「モーレツ社員」から「人並に働きたい」へ…社会とともに変化する働き方、少子高齢化の中では新たな課題も

2025年5月2日(金)2時27分 読売新聞

企業の合同説明会に参加する学生たち(2025年3月1日、大阪市住之江区で)

[戦後80年 昭和百年]経済<下>

 日本経済は戦前から巨大なアメリカと向き合い、影響を受け続けてきた。米国の圧力に翻弄されるのは、トランプ政権が初めてではない。戦後はそれを何度も乗り越え、共栄の道を探ってきた。歴史を顧みつつ、日米貿易そして消費や雇用の現状と未来を問う。

大幅賃上げ 労働時間は減

 「社長来てます!」「即内定OK」——。

 東京・丸の内の東京国際フォーラムで3月20日に開かれた転職フェアには、2000人余りの転職希望者が訪れた。企業ブースの貼り紙の文言からは、少しでも多くの人材を確保したい企業の本音が透ける。物流会社に勤める千葉県松戸市の男性(28)は「企業の生の声を聞けてイメージが膨らんだ。前向きに転職を検討したい」と話した。

 出展者は、製造業からIT企業、金融機関、食品メーカー、省庁と幅広い。来場者は20〜30歳代だけで8割を占めたという。主催した就職情報会社マイナビは「企業は人手不足で常に働き手を求めている。転職希望者と直接交流できる場としてニーズは高い」と説明する。

 転職市場は活況を呈している。総務省の労働力調査によると、2024年の転職希望者は10年前の1・2倍の1000万人に上る。転職支援サービスは急成長しており、厚生労働省の23年度の調査では、市場規模は8362億円。10年前の2・6倍の水準だ。

バブル期以来

 人手不足が深刻化する日本は、就職を希望する人が求人企業に対して有利な「売り手市場」が続く。日本の失業率は低位で安定しており、職種をより好みしなければ、ほぼ誰でも働くことができる時代だ。人材の獲得競争は激しくなり、企業は賃金の引き上げや福利厚生の充実を迫られる。

 25年春闘では、大手企業を中心に大幅な賃上げが相次ぐ。連合によると、4月15日時点の平均賃上げ率は5・37%に上り、バブル期以来34年ぶりの高水準を示している。若い世代へのアピール材料として初任給を引き上げる企業も多い。大卒の初任給を過去最高の30万円とした大手ゼネコンの大林組は「採用は厳しく、人材投資を拡充する必要がある」と理由を説明する。

「人並みで十分」

 戦後長らく、多くのサラリーマンは家庭の時間を犠牲にして働いた。高度経済成長期には「モーレツ社員」が流行語となり、バブル全盛期には「24時間戦えますか」と呼びかけられた。社員旅行や社内運動会の実施率が高く、休みの日も会社のために尽くしていた。

 こうした長時間労働の常態化が多様な人材の活躍を阻み、生産性を低下させてきた、との反省から、政府は19年施行の働き方改革関連法で、残業時間に罰則付きの上限を設けた。

 企業も削減を後押しした結果、日本人の労働時間は減っている。1人当たりの年間労働時間は、1970年の2239時間(週あたり43時間)から23%減少し、2024年は1714時間(同33時間)となった。女性のパート勤務や高齢者の雇用が増え、多くの人手を使って日本全体の労働力を維持している構図だ。

 これまで仕事に費やしてきた時間は、子育てや介護、余暇に回せるようになり、働く人の意識も変化している。公益財団法人・日本生産性本部が、新入社員に「人並み以上に働きたいか、人並みで十分か」を聞いた19年度の調査では、「人並みで十分」が63・5%に上り、より意欲的な「人並み以上」は29・0%にとどまった。両者の隔たりは34・5ポイントと1969年度の調査開始以降で最大に広がった。

 英国の経済学者ケインズは30年のエッセーで、技術の進歩によって100年後には1日3時間、週15時間の労働で豊かな人生が送れると予測した。ケインズの空想に近づき、人々が持続的な成長と充実した余暇を手にするには、さらなる労働生産性の向上が求められる。

 一橋大の楠木建・特任教授は「良いマンションを買うためにたくさん働いて給料をもらうか、夫婦で週3日ずつ働いて価値観に沿った生活を送るか。労働市場のメニューから、自分に合った仕事を選べるようになる」と予想している。

成長支えた「モーレツ」 日本的経営で「No.1」

過重労働

 給料をもらって生活する人を指す「サラリーマン」という言葉は、大正から昭和初期に定着した。1928年の「サラリマン物語」(前田一・著、東洋経済出版部)は「呑気のんきで結構づくめの耀かがやかしい社会的存在」という世間一般での印象とは裏腹に、就職難や安月給、満員列車での通勤に苦しむ姿を描いている。

 当初は少数の頭脳労働者だったサラリーマンは、戦後の産業発展や高等教育の大衆化を受けて、一気に増加する。60年の国勢調査で、企業などに勤める雇用者は2363万人となり、初めて勤労者の半数を超えた。

 高度経済成長を迎えると、サラリーマンの所得は増え、日本人は豊かさを実感するようになる。その豊かさは、「モーレツ社員」の過重な労働に支えられていた。

 「日本はウサギ小屋に住んでいる仕事中毒者の国」——。これは、79年に明るみに出た欧州共同体(EC)の内部文書だ。日本の貿易黒字は、日本人の激烈な労働と企業に対する忠誠心によるものとみなされた。文書は「このような国と正面から競争することは欧州にとって容易ではない」と結論づける。

終身・年功

 この頃に日本で定着したのは、会社が倒産しない限り定年まで勤務できる「終身雇用」と、勤務年数に応じて給与が上がる「年功序列賃金」だ。サラリーマンの多くは、安定した雇用と賃金が上がる将来を約束され、一つの会社に尽くして懸命に働いた。企業にとっては雇用の保障で社員の帰属意識を高め、同年代への均等な給料で連帯感を作り出す効果があった。

 米国の社会学者エズラ・ボーゲル氏は79年の著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で、こうした日本的経営を高く評価した。ただ、都市の過密による交通渋滞や住宅不足、公害といった問題も抱えるようになった。

 90年代のバブル崩壊では、企業の倒産やリストラが相次いだ。日本経済は長いトンネルに入り、2000年代前半まで、十分な雇用機会に恵まれない「就職氷河期世代」を生んだ。会社は既存社員の雇用を守るために新卒採用を絞り、08年のリーマン・ショック後は、非正規雇用の雇い止めが社会問題になった。

介護離職

 新型コロナウイルスの感染が広がった20年以降は、テレワークの導入が急速に進んだ。国土交通省の調査によると、企業や官公庁で働く人のテレワーク実施率は19年の14・8%から伸び、20〜24年は23〜27%で推移している。勤務先に出向かなくても、自宅や喫茶店で仕事を完結できることが当たり前になった。

 25年に入り、戦後のベビーブームで生まれた「団塊の世代」は、全員が75歳以上の後期高齢者となった。その介護を担うことになる団塊ジュニア世代は、管理職やベテランとして重要な仕事を任されている50歳代前半だ。厚生労働省によると、23年に「介護・看護」を理由に離職した人は7・3万人に上り、00年からほぼ倍増した。少子高齢化は、介護離職という新たな課題を生んでいる。

 経済部 村瀬駿太郎、編成部 十河靖晃、デザイン部 大倉千登勢、デジタル編集部 瀬戸聡仁が担当しました。

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