「アズ、デブ嫌い!」「ふざけんな、ババア」…『虎に翼』の吉田恵里香が「前橋の女子高生」に言わせた“ギリギリの暴言”が成立している深い理由

2025年5月25日(日)18時10分 文春オンライン

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』、『LAZARUS ラザロ』、『アポカリプスホテル』など、話題作の多い春クールアニメ。そんな中、じわじわと注目を集めている異色のアニメが『前橋ウィッチーズ』である。


 本作は群馬県前橋市を舞台にした魔女見習いの少女たちの物語。


カメラが好きで、とにかく明るい性格の赤城ユイナ。
ファッションとコスメが大好きで口が悪い新里アズ。
常に周囲の目を気にしている現実主義者の上泉マイ。
いつもテンションが高く自由奔放に振る舞う三俣チョコ。
裕福な家に生まれ進学校に通う冷静で真面目な北原キョウカ。


 5人は謎の使い魔・ケロッペにスカウトされて魔女見習いとなった。



左からキョウカ、マイ、ユイナ、チョコ、アズ。一見キラキラな5人だが… 公式Xより


 彼女たちは魔法のお花屋さんを開き、困っているお客さんの願いを叶えることで「マポ」(魔法のポイント)を集めていく。どうやら、このマポが99999貯まると彼女たちは一人前の魔女になれるようだが、実はユイナ以外の4人には、魔女になって叶えたい願いがあった。


 本作は、前橋市という実在の土地を舞台にしたご当地モノ+魔法少女モノのアニメで、5人がお客さんの願いを叶える時に、アイドル風の衣装となってライブを行う場面が見せ場となっている。5人を演じている声優はアイドルグループ「前橋ウィッチーズ」を結成し定期的にライブイベントも行っているため、アイドルアニメとしての側面も大きい。


つんく♂が作詞した主題歌を筆頭に平成ノスタルジーが満載


 本作の魅力は大きく分けて2つ。


 ひとつは3DCGを駆使したアニメならではのアイドルライブの映像。


 主題歌の「スゴすぎ前橋ウィッチーズ!」は、モーニング娘。のプロデュースで知られるつんく♂が作詞を担当しており、ハイテンポで楽しいハチャメチャな一曲となっている。劇中で前橋ウィッチーズが歌う楽曲はどれも素晴らしく、平成ノスタルジーを刺激する懐かしい要素がちりばめられている。


 一方、ユイナたち前橋ウィッチーズのライブパフォーマンスの動きや彼女たちを捉えるカメラワークは、3DCGならではの自由度の高いものとなっている。


 日本のアニメは手描きのアナログ感が魅力で、3DCGを駆使したデジタル表現は人の動きを描くことには不向きだと思われていた。だが、前クールの『メダリスト』のように、3DCGで人間の動きをうまく表現する作品も近年は増えており、本作の女性キャラクターのライブパフォーマンスの手足の動きや衣装や髪の毛の揺れの細かさを観ていると、ついにここまでできるようになったのかと驚かされる。


 また、お客さんを応援するためにユイナたちがお花屋さんで歌う場面では、悩みを抱えたお客さんの心象風景のビジュアルとユイナたちのライブパフォーマンスが交差するMV的な華やかな映像となっている。


 観ていて思い出すのは、『少女革命ウテナ』や『輪るピングドラム』の監督として知られる幾原邦彦が得意とするアヴァンギャルドな映像表現だが、そもそも幾原の映像自体が、彼が関わっていた『美少女戦士セーラームーン』シリーズで展開していたセーラー戦士の変身シーン(変身バンク)を洗練させていった結果生まれたものだったため、魔法少女の変身シーンをアイドルのライブパフォーマンスとして見せるという発想はある種の必然だったのかもしれない。


 監督の山元隼一たち制作者の意図はわからないが、前衛的な映像表現と現代の少女たちの悩みに寄り添った物語を観ていると、幾原作品の映像表現とテーマを引き継いだ後継的な作品だと感じる。


ルッキズム、推し活、ヤングケアラー…若者の直面する問題が次々と


 もう1つの魅力は脚本とシリーズ構成を担当する吉田恵里香による巧みなストーリーテリング。劇中ではユイナたち魔女見習いがお客さんの願いを叶える姿が描かれるのだが、同時に魔女見習いの少女たちのエピソードが順番に展開されていき、彼女たちの内面と取り巻く社会を深く掘り下げていく。


 作品世界の設定を説明する第1話が終わると、2〜3話ではアズ、4〜5話ではマイ、6〜7話ではチョコと、2話で1人分のエピソードを描いている。今後は8〜9話でキョウカ、10〜最終話にかけてユイナの物語が描かれるのではないかと思うのだが、一人一人のエピソードがキレキレで、現代を生きる少女たちが直面する悩みを深く掘り下げる内容となっていた。


 例えば第2話では、お客さんとしてやってきたプラスサイズモデルの三葉凛子の願いを叶えるためにユイナたちが歌おうとした瞬間、アズは歌うことを拒否し「アズ、デブ嫌い!」「今の自分に悩んでるって、楽して痩せようとしててウザい! ホント無理!」と言ってエンドロールに入る。


 突然のアズの暴言に視聴者は戸惑うのだが、エンドロールが終わった後、家で「アズ、デブ嫌い」と泣きながら言う現実の太っているアズの姿が映る。


 そして第3話では、お店でのアズの姿が魔法で一時的に痩せていたことが明らかとなる。


 アズは太っていることを理由にクラスメイトから酷い悪口を言われ、現在学校に通っておらず、魔女になることで痩せようと考えていた。


 つまりこの2〜3話では、人を外見だけで評価し差別する価値観を多くの人が内面化しているルッキズムの問題がアズと凛子の姿を通して描かれるのだが、このエピソードを序盤に持ってきたこと自体に作り手の強い覚悟を感じた。


 その後、4〜5話では、マイと幼馴染の優愛の「推し活」的な共依存関係が描かれ、6〜7話では、よく仕事中に眠ってしまうチョコが、父親を亡くし看護師として家計を支える母に代わり、足を傷めている祖母と兄弟の面倒を見ながらバイトと家事に追われるヤングケアラーだったことが明らかとなる。


 どのエピソードも現実の少女たちが直面している身近で切実な問題を描いているのだが、アニメでは深く掘り下げられることが少ない題材だ。


「アズ、デブ嫌い!」「ふざけんな、ババア」視聴者をヒヤヒヤさせるCパート


『前橋ウィッチーズ』では、本編映像となるAパート、Bパートの他に、エンドロールの後に少しだけ流れるCパートが存在する。このCパートの切れ味が素晴らしく、次の週で焦点が当たる少女たちの台詞や振る舞いが強い引きとなっている。


 ユイナたち5人が延々とボケとツッコミを繰り返す楽しい会話劇だけの回もあるのだが、今日は楽しかったと安心しているとCパートで冷水をぶっかけられるような辛いシーンが描かれ、次週に続くため、毎回ヒヤヒヤさせられる。


 その意味で実にあざとい脚本なのだが、露悪趣味の残酷ショーに陥っていないのは少女たちの悩みに作り手が大人として誠実に向き合い、彼女たちが自分なりの回答を模索する姿を前向きに描いているからだろう。


 さじ加減を間違えると大惨事となりかねない題材を、絶妙なバランス感覚で物語に落とし込んでいる見事な脚本である。


吉田恵里香は「虎に翼の現代編」として書いている?


 吉田恵里香は、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』やテレビドラマ『恋せぬふたり』(NHK)の脚本家で、昨年放送されたNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』の脚本で、その作家性が広く知られるようになった。


『虎に翼』は法律を題材にした物語で、戦前・戦後を舞台に、主人公の寅子(伊藤沙莉)が法曹界で直面する女性やマイノリティに対する差別や社会問題を描いた社会派朝ドラの傑作だった。


 物語を通して社会問題を描く鋭い切り口は、この『前橋ウィッチーズ』でも健在で、『虎に翼』の現代編として筆者は固唾を呑んで毎週見守っているのだが、本作を観ていると、実写作品よりもアニメで現実の社会問題や女性の悩みを描いた方が、より深く響くのではないかと表現の可能性を感じている。


 キラキラとしたアニメの世界にちりばめた少女たちを取り巻くリアルな社会問題に対し、本作がどのような回答を見せてくれるのか楽しみである。


(成馬 零一)

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