「俺の人生これでいいんだっけ」昼休みに“食事時間10秒“で書き続けた、週5フルタイム現役商社マン作家(33)が伝えたかったこと

2025年4月23日(水)7時0分 文春オンライン

「悶々としている、この世の全JTC社員が読むべき小説」「月曜日が憂鬱な全サラリーマンに読んでほしい!」発売直後からビジネスパーソンの間で話題の『 高宮麻綾(まあや)の引継書 』。


 国際政治や海外のビジネスシーンを中心に、世界のニュースを解説する人気のPodcast「News Connect あなたと経済をつなぐ5分間」に、現役商社マンで作家の城戸川りょうさんが登場しました。



※本記事はPodcast「 News Connect あなたと経済をつなぐ5分間 」で配信された内容を再構成したものです。



聞き手:野村高文氏(Podcastプロデューサー)
ゲスト:城戸川りょう(作家)




「引継書」が小説に!? 話題作誕生の舞台裏


——「引継書」をテーマにした小説はあまり聞いたことがありません。


城戸川:私自身が働く商社を舞台にと思い、この作品を書き始めました。タイトルにもなっている「引継書」は、多くのビジネスパーソンが思い入れのあるものだと感じています。異動の多い会社で後任の人に、自分のやった仕事を伝えるだけでなく、自分がやってきたことが成績表のように残るので、こだわりがある人が多いのかなと。


 この「引継書」をテーマに小説を書けたら、面白いんじゃないかという着想がありました。



©AFLO


——作品の要所要所に出てきます。


城戸川:残業している時に、ものすごい古い引継書を会社でたまたま見つけたという経験がありまして。すでにもう無くなった事業に関する引継書でしたが、当時の人の熱い思いや事業に賭ける思い、畳まざるを得なかった悔しい思いが滲み出ているのを感じ、「あ、これ面白いな」と。



◆小説『 高宮麻綾の引継書 』とは
主人公は食品系の専門商社に勤務する、社会人3年目の高宮麻綾(まあや)。
社内のビジネスコンテストで優勝し、事業化を約束されるも、親会社に「リスクがある」としてアイデアを潰されてしまう。


怒りに震えた彼女は「リスクの正体」を探るべく、過去に親会社でおきた事件について調べていく…。


第31回松本清張賞の最終選考で落選するも、2025年3月刊行。
丸善丸の内本店の週間ベストセラー(2025年4月3日〜4月9日)の『文芸』部門で1位にランクインした。



——主人公が仕事で上手くいった後の酒を飲むシーンが印象的でした。


城戸川:仕事仲間と、終わった後の酒を飲むシーンは、日々の仕事の苦労や喜びを分かち合い、語り合える大切な時間だと感じています。かく言う私は商社マンながら、お酒が飲めないのですが(笑)。


——この小説を通じて、読者に伝えたいことは?


城戸川:「会社員だって面白いんだぞ」ということを伝えたいと思いました。会社員生活で思うようにいかないことや、うまくいかないこと、それでもキラッと輝く瞬間や、後から振り返って面白かったと思える瞬間は必ずあるはずです。


”現役商社マン作家”ができあがるまで


——ここからは城戸川さんのキャリアについて。


 商社に勤めながら小説を書くというのは一体どういうことなのか、伺っていきたいと思います。学生時代はどんな学生でしたか?


城戸川:学生時代はフェンシング部の主将を務めながら、アカペラサークルにも所属していました。当時、小説を読むのは好きだったのですが、小説家になりたいと思ったのは学生時代の最後の最後、でした。


——本は、ずっと読まれてきたんですよね。


城戸川:小学校中学年のころに『ハリー・ポッター』が発売されて、『 ダレン・シャン 』『 エラゴン 』『 バーティミアス 』といった、めちゃくちゃ分厚い海外ファンタジーにハマりました。


 その一方で、青い鳥文庫の『 パスワード探偵団 』(松原秀行著)シリーズ、『 名探偵夢水清志郎事件ノート 』(はやみねかおる著)シリーズなど、児童書のミステリものを読み漁っていたのが幼少期のころですね。


——ずっとストーリーを読まれてきた。小説家の道に進まず、なぜ商社に?


城戸川:就活で自己分析をするなかで、自分が何をしてる時が一番楽しいか考えた結果、主将や部長をしている時が楽しかったということに行き着きました。


 主将や部長の役割は、ある組織のなかである目標を立てて、その中にいるみんなが同じ方向を向くように声をかけ、その目標に向かって、自分自身も手足を動かして誰よりも努力をする、ということだと当時は考えていて。そのイメージに一番ぴったり来たのが、商社でした。


 国内、国外の人たちと協力しながら目標を達成して、さらなる野望に向かって突き進んでいく。おそらく違う業界でも同じような働き方はできると思いますが、就職活動しているときの自分は、商社が最も近いと思って第一志望にしていました。


——主将や部長の話はリーダーシップや巻き込み力とも言えそうですね。それでは商社に入ったのち、作家を目指そうと思ったのはどういうきっかけだったのですか。


城戸川:大学4年生の卒業間近に、(面識はないものの)同級生の辻堂ゆめさんが「このミステリーがすごい!大賞」で入選されました。そしてその年度の東京大学の総長賞を獲ったのを見て、衝撃を受けました。


 自分は昔から本が好きだったのに、なんで自分で書こうとトライしなかったのか、恥ずかしいとか情けないという気持ちになりました。これが、小説を書くということを初めて意識した瞬間でした。


我流でやろうとしても「型無し」でしかない


——素朴に聞いてしまうのですが、本を楽しく読むことと、自分が書きたいということの間には、大きな差があるように感じますが。


城戸川:私自身本を読むのが好きというのと、話をするのが好きというのがありまして。


 高校時代、フェンシング部の恩師がたいへんスパルタな方で。大会の遠征に行く車の助手席で、部長が面白い話をし続けなければといけないという伝統があり、その中で「話の尺が長い」「山場が小さい」「助走が長すぎる」という指摘を受け続けた結果、物語の構成力が鍛えられました(笑)。


 自分が考えた話を面白く話すことで笑ってもらえる、楽しんでもらえるのが好きだったというのと、小説を読むのが好きというのが繋がりました。


——ご興味あるか分からないですが、ラジオDJとか向いていると思いますよ(笑)。ご出身は…。


城戸川:山形です。関西ではないです(笑)


——商社に入ってすぐ書き始めたんですか?


城戸川:それはもう想像以上の大変な日々で。面白くもあり、スリリングでもあり、シンプルにキツイ日々が始まりました。小説を書くなんてスポンと抜けますよね。


——いつのタイミングで書こうと思ったんですか?


城戸川:会社員2年目の終わりのころですね。自分がこれはできたなと思うこともあれば、学生時代に思い描いていた活躍ができず、理想と現実のギャップに悩んだ時期もありました。「俺の人生これでいいんだっけ」と考えていた時、小説を書きたいと思っていたことが、ふと頭をよぎりました。


——そこからは?


城戸川:小学校・中学校では剣道を、高校・大学ではフェンシングをするなかで、「型を大事にする」スポーツだと感じていました。


 やはり基礎を大事にするのが一番の近道だと思っているので、型が身に付く前に我流でやろうとしても「型無し」でしかない。「型破り」をするには、まずは型を身に付けようと小説教室に通い始めました。


——いつ執筆されているのですか?


城戸川:まず土日は全部。そして平日は昼休みが始まったら、コンビニのおにぎりと私用のPCを持って会社の近くの公園へ行きます。2、3分でごはんを食べたら、残りの45分間ずっと小説を書いて、終わった後何食わぬ顔で自分のデスクに戻るというのを一時期はやっていました(笑)。


——燃料補給だけ(笑)。


城戸川:もう本当に10秒チャージでした(笑)。


「今ここは頑張り時だ!」という一瞬のきらめき


——1つの作品を生みだす苦しみがあると思います。そのなかで続けていくには何が支えになっていますか。


城戸川:松本清張賞に応募するまえに、自分が書いた作品を会社の先輩や同僚、友人に読んでもらっていました。ある短編小説を口数の少ない先輩に見せたとき、「続き早く読ませてよ」と言われて。そう言ってくれる人がいるなら書きたいと思ったし、それがモチベーションになっています。


——このあと、どういった小説を書いていきたいですか?


城戸川:『 高宮麻綾の引継書 』の続編はしっかり書いていきます。また、普段働いてる中で得た喜怒哀楽や、いろいろな感情はどんどん増えていくと思うので、やっぱりお仕事小説は今後も書いていきたいなと。


 書きたいものとしては、“普通の人”を書きたい。(『 高宮麻綾の引継書 』の主人公である)高宮もすごい強いキャラクターに見えますが、生まれが特別だったり、後ろ盾があったりするわけではない。でも普通の人である彼女がやっぱり「今ここは頑張り時だ!」と思って、その一瞬のきらめきみたいな、ガッツ出して踏ん張ってやり切って。その一瞬の輝きを切り取ったのが、『 高宮麻綾の引継書 』だと思っています。


 世の中面倒くさいし、面白くないこともたくさんあるけども、悪いことばっかりではない。自分もちょっと頑張ってみようかなと読み終わった後に思ってもらえるような、そんな小説を書いていけたら嬉しいです。


——仕事に対してのスタンスがそれぞれ異なる時代です。城戸川さんは商社パーソンとしての活動も含めて、仕事というものをどう考えていますか。


城戸川:私は器用ではないので、全部100%でやろうとしてしまいます。その上で、自分の好きなものと出会えたら、その瞬間に初めて120%、150%、それ以上のものが出せるのかなと。自分が常に150%、200%出せるようなものに出会いたいと思って仕事しています。


 今の時代、走り続けることも大事なので、バランスを取りながら、やりたいことに出会えた瞬間にガッと飛びつける瞬発力、体力は常に持ち続けたいですね。


※本記事は4/5(土)に配信されたPodcast「 News Connect あなたと経済をつなぐ5分間 」の内容を再構成したものです。


(文藝出版局/文藝出版局)

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