だからいつまでも仕事が絶えない…72歳の工業デザイナーが「IH対応土鍋」のオーダーに返した驚きの提案

2025年5月24日(土)7時15分 プレジデント社

プロダクトデザイナー 秋田道夫さん - 本人提供

プロダクトデザイナーとして40年以上にわたり活躍し続ける秋田道夫さん。2021年にTwitter(現X)に彗星のごとく現れ、瞬く間にフォロワー10万人を集めた。長いキャリアの背景にあるのは、「儲かるかどうか」ではなく「何が残るか」を問い続ける美意識だ。「出世」や「承認」を手放した先に見えてきた、ロングセラー人材としての生き方とは──。

■自分は有名にはなれても成功することはないと悟っていた


70歳を超えてなお、プロダクトデザイナーとして第一線を歩み続ける秋田道夫さん。大学在学中から絵の才覚を発揮し、ケンウッド、ソニーを経て35歳で独立。カトラリーやワインセラー、バッグなどの生活用品から、薄型LED信号機、セキュリティゲートなどの公共物のデザインまで、シンプルで研ぎ澄まされたデザインで「暮らしや世の中の風景」を彩り続けてきた。そのキャリアは、一時的な人気で終わることのない“ロングセラー”だ。


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プロダクトデザイナー 秋田道夫さん - 本人提供

ニコニコと笑い、終始穏やかな表情を保つ秋田さんだが、「もともと機嫌は良い方だと思っていますが、フリーランスになるとますます機嫌や愛嬌が大事と気がついたわけです。一応曲がりなりにも仕事があり続けているのは、その対応のおかげかもしれないですね。面白いのは50歳を過ぎて急にメディアに出るようになって、以前から感じていた『有名にはなっても“成功”することはないだろう』という気持ちが確信に変わったことです」と話す。


秋田さんによると、成功する人は「黒子」に徹するか「スター」として人前に出るかのどちらかに振り切らないと難しい。「目立たないのは嫌ですが、目立ちすぎるのも嫌というわがままな人」と自身をとらえ、長く人に親しまれるスタイルをめざしてきたのだという。


「11年間インハウスのデザイナー、ようは会社員でしたが、将来独立をしようと考えていたので辞めても迷惑をかけないように昇進試験も辞退し続けていました。おかげでまったく平社員でした。心中は“スーパー平社員”ですが(笑)」


ソニーなどかつて勤めた大企業の同世代が定年を迎えて引退するなか、秋田さんは変わらず現役だ。「今となっては『大企業で偉くなったのに』と「過去の栄光」をかざすプライドを持っていないのは良かったと思います。結局、残り続けるのは仕事の結果です。いい製品デザインが残れば、これにまさる“成功”はないと思いました」


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秋田さんが手がけたプロダクト - 本人提供

■一度でもいいから「一番」を体験することが大切


秋田さんの発言には、力みがない。だが、その実績をひもとけば、20代から現在に至るまで、日本のデザイン界を代表する存在であり続けてきたことが分かる。


「24歳のときに毎日ID賞をもらったんです。賞金100万円。1977年当時の価値換算でいえば、今の200万円くらいですね。全部、オーディオ製品や海外のデザイン雑誌や建築家の写真集を買って消えました(笑)」


2020年には、選考が厳しいことで有名なジャーマンデザインアワードの金賞も受賞。すでに70歳近い年齢と40年以上の時代をまたいで国際的に評価されているのは稀有な存在だ。


「一番になることには意味がある」と秋田さんは話す。しかし、それは“栄光”を求めるという意味ではない。


「一番を取ってみると、二番との差がちゃんと分かるんです。でも、二番だと一番との距離感がわからない。存在が大きく感じてしまうわけです。


だから一番になってみるのは大事なんです。でもずっと一番に執着する必要はありません」


若くして評価されると「天狗」になり、かえって仕事を遠ざけるリスクもあるが、秋田さんは「いい時こそ平常」を心がけてきた。「相手の肩書きに関係なく、誰に対しても愛想よく挨拶していたから、社内では人気者だったんですよ。日本一の賞を獲った同じ年に、社内の清掃係のおばちゃんから慰安旅行に『あなたも一緒に来ない?』と誘われたのが自慢です」と笑う。


■「懐かしくなるもの」はデザインしない


ロングセラーとは、一過性のヒットではない。ブームでも流行でもなく、「日常にしっかり根を張る強さ」が求められる。


手が熱くならない湯のみ「80mm」は20年以上のロングセラーだ(本人提供)

「わたしは、『わあ、懐かしい』と言われるものは作らないと決めているんです。理由は懐かしがられるということは、今は見かけないこと、使われていないことの証左のように思うからです。わたしは、ずっと使われ続けて飽きられないものを作りたいのです。懐かしいという言葉は似合わない」


その象徴的な一つが、20年以上売れ続けているという湯のみ「80mm」だ。見た目はシンプルな白い陶器製の湯のみだが、お茶を注いで手に取ると“違い”が分かる。薄い二重構造になっており、手指や唇に熱が伝わりにくくストレスなく飲める工夫が凝らされている。


「昔から変わらない形のものを作れば、飽きられない。だから僕は『飽きないデザインをするには、最初から飽きられているものを作ればいい』と言っているんです。言葉にすると、なんだか詐欺のようですが(笑)」


派手な斬新さを打ち出して注目を集めるのとは真逆の姿勢だ。「古びないもの」を生むには、そのくらい潔く“自我”を退ける感性が必要なのかもしれない。


■未来を語らず過去の製品が未来を語ってくれる仕事をする


秋田さんは、未来に向けたアピールやブランディングにも懐疑的だ。


「『これからこんな仕事をします』という“予告編”は主張したくないんです。未来に向けて仕事を作るための仕事はしないと決めています。反対に、過去の仕事が評価されるのは大歓迎。“過去形で語れるもの”だけをきちんと届けたい」


自分の過去作が廃番になっていないかどうかをチェックするのも、最近のルーティンに。「10年後、20年後もちゃんと語れるものを作っているか」、それが秋田さんにとってのひとつの指標なのだ。


「SNSも同じ。昔の投稿が見返されたとき、今でも価値があるかどうか。それを意識しています。実際、数年前にウケた言葉を再投稿して、世間の反応を見ることもよくあるんですよ」


■デザインよりも長く残るのは「言葉」


「モノのデザイン」だけでなく「言葉のデザイン」においても、ロングセラーにこだわる秋田さん。インタビュー中も、思わずメモを取りたくなる言葉が次から次へと湧き出てくる。仕事部屋の壁に並ぶ自作のペインティングアートの中には、さりげなくゲーテの言葉が混じっていた。


撮影=プレジデントオンライン編集部
秋田さんの事務所の壁にはご自身の手によるアートが。手前のものが「この世には重要でないものなど何もない。すべてはものの見方次第」というゲーテの言葉 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「ゲーテもアリストテレスも、現代に残っているのはその“言葉”です。工業製品はその構造上、どうしてもいつかは壊れてしまう。言葉は何百年、何千年と経っても、腐らないし、壊れない」


デザインという視覚的な表現を生業にしながら、あえて「言葉」の力に可能性を見出す。10代の頃から『月刊文藝春秋』や『中央公論』を購読し、夏目漱石などの文芸作品にも親しんできたことも、秋田さんの言葉のセンスのベースとなり、“文章が書けるデザイナー”というアイデンティティを自然体で体現している。


■肩の力が抜けている人のほうが、長く続く


長く仕事が続くコツは、「浮き沈みをつくらないこと」。


「年をとってから『昔はあんなにギラギラしていたのに』と囁かれる人、案外多いですよね。僕はギラギラした時期が一度もなかったから(笑)、反作用もないんですよ。上がった後に下がるというエネルギーの落差がない。浮力でずっと水面に浮いているような、一定の感覚でここまでやってきました。評価を受けたときに自らアピールや自慢をしなかったのがよかったのかもしれません」


実際、秋田さんのもとには「またお願いしたい」というリピートの依頼が多いという。紹介で広がり、信頼が継がれていく——そんな仕事のつながり方は、多くの人にとって理想に映るはずだ。


「一度仕事をした相手が、別のプロジェクトでもまた声をかけてくれる。それが一番嬉しいですね。派手な仕事より、地味に長く続いていくことの方が、よっぽど価値がありますから」


■「極上の素うどん」のような仕事を


あらためて、秋田さんが長年選ばれ続けている理由は、どこにあるのか。


「例えるなら、僕が目指すデザインって“素うどん”なんですよ。見た目は地味でなんてことはない。でも、食べてみるとおいしい。しかも、びっくりするほど早く出てくる(笑)」



秋田道夫『無理をせず、無駄を楽しむ センスのはなし』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

実際、秋田さんの作業のスピードは早く、打ち合わせの30分後にはデザイン案ができあがっていることもざらにあるという。


「あまりに早いとかえってありがたがられないので、相手に送るタイミングはわざと半日置くようにしています(笑)。案を早く出すと、その分、相手に“時間”をプレゼントできますよね」


しかし、スピードだけでは「ロングセラー人材」にはなれない。秋田さんが選ばれる最大の理由は、相手の期待を超える独自のデザイン力だ。


典型的な一例が、秋田さんが手がけた「土鍋」のデザインだ。土鍋と言えば、ずんぐりとした見た目に耳のような“取っ手”がついたイメージを浮かべる人が大半のはずだが、秋田さんはこの“取っ手”を鍋の内側に収めるという斬新な提案をした。


「“取っ手”を取ってしまったんです(笑)。でも、こうすることで収納するときのスペースを取らずに、見た目もスマート。もとは『IH対応の土鍋をデザインしてほしい』というオーダーでしたが、新たな機能も提案したところ、依頼元の社長がずいぶん気に入ってくれたみたいです」


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秋田さんがデザインしたdo-nabeシリーズは、本体を凹ませて取っ手とすることで収納しやすいスマートな形に。 - 本人提供

■だから変わった提案ができる


固定観念をさらりと超えていく、その発想力の秘訣を聞くと「角度がちょっと開いているんです」という答えが返ってきた。


「デザイナーの中でもこだわり派の人は、自分の作品として発表するクリエイティブに関して、許容できる角度が“5度”くらいの狭い範囲で設計する人が多いと思うんです。おそらくほとんどのデザイナーはそうかもしれない。僕は15度くらいまで柔軟に開いているから、少し変わった提案ができるのでしょうね。でも、この“取っ手なし”デザインに行き着くまでに、ありとあらゆる図面を描いた経験は通過しています。いろいろ試したからこそ行き着いたデザインなんです」


■地味に、静かに、長くやる


秋田さんの語りには、派手なドラマチックさはない。けれどそのすべてが、「長くやること」の説得力に満ちている。


「僕は、“出世を手放したら自由になった”タイプなんです。名声も賞も、いただけるのはもちろん嬉しいけれど、それをモチベーションにはしていません。むしろ、ほどよく“注目され過ぎない”ことが、長くやるためには必要なんですよ。どんなに華やかな成功を収めても、途中で燃え尽きちゃったら終わり。だから、欲張らず、張り切らず、淡々とね」


撮影=プレジデントオンライン編集部
20代のころに設計した小学校向けの机の図面。手書きとは思えない精緻さだ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「これから手がけたい仕事は?」と聞くと「いつか小学校を丸ごとデザインしてみたいんですよ」という大きな夢を語ってくれた。一時の評価にとらわれない。秋田さんの「ロングセラースタイル」は、これからの時代における“持続可能な働き方”のヒントとも言えそうだ。


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秋田 道夫(あきた・みちお)
プロダクトデザイナー
1953年、大阪府生まれ。ケンウッド、ソニーを経て、88年に独立。代表作にデバイスタイル「サーモマグコーヒーメーカー」、トライストラムス「IDカードホルダー」。生活家電・雑貨のほか、六本木ヒルズのセキュリティーゲートなど、公共機器も多数手がける。
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宮本 恵理子(みやもと・えりこ)
ライター・エディター
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」、新雑誌開発、「日経ヘルス」編集部を経て、2009年末に編集者兼ライターとして独立。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで、さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動する。ライターのネットワーク「プロシェア」、取材体験型ギフト「家族製本」主宰。
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(プロダクトデザイナー 秋田 道夫、ライター・エディター 宮本 恵理子)

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