「お金がないから」だけではない…旅行も引っ越しも外出も自由にできない日本人の"悲痛な嘆き"

2025年5月22日(木)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Farknot_Architect

自由に居住地を選び、好きな場所に移動することは憲法で保障されている権利だ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員の伊藤将人さんは「独自に行った調査では、4人に3人が『移動の自由』はもって生まれた権利であると考えている一方、3人に2人が『移動の自由をめぐる差が存在する』と回答した」という——。(第2回/全3回)

※本稿は、伊藤将人『移動と階級』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。


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■移動に困難や苦労を感じる人たちの声


移動をめぐる格差が存在する中で、実際に移動をめぐる「困難」や「苦労」を経験したことがある人はどのぐらいいるのだろうか。


全国の2949人が回答した移動に関する調査調査で明らかになったのは、約3人に1人(約36.9%)が何らかの移動をめぐる困難や苦労を経験している実態である。


自由記述の結果によると、地震や自然災害によるもの、新型コロナによるもの、居住する地域の特性による交通機関の選択肢が少ないといったものが多く挙げられたが、ほかにも回答者の具体的な経験として次のようなものがあった。少々多くなるが、重要な声なので列挙したい。


■交通費を減らそうと、約10キロ歩いた


「夫が仕事ばかりなので、子どもとずっと一緒に過ごしていて、買い物や美容室に行きたいと思っても行けない」(40歳、女性、年収300万円未満)


「旅行先で子どもが体調を崩し、一人で対応しながら公共交通機関を利用して帰宅したとき。スマホなどなかったので簡単に調べることもできず、病状対応などを並行しての作業がつらかった」(51歳、女性、年収600万円以上)


「経済的な問題で他県への移動が年々難しくなっている。それが解決するまではこの状態が続く」(57歳、男性、年収300万円未満)


「(抱えている病気の影響で)移動中、移動先でタバコの煙を浴びてしまい何もできなくなってしまうから。ひたすら残念な気持ちになるし、1日に何回もこのようになると、生きていたくなくなる」(41歳、男性、年収300万〜600万円未満)


「公共交通機関を使っているので、範囲が限られたり、時間が限られたりしているから。これが自動車なら、その自由の度合いは、まったく異なるものになると思うので」(53歳、男性、年収300万円未満)


「低収入のため、特急を普通に変更して長時間移動をした。また、10キロメートル程度歩いて交通費を削減した」(37歳、男性、年収300万円未満)


■タクシーに断られ続ける38歳の妊婦


「(重度の副鼻腔炎で)飛行機に乗れない身体のため、遠方に行くときも新幹線を使い、6時間ぐらい片道かかることがある。一度台風に遭って5時間ぐらい立ちっぱなしで帰ったこともあった。飛行機に乗れたら他の家族と一緒に移動できて、もっとずっと楽しく、体力的にも楽だったと思うと悲しくなった」(60歳、女性、年収300万円未満)


「認知症の母親がいるので、以前のように自由に転居するのが困難になっている」(64歳、女性、年収300万円未満)


「妊婦なのでタクシーを利用したくても、自宅がタクシーの配車圏外のためよく断られる。近隣すべてのタクシー会社に問い合わせても、タクシー予約はすべて断られた」(38歳、女性、年収300万円未満)


「生活環境が田舎なので、公共交通機関が乏しいこと。家族のことを考えるといまさら都会への転居は困難で、もう少し自由になりたいと感じます」(48歳、男性、年収600万円以上)


■日本人のだれもが当事者になり得る


家族状況や経済状況、持病や障害を理由とするものなど、日常的な移動の中でさまざまな苦労を経験している人がいること、その状況は非常に多様であることがわかる。


一見すると、そんな移動をめぐる苦労や困難があるのかと疑いたくなるような回答もあるかもしれないが、こうした人たちが社会にいること、そして誰もが、いつ移動の困難をかかえるかわからない中で生きていることを念頭に置きながら、制度政策を設計し、移動をめぐる取り組みを進めていく必要があるだろう。


ただ、なかにはこうした声を読んで、「私は当事者じゃないけど、移動格差を語っていいのだろうか」と思った人もいるかもしれない。しかしそんな人も、ぜひとも前向きに調べ、考えてみてほしい。当事者であることと当事者でないことは背反の関係ではない。なぜなら、誰もがいまは当事者じゃないけれど、移動をめぐる諸問題の当事者になる可能性があるからである。


移動をめぐる格差や不平等を考え語ることは、誰もがもっているそうした可能性を考え語ることである。そして、そのことが、不条理にあう可能性を最小限に抑えられるような制度政策を考えていくことにつながるのである。


■人生うまくいっている=どこかへ向かっている


3人に1人以上が何らかの困難や苦労を経験していることが明らかになったが、では人々は自分よりもスムーズに、頻繁に、遠方に移動する他人を羨ましいと思った経験はあるのだろうか。人間なら誰しも、羨ましいと思ったり、嫉妬したりすることはある。


政治学者の山本圭は『嫉妬論 民主社会に渦巻く情念を解剖する』(光文社新書)のなかで、人類学者のガッサン・ハージの議論から、現代においては、空間的な移動や、社会階層を上昇するといった移動をめぐる「移動性への妬み」が存在すると指摘する。


背景には、人生がうまくいっていると感じられる(「見込みのある人生」)ためには、その人が「どこかに向かっている」と前進している感覚(「想像的な移動性」)が不可欠であるという現代の状況がある。


つまり、他人と自身の移動を比較して生じる妬みや羨望は、人生のコマが順調に前に進んでいる感覚、もしくはそこからの離脱感とも関連する可能性があるのである。


写真=iStock.com/shapecharge
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■他人の移動を羨ましがる女性が多いワケ


そこで移動と羨ましさについて尋ねたところ、約3人に1人が他人の移動頻度や移動の仕方を見て羨ましいと思ったことがあることが明らかになった。また、移動をめぐる苦労や困難を経験している人のうち、他人の移動の仕方を見て羨ましいと思ったことがある人は53.2%であった。


なお、興味深いのは、性別に着目した場合の差である。他人の移動を羨ましいと思ったことがある男性は28.6%であるのに対して、女性は44.2%と明確に高くなっている。


この差は、子育てや介護といった家庭内の役割の負担が女性にかかる傾向があること、親元を離れるといった際に女性のほうが難しさを感じたり、引き止められたりする傾向があることなどが要因の一つだと思われる。


男性稼ぎ主モデルや性別役割分業に起因する女性の移動の自由さが、移動をめぐる苦労や困難にもつながり、他人の移動に対する羨ましさにもつながっているのだろう。


■日本は「移動権」の法整備に消極的


それでは、移動の自由さに対する認識でもなく、移動をめぐる差の認識でもなく、移動をめぐる「理念」や「権利」については、人々はどう考えているのだろうか。



伊藤将人『移動と階級』(講談社現代新書)

世界には、フランスのように移動の権利(移動権)を政策の方針を示すために導入している国も存在する。


日本の場合は、交通に関する審議会や委員会で議論の俎上に載ることもあるが、「移動権の法整備に関しては、行政が『不作為』を問われることになり、消極的。むしろニーズに応えていくように公共交通の質を高めていくことを後押しすべき」といった意見に象徴されるように、積極的な議論はない。


交通に関する議論に閉じている状況では問題ないものの、移動全般に関する議論が社会的、政策的に高まっていった場合には、移動と権利はますます重要なトピックになるだろう。


■「公平なはずなのに格差がある」不思議


そこで、「移動の自由は人間がもって生まれた権利だと思うか」「移動の機会は公平であると思うか」を尋ねてみたところ、回答者の約4人に3人(73.5%)は、人間が移動したいときに移動できる、つまり移動の自由はもって生まれた権利であると考えていることがわかった。そして、移動の機会の公平性については、57.6%が同意している(公平であると考えている)ことが明らかになった。


この結果を踏まえると、他国との単純な比較はできないが、日本人の移動に対する権利意識は比較的高いように思える。


ただし、これらの結果は、移動の自由をめぐる差が存在すると66.8%が回答する状況と矛盾しているともいえる。むろん、語句の受け取り方や解釈には人によって幅があるため一概にはいえないが、半数以上が移動は公平であると認識している一方で、同じく半数以上が移動格差は存在すると認識している状況は不思議といえば不思議である。


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伊藤 将人(いとう・まさと)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師
1996年生まれ。長野県出身。2019年長野大学環境ツーリズム学部卒業、2024年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。戦後日本における地方移住政策史の研究で博士号を取得(社会学、一橋大学)。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりのための研究・実践に長年携わる。著書に『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(学芸出版社)がある。
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(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師 伊藤 将人)

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