日本半導体に「千載一遇のチャンス」到来、ラピダスを批判する人が知っておくべき「技術の転換点」とは?

2024年9月12日(木)6時0分 JBpress

 政府による補助金投入を受け、熊本に台湾TSMCの新工場が建設された。また、新会社ラピダス(Rapidus)が政府の全面支援のもとに設立されるなど、日本の半導体産業復活に向けた動きが活発化している。半導体の重要性が世界でかつてないほど高まっている理由とは。日本の半導体産業はどうすれば復活できるのか。2024年7月、書籍『2040年 半導体の未来』(東洋経済新報社)を出版した政府の経済安全保障関連の審議会委員であるとともにラピダス社外取締役でもある小柴満信氏に話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】日本半導体に「千載一遇のチャンス」到来、ラピダスを批判する人が知っておくべき「技術の転換点」とは?(今回)
■【後編】理研の量子コンピュータ「叡」の革新が「日本半導体の未来」を照らす納得の理由
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから


半導体は「付加価値を持った製品」に変わった

──著書『2040年 半導体の未来』では、日本経済復活の鍵が「先端半導体」にあるとして、先端半導体を国産化することの重要性について解説しています。小柴さんは半導体材料メーカーであるJSRで40年以上にわたり半導体業界の変遷を見続けてきたわけですが、なぜ、世界で半導体の重要性が高まり続けているのでしょうか。


小柴満信氏(以下敬称略) 半導体はかつてデータ保存を担う「数ある電子部品の1つ」という位置づけでした。しかし、半導体の用途が広がるにつれ、メモリ半導体から、CPU・GPUといったロジック半導体へと役割が移行していきます。これは、比較的単純な構造の部品から、高度な論理演算や制御を行う「付加価値を持った部品」への変化を意味します。

 初期の半導体は、ラジオや電卓に搭載されることが主でしたが、その後、パソコンに搭載されるようになり、1990年代に入ると携帯電話に、2000年代に入るとスマートフォンにも搭載されるようになります。

 そうした中で、大きな変化となったのが2012年です。コンピュータによる画像認識の精度を競う国際コンテストにおいて、ディープラーニング(深層学習)AIを使ったトロント大学のチームが「認識率の誤りが17%」と他に約10ポイントもの差をつけて優勝しました。この年以降、半導体の進化はAIの計算能力を激烈に押し上げていきます。

 また、2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻は、「兵器の性能向上」という半導体の新たな側面をクローズアップしました。半導体が安全保障分野と切っても切り離せないことが改めて明らかになったのです。

 半導体はいつでもどこでも手に入るものではなく、製造も容易ではありません。いま最先端の半導体工場を作ろうとすると、一つの工場あたり2兆円以上の建設費がかかると言われています。回路線幅16ナノメートル以降の先端半導体となると、製造できるメーカーは世界に6社しかありません。

 それにもかかわらず、高性能のスマホやAIのように高度な計算能力を求められる先端半導体は、すでに私たちの仕事や生活に欠かせないものとなっています。20世紀の資源が「化石燃料」や「鉱物」だとすれば、21世紀の重要資源は「計算資源」です。そのように考えると、計算資源の「原材料」とも言える半導体がどれだけ重要か、お分かりになっていただけるのではないでしょうか。


日本にコロナ禍以上の大打撃を与える「台湾有事」の衝撃

──世界における先端半導体の90%以上を生産しているのが台湾TSMCとのことですが、台湾は中国と政治的に対立しています。仮に中国が台湾を非友好的手段で統合し、TSMCを支配下に置くような事態が現実化した場合、日本にはどのような影響が及ぶのでしょうか。

小柴 ある試算によると、「台湾有事」が発生して台湾からの半導体供給が止まった場合、日本の製造業の3分の1が操業停止に追い込まれると言われています。その結果として、日本のGDP約600兆円のうちの10%である60兆円、場合によってはそれ以上の損失が想定されます。

 コロナ禍で半導体不足が起こったことは、皆さんの記憶に新しいでしょう。当時、トヨタ自動車などの日本の自動車メーカーは一時操業停止をせざるを得ませんでした。同様に、エアコン、カーナビ、電子ピアノ、医療機器などの製造も大打撃を受けました。当時の半導体不足によって、日本のGDPの5%が吹き飛んだのです。台湾有事が起きれば、それ以上の深刻な事態に陥るのは確実でしょう。

──半導体不足のリスクを多くの企業が痛感したこともあり、2022年のラピダス設立に関する報道は注目を集めました。同社が製造を目指す2ナノメートルの先端半導体には、どのような用途が考えられるのでしょうか。

小柴 2ナノ半導体の需要を後押しする鍵、いわゆるキラーアプリケーションは「データ(の有効活用)」になる、と考えています。かつて半導体の需要と言えば家電やパソコンが中心でしたが、その後「次のキラーアプリがない」と業界内で悲観論が渦巻いたこともありました。しかし、キラーアプリは必ず登場するものです。パソコンの後には携帯電話、そしてスマートフォンが登場しました。そして、次なるキラーアプリが「データ」になるはずです。

 これまで、大量のデータが生成されても、そのほとんどが使われてきませんでした。しかし、昨今はデータを活かせるコンピューテーション(計算基盤)が続々と登場しています。そうした状況になると、多くの人が「データを使ってこんなことができないか」と考えるようになるため、データを活用する計算用途もどんどん広がっていくのです。

 しかし、ここで問題となるのが「消費電力」です。データの処理量が増えると、それに伴い消費電力も増えます。現在、世界中のデータセンターの電力消費量は、世界全体の電力の2%を占めており、この割合は加速度的に増えると予想されています。

 しかし遠くない将来、必ずイノベーションが起こり、電力消費量は抑えることができるでしょう。そこで要になるのが、2ナノ以降の半導体です。消費電力を抑えたサステナブルな半導体を実現するには、2ナノを超えたさらなる微細化が必要なのです。

──2ナノ以降の半導体を製造する上で、技術的に注目すべきポイントはありますか。

小柴 かつて半導体の製造においては「平坦(へいたん)なシリコンチップの上で、トランジスタのゲートの電極の長さや金属線の幅をいかに小さくするか」が微細化のポイントでした。しかし、1959年に発明された集積回路の「プレーナー構造」(平面の構造)では微細化の限界を迎えたことから、2010年代からは「FinFET(フィンフェット)構造」という立体的な構造に世代交代しています。

 そして近年、FinFET構造による微細化もコスト的、パフォーマンス的な限界を迎えつつあります。そこで新たに開発されたのが「ゲート・オール・アラウンド(GAA)構造」です。GAA構造は、FinFET構造によって立体化した電流の入力端子(ソース)と出力端子(ドレイン)を細かなシート状で形成し、何層にも積み上げたものです。これにより、増やした層の数だけ、平面上の面積を増やすことなくドレインの電流を増加させることができます。

 GAA構造は半導体のさらなる高性能化を可能とする一方で、FinFET構造より製造工程が複雑で、コストもかかります。そんな中、IBMは2021年5月、GAA構造の2ナノ世代半導体のテストチップの試作に成功し、ラピダスの創業者の一人である東氏に「2ナノ世代の技術を日本に提供したい」と打診しています。


「技術の転換点」だからこそチャンスがある

──半導体の微細化を進める上でGAA構造が主流となることは、どのような意味を持つのでしょうか。

小柴 半導体の製造を担うファウンドリーにとって「テクノロジーの転換点」を迎えることになり、競争環境が変わることを意味します。

 ハイテク産業は非常に保守的な側面を持ちます。あるテクノロジーが使われ始めると、それを変えることは容易ではありません。しかし、そんな技術もやがて変わる時が訪れます。それがテクノロジーの転換点に直面したタイミングです。

 半導体のプレーナー構造がFinFET構造へと移行する転換点では、世界に6社あった半導体企業が淘汰(とうた)され、対応できるのはインテル、サムスン、TSMCの3社だけとなりました。次の転換点がGAA構造を持つ2ナノ以降の半導体ですから、ここに日本の半導体が先行する他社と肩を並べるチャンスがあると考えています。

 テクノロジーの転換点という意味では、もう一つ重要なトピックスがあります。それは、2027年ごろから量子コンピュータとスーパーコンピュータを組み合わせて使われるようになり、コンピューテーションが大きく変わる可能性が大きい、ということです。

 量子コンピュータは、従来型のコンピュータの1億倍の速さでの超高速計算を可能としますが、その実現に2ナノ以降の半導体は必要不可欠です。だからこそ、量子コンピュータの活用の幅が広がるタイミングで、最先端半導体の需要は一層伸びていきます。

 加えて、安全保障上における先端半導体の存在感も大きくなっていくでしょう。世界中で成長し続ける先端半導体の需要に対して、現在半導体製造をリードする3社だけではその需要に到底対応し切れません。だからこそ、ここに日本の半導体がブルーオーシャンを見出すチャンスがあると思っています。

──新規参入するファウンドリーがこれらのチャンスを成果に結びつけるためには、何がポイントになるでしょうか。

小柴 先行しているTSMCのようなファウンドリーに学ぶことだと考えています。ファウンドリーの役割は「半導体製造受託」といわれますが、その本質は「サービス業」です。iPhone用の半導体を供給しているTSMCは、新モデルの製造の始まる2年ほど前から米アップルとさまざまな情報交換を行い、商品の設計段階からサポートしています。

 ファウンドリーは「テクノロジーを先取りすれば市場シェアを広げられる」という単純なビジネスではありません。そして、「まじめに良い製品を作りされすれば売れる」という姿勢だけにこだわり過ぎてもいけません。顧客満足度を追求するTSMCの徹底したサービスの姿勢から学びつつ、次なるチャンスを掴む姿勢が大切です。

【後編に続く】理研の量子コンピュータ「叡」の革新が「日本半導体の未来」を照らす納得の理由

■【前編】日本半導体に「千載一遇のチャンス」到来、ラピダスを批判する人が知っておくべき「技術の転換点」とは?(今回)
■【後編】理研の量子コンピュータ「叡」の革新が「日本半導体の未来」を照らす納得の理由
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:三上 佳大

JBpress

「半導体」をもっと詳しく

「半導体」のニュース

「半導体」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ