【インタビュー】松岡茉優 “素”をさらすことで背負う、女優としての覚悟

2019年10月3日(木)7時45分 シネマカフェ

松岡茉優『蜜蜂と遠雷』/photo:You Ishii

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松岡茉優の勢いが留まるところを知らない。

2017年公開の初主演映画『勝手にふるえてろ』、そして昨年の是枝裕和監督によるカンヌのパルムドール受賞作『万引き家族』で、それぞれ第42回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、優秀助演女優賞を獲得するなど高い評価を得た。

とはいえ、まだまだ世間は松岡茉優という女優を過小評価しているのではないか——? そう思わせるほど、まもなく公開の主演映画『蜜蜂と遠雷』では、これまで見たことのない表情を見せ、“圧倒的”という言葉がぴったりの凄まじいまでの存在感を発揮している。


傑作を2時間の枠におさめる難しさ
史上初となる直木賞と本屋大賞のW受賞を果たした恩田陸のベストセラー小説を映画化した本作。4人の才能あふれる天才ピアニストを軸に、ある国際ピアノコンクールの始まりから終わりまでが描かれる。

松岡さんが演じたのは、かつては天才少女と呼ばれ、将来を嘱望されるも、母の死が原因でピアノを離れ今回、7年ぶりに表舞台へと復帰した亜夜。全体を通じて、セリフは決して多くはなく、心情や私生活、復帰に至った経緯や背景などもハッキリとした言葉で説明されることもない。ピアノに向き合う姿勢やちょっとした表情でその内面が浮き彫りになっていくという難しい役柄だが、松岡さんは役作りについて、こともなげに「原作に全て答えがありました」と語る。


「恩田先生の小説の中に亜夜が生きて存在していて、そういう意味で問題はなかったです。ただ、500ページ2段組の小説を2時間の映画にするという部分に関してはプレッシャーや難しさは感じました。どうしても原作から連れてくることができなかった登場人物、抜き出すことができなかった描写もあります。亜夜の気持ちをどう理解するか? という部分以上に、『ここは(原作にある描写が)映画にはないから、どうしたらいいか?』と足し算や引き算を考える部分は多かったですね」。


“心に傷を負った元・天才少女”。そんな安易な言葉で集約されるような、薄っぺらい役にはしたくなかった。

「石川(慶)監督に言われたのは『腫れ物に触るような人にはしないでほしい。周りが気を遣うような人じゃないと思う』ということで、私も同じ意見でした。7年前、なぜ彼女はピアノから逃げたのか? なぜそこから表舞台に戻ってこられなかったのか? そこにあるのは決して自分勝手な理由でもないし、彼女は決して“かわいそうな人”でもない。そのために彼女の強さと気高さ、才能をきちんと見せないといけないと思っていました」。

自分とは違う周りの評価「すごく力をもらいました」
間違いなく松岡さんに対して、大きな称賛の声が贈られることになるであろう本作だが、松岡さん自身は、最初に完成した映画を観たとき「自分ができると思っていた期待値をあまりに大きく下回っていて、『こんなにできないか…』と落ち込んだ」という。

しかし、このリアクション自体は、本人にとっても周囲にとっても決して珍しいことではないようで「最初に完成した作品を観る初号試写は、いつも人生で一番落ち込む瞬間」であり「毎回、『やめよう』『やめちまえ!』って思います」とのこと。


いつもと違ったのは一緒に映画を観たスタッフや共演者の反応、そして思わぬところから届いたある“言葉”だった。

「観終わったら、石川監督やプロデューサー、スタッフのみなさんがすごく褒めてくださったんです。嬉しかったのは、試写室を出て、私自身は罪人みたいな気持ちで階段を下りて行ったんですが、その先で(共演の)斉藤由貴さん、臼田あさ美さん、片桐はいりさんが並んで待っていてくださって『本当によかったよ』とおっしゃってくださったんです。その言葉にすごく力をもらいました」。


「とはいえ、自分の中では悶々とした気持ちを抱えて、その後の日々を過ごしていたんですが、ある日、予告編の映像が届いたんです。それを午前中の11時ごろに自宅のベッドの中で見たんですけど、途中で恩田先生の『映画化は無謀、そう思っていました。「参りました」を通り越して「やってくれました!」の一言です。』という言葉が目に入ってきて…、布団の中で泣いてしまいました」。


いまの自分は才能が集結した世代のおかげ
「同じ時期に集ってしまった天才たちの苦悩と葛藤の物語」——。松岡さんはこの物語をそんな言葉で捉えている。

「同時代に生まれた天才たちがひとつのコンクールでぶつかってしまう。それは悲劇でもあり、大衆にとっては奇跡のようなことかもしれない。出会わなければ、それぞれが天才として生きていけたかもしれないと思いがちだけど、ただ、このコンクールでぶつかったことで、実は彼らは才能を伸ばしていくことができたんじゃないかと思うんです」。


「亜夜もそうですが『ここまでかな…』と自分で思っていた天井を別の天才がぶち破ってくれて『まだ先があったのか!』と思わせられる。葛藤もあるけど、天才たちが出会ったことによる化学反応も確実にある」。

「このあいだ、テレビで世界柔道を見ていたんですが、同じ階級に才能あふれる選手が何人もいるのに、オリンピックで代表になれるのは一人なんですよね。少し前のフィギュアスケートの浅田真央さんとキム・ヨナさんもそうですけど、なぜか天才たちって同じ時期に集ってしまうもので、でもそのことによって爆発的に成長していくものなんですね」。


そういう意味では、松岡さんが生きる俳優の世界もまた、時に同じ世代の俳優とひとつの役を争い、時に同じ作品の中で切磋琢磨していく仕事である。松岡さんにとって、同世代の存在とは?

「私たちの年は、ありがたいことに『充実している』と言っていただけることも多いですし、前後1〜2年の同世代も入れたら、すごい人たちがそろっていると思います。もし、そういう存在が周りにいなかったら、いま私がこうしてこの作品で主演をすることもなかったと思うし、この原作の映像化自体、されなかったんじゃないかなと思いますね。いま、私がコンスタントに仕事をいただけているのは、同世代の層が厚かったからにほかならないです」。


同世代のライバルがいない方が、自分に役が巡ってくる確率が上がってラッキーだとは思わないのだろうか? 「10代の頃は、オーディションを受けては落ちての繰り返しで、もう思い出したくないくらいの嫉妬の塊だったし、自分と周りを比べることしかしていなくて、心が腐ってましたよ(苦笑)」と明かしつつ、こう続ける。

「でも、そもそも、同世代の層が薄かったら、作品に恵まれなかったでしょうね。等身大の役ではなく、少し年上、もしくは年下の役を演じなくてはいけないことが多くて、苦しんだと思います。もちろん、周りがいい仕事をしていたら悔しいですよ。最近だと、親友の伊藤沙莉が『全裸監督』(NETFLIX)に出ていて、本当にいい役を演じていて、うらやましかったです」。

「でも、それがあるから、私も同じように伊藤に『悔しい』って思わせるような演技をしたいなって思います。ライバルという言葉は色が着いていて、嫌なイメージもあるかもしれないけど、私にとってはありがたいものであり『これからも生き残りをかけて戦いましょうね(笑)』という存在です」。


堂々と“素”の自分をさらす「イメージなんて問題ない」
そんな中で、女優・松岡茉優がこれだけ多くの作品で求められるのはなぜか? 彼女の武器は何なのか? “演技力の高さ”と言ってしまえば簡単だが、どんなタイプの役であっても、過去の作品のイメージを引きずることなく自然に演じ分けてしまうところではないか? 本作や『ちはやふる』シリーズで演じたような天才タイプから、『勝手にふるえてろ』で演じたような初恋をこじらせた暴走気味の女子まで、ひとつのイメージに固定されることなく役柄ごとに見事に演じきる。


「私はバラエティ番組の『おはスタ』への出演がほぼデビューだったんですが、それもあってかいまでも、バラエティ番組に出るのはすごく好きなんです。でもある時期、周りから『あんまりバラエティに出過ぎない方がいいよ』と言われたことがあって」。

「それは女優の仕事で使うのとは違う筋肉を使わなくてはいけないので、心身の健康を心配してでもあったと思うんですが、一方で『バラエティに出過ぎてイメージが付いちゃうと、役に影響するよ』という指摘もありました。でも、その意見はちょっと受け入れられなくて、女優の仕事で、その役として超越した存在でいられれば、イメージなんて問題ないはずでしょと。そこは私の責任なのでチャレンジさせてほしい——すごくカッコつけた言い方ですが、切り拓いていきたいと思ったんです」。


バラエティやトーク番組で“素”の自分をさらすことで、逆に作品ごとの役柄に対する責任を背負い込む。その覚悟が彼女を支えている。

「パターンを背負う必要もないし、“誰か”っぽくなりたいわけでもないから『○○っぽいと思われるからやめた方がいいかも』なんて考える必要もない。心配してくださった方たちに納得していただいて、『全然大丈夫だね』と思ってもらいたいという思いは根底にあるかもしれませんね。『真面目だね』と『ストイックだね』なんて言われることもあるんですけど、全然そんなもんじゃなくて、そもそも怠け癖があるから、そうやって自分を律してないといけないんです(笑)」。


女優としてやりたいことは「心が腐りかけてた10代の頃も含めて(笑)、変わってない」とも。

「生きづらさを感じてる人が明日、生きるのがちょっと楽になる——そんな作品を届けたい。忙しさに追われて、目の前のことばかりに躍起になって空回りしていた時期もあったけど、いまは少し落ち着いて、女優として健康的に物事が進んでるなと感じています。自分のペースで変わらずにやっていけたらと思います」。

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