市村正親「帝国劇場との30年。『ミス・サイゴン』で初めて帝劇に。裏方のスタッフさんや地下の食堂…僕を支えてくれた大事な存在。114年の歴史に一度幕を下ろす」
2025年2月28日(金)12時30分 婦人公論.jp
(撮影:小林ばく)
舞台、映画、ドラマにと幅広く活躍中のミュージカル俳優・市村正親さん。私生活では2人の息子の父親でもある市村さんが、日々感じていることや思い出を綴る、『婦人公論』の新連載「市村正親のライフ・イズ・ビューティフル!」。第四回は「帝国劇場との30年間」です。2月28日(金)の21時からは『さよなら帝国劇場 最後の1日 THE ミュージカルデイ』が放送されます。市村さん、堂本光一さん、井上芳雄さんの3名が司会を務め、帝国劇場”最後の瞬間”を生中継でお届け。市村さんの帝劇での思い出とは——(構成=大内弓子 撮影=小林ばく)
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出力を半分に抑えたら
最近もミュージカル『モーツァルト!』でお世話になった帝国劇場が、建て替えのために2025年2月でいったん休館します。
公演中は、「この箱でお芝居するのは最後なんだな」と、あまり見たことのなかった舞台袖の天井を見上げたり、床を眺めたり、舞台裏の壁をやたら触ってみたり。
帝国劇場のアニバーサリーブックの取材では、初めて地下5階にある《奈落》にも行きました。奈落というのは舞台の床下にある、装置などが設置されたスペースなんだけど、地下5階までの深さとなるとまさに《奈落の底》! 帝劇の怪人がいそうな雰囲気なの。
舞台上で回転する盆を回す鉄柱がデカくてねえ……。これが劇場を支えてくれていたんだな、としみじみ思いました。
僕が初めて帝劇に立ったのは1992年の『ミス・サイゴン』。舞台から客席を見ると、劇場の大きさにまず圧倒された。天井近くまできれいに並んでいる濃い紫色の椅子が印象的で、帝(みかど)の名にふさわしい高貴さを感じたね。
この『ミス・サイゴン』は、舞台で演じるうえでの大事なことを教えてくれた作品でした。幕が開いて2〜3ヵ月くらい経った頃のこと。演出家からこう言われたんです。「ミスター・イチムラ、今のテンションを半分くらいにしてくれないか」と。
「初日の頃は君が周りを引っ張ってくれた。でも2ヵ月経ってカンパニー全体のテンションも上がっている。そこにミスター・イチムラのテンションが加わると……」「うるさいってことですか?」「うるさいわけじゃない。トゥーマッチなんだ」。つまりうるさいってことじゃないかと思ったけど(笑)、不安に思いながらも出力を半分に抑えてみたの。
するとどうなったか。それまではただ客席にいた1900人のお客さんが、前のめりになってグッとこちらに迫ってくる感じがあったんです。
そうか、お芝居はこちらがガンガン見せに行って、与えるものではない。半分の力でやると、お客さんのイマジネーションのほうが動くんだ。これは大きな発見でした。
それに半分の力で演じると、体も楽で(笑)。それ以来、無駄な力が抜けたんです。
<今月のひとこと>
大事な存在
帝劇の公演中にしょっちゅう行っていたのは裏方さんたちの部屋です。舞台には出ないけど楽屋に戻る時間はない、というくらいの合間に、照明さんの調光室から舞台を観たり、大道具さんや小道具さんが待機している部屋に行ったり。終演後にそこで一緒に一杯飲むこともあったね。
ほとんどのスタッフが定年まで勤め上げるから、『ミス・サイゴン』の初演から数えると、皆さんとの付き合いも30年あまり。当時は新人だった子が、今では大道具の棟梁になっていたりする。
照明部には、帝劇に出るといつも僕にピンスポットを当ててくれる女性が2人いて。彼女たちも新人時代からの付き合いになるね。
この間の『モーツァルト!』の時に、僕が出演する帝劇最後の作品だからと、初めて3人で一緒に食事に行きました。表には出てこないけど、僕らを支えてくれる大事な存在なんです。
支えてもらうといえば、公演中の食事もその一つ。昔は地下の演出部のあたりにおばちゃんが一人で切り盛りしている社員食堂のようなのがあって、とんかつや生姜焼きをよく食べていました。
帝劇ビル地下の食堂街にもお世話になったね。「蘭」という喫茶店では、僕のリクエストで、焼きそばにカレーをかけるスペシャルメニューもできた。ほかのお店にも思い出がいろいろあります。
帝劇はミュージカルを上演しているイメージが強いけど、昔は、山田五十鈴さんや森繁久彌さんといった名優が主演される大型芝居の劇場という印象がありました。
その意味では、『お夏狂乱』(94年)という時代劇で帝劇に出られたことも心に残っています。西村晃さんの付き人をしていた僕としては、ひとつ山を登った感じがあったんだね。
3月に上演される『屋根の上のヴァイオリン弾き』で明治座の舞台に立てることも感慨深い。付き人からここまで上がってこれたのだなあ、って。それも考えてみたら、帝劇が改修に入るから実現することなんだよね。今の帝劇がなくなるのは寂しいけれど、前向きに捉えたいと思います。
その『屋根の上〜』をはじめ、たくさんの舞台が待っている2025年。最後まで完走! それが今年の目標です。
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