衛星写真の真っ黒い場所は生物のいない湖…クレヨン・プロジェクト第3弾「色は地球の生命が生み出している」
2025年5月3日(土)7時3分 読売新聞
世界各地の湖から厳選された12か所の衛星写真
世界各地の湖を人工衛星から撮影した写真をもとに、衛星通信事業会社・スカパーJSATが「湖のクレヨン」を作り上げた。海、山に続くサテライト・クレヨン・プロジェクトの第3弾。名付けようのない唯一無二の色合いは、この星の多彩さと悠久の時を改めて感じさせてくれる。(文化部 旗本浩二)
成り立ちや生態系の面白さから12か所選定
人工衛星を使った宇宙事業とメディア事業を展開する同社は、2021年、世界各地の海を撮影した衛星写真をもとにクレヨンを作る「サテライト・クレヨン・プロジェクト」を開始。誕生した「海のクレヨン」は翌年に発売され、デザインや文房具に関する国内外の各賞を受賞した。23年には、第2弾「山のクレヨン」が発売され、“山”のイメージを一新させる豊かな色合いを見せてくれた。
今回は第3弾として、海に覆われていた原始の地球上で地殻変動によって多数の山が隆起し、噴火などでできたくぼみに雨水がたまったり、川がせき止められたりして生まれた各地の湖に着目した。知名度、美しさなどを基準に1次候補として47か所を選び、衛星写真を吟味しながら最終的に12か所に絞り込んだ。それらをこれまで同様、名古屋市の東一文具工業所に依頼してクレヨンに仕上げてもらった。
プロジェクトを企画したスカパーJSATの清野正一郎さんによると、成り立ちや生態系などが面白い湖を最終的に選んだといい、今回も多彩な色が並んだ。トップ画像の番号順に、ホームページを参考に解説する。
色の秘密は特殊な植物プランクトンや光の散乱
(1)ラグナ・コロラダ 南米ボリビアの標高4278メートルに位置する湖。塩分濃度が高い「塩湖」の一つで、赤やピンク色を帯びている。色の正体は特殊な植物プランクトン。赤い色素であるカロテノイドを持ち、塩分が濃い環境だけで繁殖するという。このプランクトンなどを求めて、数多くのフラミンゴが飛来することでも知られる。
(2)アルヘンティーノ湖 アルゼンチンのパタゴニア地方にある。多くの氷河に囲まれており、大量の水が流れ込むことで誕生した。衛星写真に写っているのは、ペリト・モレノ氷河が湖に流れ込む終端部で、高さ約60メートル、幅約5キロ。夏には、20階建てのビルほどの高さの氷の塊が轟音と共に崩れ落ちる様子が見られる。
(3)ナム湖 中国・チベット自治区内にある塩湖。貯水量は琵琶湖の約3倍でチベット最大の水がめ。大きな川とはつながっておらず蒸発が盛んなため、塩分、ミネラル分の濃度が他の湖よりも高い。プレート同士の衝突で山や谷が生まれ、現在のヒマラヤ山脈やチベット高原ができた。雨水や氷河から解け出した水がたまることで、チベット高原には数千を超える湖が存在するという。
(4)モレーン湖 カナディアン・ロッキーの標高1884メートルに位置する、世界で最も美しい湖とも称される観光スポット。氷河に削られてできた谷を岩や土砂がせき止めることでできた氷河湖。削られた氷河の粒子を含む水に光が差すと、光が散乱し特有の鮮やかな色に見える。氷河から解け出す水量などによって色が変わり、6〜7月が最も鮮やかに見えるという。
(5)クリムトゥ山火口湖 インドネシア・フローレス島の火山湖。三つの湖がそれぞれ異なる色を持ち、時折変化することから「神秘の湖」として知られる。色合いが変わる理由は、火山活動により湖底から出るガスや湖水のミネラル成分の影響と考えられているが、完全には解明されていない。魂の安息の地ともされ、それぞれの色にまつわる物語が伝えられている。
(6)レンソイス砂丘の一時湖 レンソイスとはポルトガル語で「シーツ」の意味。シーツを広げたように真っ白な景色が続くブラジルの秘境だ。雨季の間に内陸部で地中にしみ込んだ水が下流に流れ、乾季の初めに約2万個もの湖(ラグーン)として石英質の真っ白な砂が広がるこの場所で湧き出す。魚が生息していることもあるという。
ミネラルが固まり斑点状に
(7)マラカイボ湖 ベネズエラにある南米最大の湖。年間約300日ほど雷が発生。多い時で1秒に1回のペースで落雷があり、世界で最も雷が多い場所としてギネス世界記録にも認定されている。一方、生活排水に含まれるリンが増えすぎて、湖が緑色のプランクトンで覆われてしまっている。
(8)グランド・プリスマティック・スプリング 米イエローストーン国立公園にある直径約110メートルの熱水泉。約70度超の中央付近には生き物がほとんどおらず、不純物が少ないためきれいな青色に見える。外側に行くほど温度が下がって好熱菌という様々な特殊な微生物が増加。この微生物の色素の違いによって、黄色やオレンジ、赤色の湖となる。
(9)スポッテッド湖 カナダのブリティッシュコロンビア州にある湖。夏に湖水が蒸発すると、湖底にある水玉模様のような凸凹の地形が出現する。これは蒸発時に残されたマグネシウムやカルシウムなどのミネラルが固まったもので、それが毎年繰り返されることで斑点の数や厚みが増え、現在のようなくっきりとした多数の斑点が見られるようになったという。
(10)琵琶湖 日本最大の面積と深さを持つ湖。約440万年前に形成された世界でも20か所ほどしかない古代湖の一つ。太古の昔の大陸移動とともに移動し続け、40〜100万年前に現在の位置になった。長い歴史が生み出す特殊な環境により、ビワマス、ホンモロコ、セタシジミ、ビワスジエビなどの琵琶湖にしかいない固有種が60種以上存在している。
(11)マッケンジー湖 豪州の淡水湖。湖につながる川がなく雨水だけで満たされているため、栄養分が供給されず、生物には厳しい環境。このため、魚やバクテリア、藻などの生物はほとんどおらず、水の透明度が高い。地上からは美しいターコイズカラーにも見えるが、宇宙からは真っ黒に見える。湖水の透明度が高すぎて光を反射しにくいためと考えられている。
(12)ナトロン湖 アフリカのタンザニアにある湖。南側に位置する火山から流れ出た火山灰の影響で、ナトロンなどの特殊な成分が溶けこんでいるため、水質は強アルカリ性(pH10〜12)を示す。水温も最高60度にも達するが、そんな過酷な環境でもスピルリナという赤い藻が生息しており、それが湖を赤く染めている。この藻を求めて、膨大な数のフラミンゴが集まることでも知られる。
カラーブランド設立、コラボ商品開発へ
「意外だったのは、衛星写真で真っ黒く見えたマッケンジー湖」と清野さん。「我々が目にする色は、すべて光の反射。生き物が存在すれば、それを色として見ることができる。その意味では、色は地球の生命が生み出しているということに気付きました」と語る。海、山に続いて湖の衛星写真を見つめてみたことで、「改めて地球のすごさ、色の多様性を感じた。地球に興味を持ってもらうきっかけを作るのが、サテライト・クレヨン・プロジェクトの趣旨。まだまだきっかけ作りはあるはずで、わくわくしている」という。
山・海・湖のクレヨン作りで見いだした計36色の用途の拡張に向け、既にカラーブランドも設立。各色とその場所を示す緯度経度をメーカーなどに提供し、文具や家具、ファッショングッズ、絵本、化粧品などコラボ商品の開発を行っていくことも検討している。清野さんは「根底にあるのは、地球の多様性を知ってもらうこと」と強調。要である衛星写真をより多くの人に見てもらう機会を増やす取り組みも考えているという。
戦争や経済摩擦といった国家間のあつれきから世界的な温暖化まで、問題山積のこの星が果たして外からどう見えているのか。人工衛星を運用している会社だからこそ提供できる知見にちがいない。