは世界的にも高評価を得ている。しかし、制度設計、国際交渉、企業連携といった“戦略レベル”を担うリーダー人材が圧倒的に不足している。


今後は、技術×戦略×交渉を横断できるハイブリッド型リーダーの育成が不可欠であり、「造船外交人材」「安全保障調整人材」といった新職種の創出も視野に入れるべきである。また、女性・外国人・若年層の登用が遅れており、多様性の欠如がイノベーションのボトルネックになっている点も見逃せない。


法:制度、ルール

品質管理、納期管理、安全設計において、日本の造船制度は世界トップレベルであり、船級協会、ISO規格、安全航行規定の整備も完璧である。


しかし、国際連携・軍需転用の文脈においては制度の硬直性が大きな障害となっている。とりわけ防衛装備移転三原則の規制は、共同建造、共同修理、合同調達といった“制度接続型国際協力”にとって壁となる。今後は「例外枠の設計」「制度調整の省庁間協議」などを通じて、制度を守りながら柔軟に動かす“戦略的法制運用”が求められている。


以上のように、「5ファクター」から見ると、日本の造船業は単なる産業ではなく、「海を守る社会インフラ」であり、「同盟と秩序を支える戦略構造」であるということが明確になる。そしていま、日本の造船業は世界の造船秩序を再構築する「産業外交の前線」に立つ準備が整いつつある。


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■米国造船業はどこまで「壊れている」のか


米国の造船業は、いまや“空洞化”という言葉では収まらない、国家的危機の最前線にある。かつて「世界最強」と言われた米国造船業は、第二次世界大戦中の1944年には140万人の雇用を抱えていた。しかし、レーガン政権時代に補助金政策が終了して以降、国内の製造拠点は次々に海外移転され、現在では従事者数が当時の10分の1以下にまで減少し。米海軍情報局の調査によると、米国の艦艇建造能力は中国のわずか232分の1に過ぎないと指摘されている。


この差は商船だけにとどまらない。駆逐艦、巡視船、輸送艦など、軍艦分野においても米国は就役の遅延が常態化しており、予算を増額しても人材・部品・管理インフラの整備が追いつかない。中国はここ数年で大規模な艦隊増強を進めており、量でも質でも米国を凌駕しつつある。


さらに問題は、米国国内の造船がほぼ軍需依存となっており、商船の建造比率が20%を切っていることである。これにより、平時の設備稼働率が極端に低く、緊急時における量産能力が致命的に不足している。


■単独での「造船産業の復活」は現実的ではない


この現状を受けて、トランプ政権は造船業復活を国家戦略に格上げしている。


2025年3月の施政方針演説では「国防を支える基盤を強化するため、民間と軍用の造船業を復活させる」と明言し、「造船局(United States Office of Shipbuilding)」の新設を発表した。さらに、冒頭で触れたように9日、海事産業再生を目的とした大統領令に署名。税制優遇、法人税減免、投資誘導策、軍需補助金制度の再編、港湾インフラ整備などを柱とする包括政策が検討されている。


そして、経済ブレーンであるスティーブン・ミラン氏の構想が重要な背景をなしている。同氏のレポート『A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System』では、次のような戦略思想が明確に提示されている。


・製造業、特に国防と関わる基幹産業の復興が国家安全保障と不可分
・関税、通貨、財政、防衛を連動させ、戦略産業を再構築すべき
・鉄鋼や兵器など“生産する力”のない国家は主権を失う

造船業への明示的な記述は見当たらないが、この文脈全体からすれば、造船はまさに“象徴的な戦略産業”として位置づけられていると見て間違いない。CSIS(戦略国際問題研究所)レポートでも、外国商船の受注が中国の軍事インフラを間接的に支えている現実を指摘しており、海上輸送と造船が安全保障リスクの中心にあることは明白である。いまアメリカでは、造船業が「つくる力」だけでなく「守る力」として再評価されている。


このような状況下において、米国単独での造船産業の復活は現実的ではない。だからこそ、ここに日本との連携による“制度・人材・建造体制の補完”という現実的かつ戦略的な解が求められているのである。


■米国の造船業を「5ファクター」で見る


前述の通り、アメリカの造船業は国家的危機の渦中にあり、復活に向けた道筋は決して平坦ではない。ここでは、米国造船業を「5ファクターメソッド」で読み解き、再建に向けた論点を明確にする。


筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.
道:ミッション、理念

米国において造船業は、単なる産業セクターのひとつではない。それは国家主権、軍事力、経済自立を象徴する基幹インフラである。トランプ政権が「造船なき国家に未来はない」と繰り返すように、造船業は“国家を守るための生産装置”として、政策的にも社会的にも極めて高い価値を持つ。今や米国にとって造船は、“再び主権を取り戻す”ための象徴的産業である。


天:時流、政策環境

政策的には、造船業は通商、通貨、防衛政策のすべてと接続される「統合戦略分野」となっている。トランプ政権は相互関税の導入に加え、港湾使用料の規制強化、法人減税、軍需補助金、関税収入の再投資など多層的な仕組みを用意している。加えて、経済ブレーンのミラン氏が提唱する「マールアラーゴ合意」に象徴されるように、通貨政策と軍事支出を組み合わせた通商戦略が本格化しており、造船業はその交差点に位置づけられている。


■いずれの要素でも「日本との補完関係」が成り立つ


地:構造、サプライチェーン

アメリカの造船インフラは、過去40年間の空洞化によって深刻な構造的欠陥を抱えている。修理能力の低下、ドックの老朽化、サプライヤーの崩壊、技能者不足、技術教育機関の消失——いずれも再建には時間と外部支援を要する。フィリー、マリネット、インガルスといった現存拠点はあるものの、量産体制や柔軟な対応力を持たない。この現実は、日韓など同盟国との技術、人材、部品供給ネットワークの構築を“戦略的に不可欠な要素”として押し上げている。


将:リーダーシップ、人材

米国造船業には、明確な国家戦略(トップダウン)は存在しても、それを実行できる民間リーダー、管理職、技能職が著しく不足している。政府と軍の指示に応える現場の人材基盤が断絶しており、日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)のような制度を使い、日本の民間技術者や訓練制度を取り込む必要性が高まっている。これにより、“日本の人材がアメリカの造船を支える”という構図が現実化しつつある。


法:制度、ルール

米国の造船制度は、バイ・アメリカン法(BAA)やジョーンズ法といった強力な保護政策を前提に成立している。一方で、この制度は柔軟性に乏しく、国際連携、共同建造、部品共通化に対応できないという側面もある。そこで、現在は「例外認定制度」や「共同原産地認定スキーム」の設計が進行しており、日米共同での制度整合が視野に入ってきている。また、国際緊急経済権限法(IEEPA)などを通じて、通商、軍事、金融を横断する政策手段も動員されはじめている。


写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

■日米で「造船力」を統合せよ


以上のように、アメリカの造船業は「5ファクター」すべてにおいて“再構築が必要な産業”であり、しかもそれは米国単独では実現し得ない。だからこそ、ここに日本との統合的連携という“現実的かつ戦略的な補完関係”が成り立つのである。


ここまで見てきたように、日本と米国の造船業は、それぞれが抱える課題とポテンシャルにおいて驚くほど補完的である。


日本は技術力、品質、部品供給、人材訓練において圧倒的な強みを持つ一方、米国は国家的戦略意志、資金、制度変更力、安全保障需要という巨大な推進エンジンを持っている。この両者が本格的に連携すれば、単なる企業間提携を超えた「構造的な日米造船同盟」を築くことが可能となる。


後編に続く)


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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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