【東京医科大学】マイクロRNAがもたらす新たな真菌症治療法の可能性 〜真菌症に対する核酸医薬品の開発推進と治療への応用に期待〜
2025年5月26日(月)20時5分 Digital PR Platform
東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)微生物学分野の中村茂樹主任教授、犬飼達也助教、修士課程大学院生(当時)の渡邊陸人らの研究グループは、ヒトが元来保有するマイクロRNA(miRNA)が、難治性感染症を引き起こす病原真菌、アスペルギルス フミガツスの標的病原性因子の発現を制御することを示しました。
本研究成果は、2025年5月19日、国際誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【概要】
東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)微生物学分野の中村茂樹主任教授、犬飼達也助教、修士課程大学院生(当時)の渡邊陸人らの研究グループは、ヒトが元来保有するマイクロRNA(miRNA)*¹が、難治性感染症を引き起こす病原真菌*²アスペルギルス フミガツスの標的病原性因子の発現を制御することを示しました。さらに、これまでmiRNAなどの核酸は、真菌の細胞壁を通過することが困難とされていましたが、真菌指向型ドラッグデリバリーシステム(DDS) *³を利用することでその問題を克服し、真菌症に対する核酸を用いた新しい治療法への応用の可能性を示すことに成功しました。本研究は、本学分子病理学分野の黒田雅彦主任教授、先端核酸医療講座の村上善基客員教授、東京大学大学院工学系研究科のカブラル オラシオ准教授らと共同で行われました。本成果は、抗真菌薬の新規開発が困難な現状において、真菌感染症に対するmiRNAを用いた新たな治療戦略の可能性を示したものであり、核酸創薬への応用が期待されます。
本研究成果は、2025年5月19日、国際誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【本研究のポイント】
●真菌の病原性因子メラニン合成に関与するalb1遺伝子を標的とするmiRNAを真菌に直接導入することで遺伝子およびタンパク質の発現量が低下し、メラニン合成量が低下しました。
●miRNA導入によりメラニン合成量の低下した菌体は、酸化ストレス抵抗性が解除され、好中球により排除されやすくなることを示しました。
●真菌指向型DDSデバイスを利用することで、強固な細胞壁が存在する真菌の細胞質内にmiRNAを導入することに成功しました。
【研究の背景】
現在、肺アスペルギルス症の治療に利用されている抗真菌薬として、真菌細胞膜を標的とするアゾール系薬とポリエン系薬、および細胞壁を標的とするエキノキャンディン系薬の合計3系統が存在します。しかし近年では、環境や患者からアゾール系薬耐性のアスペルギルス属真菌の出現が確認されており、治療に有効な抗真菌薬はますます少数に限定されることが懸念されています。さらにヒトと真菌が生物学上近縁であることから、抗真菌薬を真菌にのみ効かせることが困難であるため、既存の抗真菌薬はヒトに対して高い毒性を示すことも問題となっています。これらの問題を解決するために、本研究ではヒトが元来保有するmiRNAを新たな治療薬候補として用いることで、病原性因子の発現制御を試みました。また、これまでの報告でも、RNA分子を用いた病原因子の発現制御は、アスペルギルス感染症に対する治療の選択肢となり得ることは示唆されてきましたが、RNA分子を真菌が持つ強固な細胞壁を通過させることが困難で、治療応用のためには新たなDDSの開発が不可欠でした。
【本研究で得られた結果・知見】
アスペルギルス フミガツスの病原性因子である1,8-ジヒドロキシナフタレン (DHN)-メラニンの合成に関与するalb1を標的とするmiRNAを選抜し、真菌のプロトプラストに導入したところ、alb1の発現量が減少しました (図1A)。次に、3×HAタグ付きAlb1タンパク質 (Alb1-Hap) 発現株を作製し、抗HA抗体を用いたウェスタンブロッティングにより翻訳制御を確認したところ、miRNA導入後のAlb1-HApのタンパク質量は3分の1に減少しました (図1B.)。
miRNA導入後の分生子を回収し、メラニン合成量の減少を確認しました (図2A, B)。メラニン減少に伴う表現型を確認する目的で、過酸化水素による酸化ストレス抵抗性の解除と好中球による排除の促進を示しました (図2C, D)。
真菌を標的としたドラッグデリバリーシステムにmiRNAを搭載し、in vitro無傷の真菌細胞に投与後、菌体内でのmiRNAの導入を確認しました (図3A)。過酸化水素による酸化ストレス抵抗性の解除を確認しました (図3B)。
【今後の研究展開および波及効果】
今回の研究では、真菌内にヒトが元来保有するmiRNAを導入することによって、真菌の病原因子発現の制御が可能であることを明らかとしました。さらに、これまで真菌が持つ細胞壁が障壁となりmiRNAの菌体内への導入を困難にさせていた問題点を、真菌指向性DDSを使用することによって解決できる可能性を示しました。本研究成果によって、真菌症に対する治療戦略の一つとして、核酸創薬と核酸を用いた新しい治療法開発への展開が期待されます。
【論文情報】
タイトル:Fungus-Targeted Nanomicelles Enable MicroRNA Delivery for Suppression of Virulence in Aspergillus fumigatus as a Novel Antifungal Approach
著 者: Tatsuya Inukai, Rikuto Watanabe, Yoshiki Murakami, Horacio Cabral, Masahiko Kuroda and Shigeki Nakamura*(*:責任著者)
掲載誌名:Scientific Reports
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-025-02742-0
【主な競争的研究資金】
日本学術振興会科研費 若手研究 (研究代表者 犬飼達也 24K19271 )
【用語説明】
*1 マイクロRNA(miRNA):およそ20-23塩基長の短いRNA分子であり真核生物の遺伝子発現調節に関与します。
*2 病原真菌:真菌は、カビを含む生物群の分類学上の名称であり、細菌とは異なります。およそ 10 万種程度知られており、アスペルギルス属、カンジダ属を代表としたヒトにアレルギーや感染症など健康障害を生じる真菌を病原真菌とよばれています。
*3 ドラッグデリバリーシステム(DDS):薬物の体内動態を制御できる技術であり、薬効を最大限に発揮させ、副作用を低減させることを達成させる薬物送達技術のことです。
【微生物学分野HP】
https://microbiol-tmed.umin.jp/
▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141(代)
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/