市村正親 家でよく観るのはNHKのドキュメンタリー。ドラマでは『ホットスポット』にハマり…「僕にとって台本は、宝物が詰まった大きなおもちゃ箱」

2025年5月22日(木)12時30分 婦人公論.jp


(撮影:小林ばく)

舞台、映画、ドラマにと幅広く活躍中のミュージカル俳優・市村正親さん。私生活では2人の息子の父親でもある市村さんが、日々感じていることや思い出を綴る、『婦人公論』の新連載「市村正親のライフ・イズ・ビューティフル!」。第7回は「欲が出たら芝居じゃなくなる」です。(構成:大内弓子 撮影:小林ばく)

* * * * * * *

ひたすら台本を読んで


3月からミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』の舞台が始まりました。初めてテヴィエ役を演じたのは2004年で、今回でもう7回目。その間に積み重ねてきたものを体が覚えていて、最初の公演を思い出しながらの稽古は、4日間でできてしまいました。

でも、大事なのはそこから。前回の上演から4年が経って、僕自身も変わっている。やっぱり、今の自分の中から生まれるもので作っていきたい。1967年の日本初演からテヴィエを演じられた森繁久彌さんの映像を久々に観たことも大きかった。

森繁さんのあとを引き継いだ西やん(西田敏行さん)の映像は残念ながら持っていなかったんだけど、森繁さんや西やんの、そのとき生まれたようにセリフを言う、という部分を今回は出したいと思ったんだ。

それから、いわばストーリーテラー的な役どころでもあるから、僕がまず生き生きとした芝居をして引っ張っていかないと、周りの芝居にも影響が出てしまうとも思った。

実際、『ラブ・ネバー・ダイ』のときもそうだったけど、『屋根の上』の稽古場でも、「市村さんはどうやるんだろう」というみんなの真剣な視線をビシビシ感じるの。そこまで強い圧を向けないでと思うくらいに(笑)。

だから、僕が少しでも変われば周りも神経を研ぎ澄まして、いいものにしていけると思ったんだよね。

じゃあ、この短い稽古期間でどうすれば新しい芝居が作れるのか。とにかくひたすら台本を読みました。家ではもちろん、どこでもずっと開いていた。

そうすると、ちょっとした気づきが出てくるんだね。テヴィエは貧しくともユダヤのトラディショナルなしきたりを重んじて生きているんだけれども、娘たちや周囲の変化によってそれまで守ってきたものが崩れていって時代に流されていく。その戸惑いややるせなさみたいなものがあるんだな、とか。

だからたとえば、牛乳を売るために荷車を引いている、セリフのないシーンでも、テヴィエの心の言葉が浮かんでくるんだよ。

「神様。疲れちまったんですよ。荷車引っ張るの。え、引くのが嫌なら押してみろ? そういう話じゃないんですけど、はい、やってみます。でも、引くのも押すのも嫌な人は、どうしたらいいんです? ……いやいや、独り言です」ってね。

もっと細かいところで言うと、台本では長女だけを紹介すると書いてあるシーンで、次女、三女、四女、末娘まで全員紹介してリアルな生活感をちゃんと出すとか。

そういうのを思いつくたびに台本に書き込んでは、稽古場に行って「ここでこう言いたいんだけど、どう思う?」と演出家に相談する。

ほら(と台本を出して)、書き込んだところはこうやって折り曲げてるんだけど、僕は芝居の何が好きかって、台本を読んでいて「ここでこういうことができる!」と考えが広がっていくところなんです。僕にとって台本は、宝物がたくさん詰まっている大きなおもちゃ箱なんだよ。


『屋根の上のヴァイオリン弾き』の楽屋前で(写真提供:市村さん)

舞台はナマモノ


台本を読んでいないときも、やっぱり、ほかのものから何かを得ようとしているかもしれないね。僕が家でよく観るのは、『NHKスペシャル』や『映像の世紀バタフライエフェクト』といったドキュメンタリー番組。

息子たちを呼んで一緒に観ることもあって、世の中を知る勉強になる。Netflixなどの動画配信サービスのドラマや映画、テレビドラマは、もちろん芝居の参考になります。

3月まで放送されていたドラマでハマったのは『ホットスポット』。ゲラゲラ笑いながらも、「いいな、あの間(ま)」と冷静に思ったりして。

その良さが生まれるのは、作家が書いた脚本のおかしさを俳優さんたちがちゃんと演じているからなんだよね。決して過剰に面白くしようとしていない。それは『屋根の上』でも肝に銘じていることなんです。


<今月のひとこと>

舞台はナマモノだから、その日の流れで客席に笑いが起きて、盛り上がることはある。でも、昨日ウケたからといって翌日同じことを狙うと、ウケないんだね。

ゴルフもそうでしょ。無心で振ればいいのに、さっきのスイングが良かったからとか思うとダメになるじゃない。(笑)

それと同じで、欲が出たら芝居じゃなくなるの。役者の演技であって、役の演技じゃなくなる。だから、テヴィエも、役を生きていて滲み出てくるもので笑ってもらえたらいいなと思っています。

たぶん、森繁さんや西やんとはまた違う、俺のテヴィエのユーモアというものもあると思うんだよ。神様に語りかけるときに、「へへへ」といたずらっ子のようになったりね。そんなところから人間のおかしみや切なさが滲み出たらいいね。

婦人公論.jp

「市村正親」をもっと詳しく

「市村正親」のニュース

「市村正親」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ