草彅剛主演の映画『碁盤斬り』が“映画発祥の地”パリでトップ10入り

2025年4月24日(木)13時0分 文春オンライン

 草彅剛主演で、2024年5月に公開された映画『碁盤斬り』(監督:白石和彌)。3月からフランスで上映され、アジア映画として異例の興行成績トップ10入りを果たす快挙を達成! 目の肥えたパリっ子たちの間で評判を呼んでいる。


 同作の脚本を担当し、小説版『 碁盤斬り 柳田格之進異聞 』も時代小説好きから高い評価を得た加藤正人氏が現地を訪れ、その感慨を綴ってくれた。



映画『碁盤斬り』フランス版ポスター©「碁盤斬り」製作委員会


◆◆◆


サムライ映画の格之進が、花の都へ


 映画『碁盤斬り』が、3月26日からフランスで公開されている。身に覚えのない疑いをかけられた武士・柳田格之進とその娘が、囲碁を通じて人々との絆を得ながら、復讐を果たす時代劇だ。


 自分の作品がパリで上映される。現地に飛んでいって、この目で見届けたいが、フランス語を話せないし、現地に伝手もない。どうしたものかと思っていたら、映画で囲碁監修を担当した囲碁棋士の高尾紳路九段はパリに知り合いがいて、現地での通訳を頼めるという。さらに、高尾さんの後援者で囲碁愛好家の道永幸治さんは、パリに20回以上行ったことがあるたいへんな美食家で、おいしいレストランをたくさん知っている。2人と一緒ならばどうにかなるだろうと思い立ち、4月1日から1週間の日程で花の都パリに行くことにした。


評判がよいのは、日本マニアの間だけ?


 空港からパリ市内に到着すると、さっそく地下鉄の駅には、柳田格之進を演じた草彅剛さんと娘のお絹役の清原果耶さんの大きなポスターがあるではないか。


 じつは『碁盤斬り』は北米でも上映が決まっている。アメリカでのタイトルは「BUSHIDO(武士道)」だ。フランスのタイトルは「LE JOUEUR DE GO」、 日本語で「囲碁の棋士」という意味だ。アメリカは侍の復讐アクション、フランスは囲碁の映画という意味合いが強い。フランスのポスターは柳田格之進と娘のお絹のデザインだから、父と娘のドラマを前面に押し出した宣伝になっている。同じ映画でもアメリカとフランスでは売り方がかなり異なっていた。


 パリに入る前に、現地での評判がよいとは聞いていたが、日本びいきのコアなフランス人向けにひっそり公開されているのだろう、と思っていた。フランスには2万人ほどの囲碁人口がいると聞く。その人たちを中心とした限られた範囲での評判なのかもしれない、と。


 だが、メトロの駅だけでなく、街中にも大きな看板が掲げられ、テレビでは頻繁に広告が流れていた。街の売店で買った映画のガイドブックの表紙も『碁盤斬り』。フランス全土の220スクリーンで大々的に公開されていると知って驚いた。


パリでは若者が“時代劇”の上映に!


 滞在2日目の朝、夜明けの市街地を散歩した。レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』という映画が好きなので、舞台になった橋を眺めに行って敬意を表し、セーヌ川沿いにあるカフェで朝食をとった。


 腹ごしらえをしてから、パリ中心部の映画館に向かう。27スクリーンもある巨大なシネコンだった。『碁盤斬り』はシアター14で、フランス語字幕での上映だ。


 朝早い上映だったので劇場はガラガラだろうと思っていたが、さにあらず。想像していたよりも多くのお客さんが入っていた。日本では年配の人が客層の中心だったが、パリでは若い人の姿が目立つ。観客の反応からして映画の意味は正確に伝わっているようだった。


 私は囲碁が趣味だ。生涯に1本は囲碁の映画脚本を書きたいと思っていた。そこで、落語の柳田格之進を元にして脚本を書き始めた。その時は、まさか私が書いた柳田格之進をパリのスクリーンで見ることになろうとは夢にも思っていなかった。


 感慨無量で映画を見終えてから、シャンゼリゼ通りの老舗カフェ「フーケ」に向かった。


 このカフェは、イングリッド・バーグマンとシャルル・ボワイエが出演した映画『凱旋門』に登場している。その他にも、多くの映画の舞台となった。フランスで最も権威のある映画賞であるセザール賞のパーティー会場にもなっているから、我々映画人にとっては聖地である。


 私たちはシャンゼリゼが眺められる席に陣取った。『碁盤斬り』はフランスの興行成績でベスト10に入った。ユーザーレビューもたいへん評価が高かった。フランスでの映画の成功を祝し、シャンパンで乾杯することにした。気分がいいので、ちょっと奮発して高級シャンパンのボトルを注文した。


シャンパン1杯が4000円。映画のチケットは……


 エッフェル塔にも登った。エレベーター乗り場まで延々と続く階段がしんどくて、すっかり息が上がってしまった。ミネラルウォーターを買ったが、2本で1500円だった。エレベーターで塔の最上部に上がって飲んだ、プラスチックカップに入ったシャンパンは1杯4000円近かった。観光地とはいえ、日本人には驚くような値段だ。一方で、映画のチケット代は、朝の上映なら1800円ほど。割高になる夜の上映で2600円ほどだという。物価の水準を考えると、ずいぶんと手ごろだ。映画がフランスの人々の生活に根付いている証左だろう。


 翌日は、パリ東駅からフランスの高速鉄道TGVに乗り、さらに車で見渡す限り広がる葡萄畑を抜け、シャンパーニュへと向かった。目的地はシャンパンの蔵元だ。美食家の道永さんが招待を受け、私たちもご相伴に与ることになったのだ。


 見事なフランス庭園を併設する古城のような館で食前、前菜、食中のそれぞれに合うシャンパンを飲み比べ、ロゼも1本飲ませてもらった。食後に案内された地下の貯蔵庫には、多くのシャンパンが蔵で長い眠りについていた。ホスピタリティマネージャーが「皆さんのために特別に1本シャンパンを開けましょう」と言う。出されたボトルは埃が被ったままで、ラベルはついていない。1964年のビンテージのシャンパンだった。これがとてつもない味だった。こんな貴重なワインは、生涯二度と飲む機会はないだろう。自分の映画がフランスで評判を呼んでいる。その高揚感とともに飲んだ、最高のシャンパン。この香りと味は一生忘れまい。


囲碁愛好者のフランス紳士が指摘した映画の秘密


 滞在中、パリ市内の集会所では、高尾九段が囲碁普及のために現地のファンに指導碁を打つイベントが開催された。会をとりまとめているジェローム・ユベールさんは知的で温厚なフランス紳士だ。京都の大学に留学経験があり、奥様も日本人なので日本語が流ちょうで助かった。


 ジェロームさんから、映画に登場する盤面のひとつが江戸時代の名人碁所である4世井上因碩の『囲碁発陽論』という本からの引用であることを指摘された。映画を見てそれが分かる人など、日本にだってほとんどいないから驚いた。


 会場にはたくさんの囲碁愛好家が集まっていた。高尾さんは一度に4人を相手にする4面打ちを2回、計8人と指導碁を打った。私も日本棋院の囲碁大使を拝命している身なので、囲碁の会のフランス人と3局打った。言葉は通じないが、囲碁を打っていると相手の気持ちがよく分かる。「手談」という囲碁用語がある。言葉を交わさなくとも、囲碁を打てば相手と気持ちが通じ合えるという意味だ。『碁盤斬り』の作中でも、格之進は碁を打つことで相手を知り、多くの知己を得ていくのだが、フランスの人々と対局しながら、その言葉の重要さを実感した。


 その日の夕食は、パリ中心部のレストランでとることにした。すると、壁に『碁盤斬り』のポスターが張ってある。嬉しくなって写真を撮ろうとしていたら、レストランの支配人から「私もこの映画を見ました。とてもいい映画ですよ」と声をかけられた。この映画の脚本を私が書きましたと伝えると、とても喜び、ボルドーの赤ワインを1本サービスしてくれた。何気なく入った店だったが、日本の元総理や国民的歌手が訪れるという有名店だと知った。ワインのお礼に日本から持参した小説『碁盤斬り 柳田格之進異聞』をプレゼントするとたいそう喜んでくれて一緒に写真を撮った。


 帰国前日の朝は、有名な画家や文豪たちに愛されたカフェ「レ・ドゥ・マゴ」のテラスで朝食をとった。パリの街中には、芸術家たちの記憶を宿す店が多く残っている。


ロンシャン競馬場の芝生でも対局


 午後からはブローニュの森の奥にあるロンシャン競馬場に足を伸ばした。噂に聞いていたとおりの美しい競馬場だった。観客は家族連れが多い。芝生の上に座って、持ち込んだワインを飲みながら、ピクニックのような気分で競馬観戦していた。芝生の緑は目に染みるようで、コースと観客席はとても近かった。


 競馬場に着く前から買う馬券は決めていた。『碁盤斬り』にちなんで5番の馬を買うことにしていた。高尾さんが慣れない販売機と格闘しながら、5番の馬からの馬連を1枚ずつ全通り買ってくれた。


 レースが始まった。最終コーナーを回って先頭に出たのは、果たして5番の馬であった。我々の前を疾走する5番の馬は、そのまま見事1着でゴールを駆け抜けてくれた。


 競馬場では、もうひとつの楽しみがあった。私は道永さんと芝生の上で囲碁を打った。


 碁石は高尾さんが日本から持って来てくれていた。碁盤は、コシノジュンコさんデザインのスカーフだった。今年の1月に開催されたペア碁とファッションショーをコラボしたイベントで配られたものだ。広げると碁盤になるので、今回のパリ旅行ではたいへん重宝した。


 私と道永さんの棋力はまったくの互角。ロンシャン競馬場で囲碁を打った人など今までいただろうかと思いながら対局に熱中した。


帰りの空港で知った嬉しいニュースとは——


 こうして楽しい旅を終えた。


 帰国の日、シャルルドゴール空港で出国手続きをしていると、携帯にメールが入った。次週からも映画館チェーンで『碁盤斬り』が引き続き上映されることが決定し、チケット予約がリリースされたという報告だった。


 最初から最後まで、今回の旅はなんと運がいいのだろうと話しながら、日本への帰路についた。


 『碁盤斬り』は北米に加えて、韓国での配給も決定している。さらに交渉中の国もあるときく。次はどの国で上映されるのか。いまから楽しみでならない。


(加藤 正人/文春文庫)

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