『もののけ姫』で描かれた「たたら製鉄」は今…? 世界唯一のたたら場の総責任者が語った“永遠の課題”
2025年5月28日(水)7時0分 文春オンライン
「たたら製鉄」といえば、古来より日本に伝わる製鉄方法。映画『もののけ姫』で描かれたことでも知られる。たたら製鉄を現代に伝えているのが、島根県・奥出雲町にある「日刀保たたら」だ。
ここでは、「文藝春秋」2025年5月号掲載 「伝統の職人 たたら製鉄 最強鋼づくりの奥義」 を一部抜粋して紹介する。世界唯一のたたら場で、技師長兼総責任者を務める堀尾薫氏が語った、たたら製鉄の現状とは——。
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現在、一緒にたたら操業を行うのは、村下代行と、上級から初級までの村下養成員の合計13名です。このうち7人がプロテリアルの社員で、残りは本職が刀匠の方々で構成されています。なかには、人間国宝候補と言われる三上貞直刀匠もいらっしゃる。自分たちが作り上げる日本刀の材料がどのようにできるのか、研究するために操業を手伝ってくれているのです。

逆に、私は5年間、刀鍛冶としての修業を行い、文化庁が認定する国家資格「作刀承認」を取得しました。鉧の等級を決めるのも村下の仕事ですから、刀匠さんに満足してもらえる玉鋼を作るために、日本刀の作刀過程を知ることも重要と考えたからです。
本操業は一年の中で1月と2月だけですが、たたらに関する仕事は一年中行っています。玉鋼ができると、まず行うのは鋼造という作業。強固な鉧をこぶし大ほどの製品に粉砕するのに約3カ月かかるため、5月末まで続きます。
6月に入ると、砂鉄の採取と木炭の準備を始めます。材料が悪ければ良い玉鋼はできませんから、自ら吟味しなければいけない。たたらで使う木炭はバーベキューなどで使う固い炭と違い、燃えやすいように柔らかくしなければなりません。ナラやブナなどの落葉樹をたたら場に設置した木炭釜に入れ、自ら焼いて炭を作ります。
砂鉄は鳥取県との県境にある山中で採取します。三代で消費する砂鉄は合計30トン。ただ、精製する前の砂から採れる砂鉄はわずか0.5%ですから、30トン採るためには6000トンもの真砂が必要となります。さらに言えば、30トンの砂鉄から作れる鉧は7.5トンで、良質な玉鋼にいたっては3トン程度。いかに歩留まりを上げて、一級品の玉鋼の割合を高めていくかが今後も永遠の課題です。
村下の“秘伝”をオープンに
かつては釜などの寸法は村下の“秘伝”でした。玉鋼の良し悪しが決まる腕の見せ所ですから、各家の村下が競い合っていた江戸時代は、記録には残さなかった。木原村下ですら、釜の大きさについてはノートに書かれていましたが、肝心なところは抜いてあったほどです。
日刀保たたらは伝統技術の継承を目的としています。そのため、ふいご(送風)が自動モーター式になったことを除けば、前近代の操業方法は一切変えていません。たたら場では種鋤などの道具類も全て図面化され、材質も決まっています。
さらに、普段見えないところでは、釜の地下構造にも長年の伝統技術が生かされています。たたらは何よりも湿気を嫌い、1月下旬から2月上旬に行われるのも、一年で最も湿度が低い時期だからです。さらに湿気を防ぐために、釜の真下には「本床(ほんどこ)」と呼ばれる木炭を敷き詰めた“カーボンベッド”を作り、その下に砂利などを敷く。全体で地下3.5メートルほどになる大掛かりな構造となっています。歴代の村下が受け継いできたこれらの方法は、英知の結晶であり、今後も変えてはいけないと考えています。
私は釜の形状だけでなく、操業中に砂鉄や木炭を入れた回数や時間も逐一、書き残し、すべてオープンにしています。記録することで伝統技術を正しく、しっかりと後世に伝えていくことが重要だと考えています。
※本記事の全文(約7500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年5月号に掲載されています(堀尾薫「 伝統の職人 たたら製鉄 最強鋼づくりの奥義 」)。記事の全文では下記の内容をご覧いただけます。
・現代科学でも解明できない
・「堀尾、村下になれ」
・終戦で消えた“たたらの火”
・「やってがっしゃい!」
・極意は「鋤さばき」にあり
・たたらには人間国宝候補も
・村下の“秘伝”をオープンに
・「誠実は美鋼を生む」
(堀尾 薫/文藝春秋 2025年5月号)