「幹部が悪い」で終わらせていいのか? 北朝鮮の農村ドラマに国民の本音が噴き出す
2025年5月28日(水)13時0分 デイリーNKジャパン
北朝鮮国営の朝鮮中央テレビが4月16日から放映しているドラマ「白鶴原の新春」。地方農場の幹部たちによる誇張報告や形式主義を批判する内容だが、視聴者の間では賛否両論が渦巻いている。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、首都・平壌に隣接する平城(ピョンソン)など道内各地の住民の間で、このドラマが人気を得ていると述べた。その理由として情報筋は、「地方の農場が舞台で、現実に非常に近い内容が描かれているためだ」とした。
白鶴里(ペッハンリ)農場に新たに赴任した朝鮮労働党の里党書記(村単位の党委員会のトップ)が、誇張報告や官僚主義、形式主義に染まっていた幹部を正し、農場に変化と「春」をもたらすというストーリーである。幹部たちが責任を持って行動し、下働きとして農作業に挑んだことで農民たちの心が動き、農民自身も主体性を持つことで農業実績を向上させられる、というメッセージが込められている。
情報筋は「この連続ドラマは、農作業が本格化する時期に合わせて農場幹部や農民たちに緊張感を与える意図がある。農業の失敗の原因を『誇張ばかりの幹部』や『責任感を持たずに働く農民』に求め、規律を正し生産量の増加を促進しようとしているのだ」と説明する。
このドラマは、北朝鮮当局が2022年5月に制定した「ホラ防止法」と密接な関係がある。この法律は、社会全体に蔓延する虚偽報告や誇張報告を防止することを目的としており、特に農業分野での誇張報告を重点的に取り締まっている。
このドラマを視聴した住民たちは、農場の実態を比較的正確に描いていると共感しつつ、現実の幹部たちの誇張行為を批判している。
情報筋によれば、実際に住民の間では「農場の実情を誰よりもよく知っている幹部たちが、農民のための対策は立てず、自分の利益ばかりを追い、虚偽報告にばかり没頭してきたのが実態だ」という声が上がっている。
また、「幹部たちは自分の腹が満たされればそれでよく、これまで農民が飢えて倒れても気にしたことはなかった」「私利私欲に目がくらみ、幹部同士で結託して食糧を横流ししているから、農民に回る食糧がなくなり飢えるしかない」など、怒りや失望の声も多いという。
このドラマに関しては以前、酷評一色だとする情報を伝えたが、上述のように評価する声も上がっているようだ。
ただ一方で、このドラマの内容について不快感を示す住民もおり、収穫が増えない責任を幹部にすべて押しつけているという批判もある。
情報筋は「一部の住民は『農場幹部たちは計画(ノルマ)を達成できなければ上層部から強い圧力を受ける。誇張報告をせざるを得ない状況に追い込まれている』として、幹部の立場を一定程度理解し擁護する声もある」と述べた。
実際、住民の間では「誇張報告を強いる根本的な責任は当局にあるのに、なぜすべての責任を幹部に転嫁するのか理解できない」「肥料や種子を自力で解決しろと言いながら、秋になると計画以上に取り立てるではないか」「様々な名目をつけて計画以上の量を取り上げていくから、農民の取り分が減り、結局飢えるしかない。それは誰の責任なのか」といった声が頻繁に聞かれるという。
このように、一部の住民は「白鶴原の新春」の放送を、当局が自身の責任を幹部に押し付けようとする試みと捉えており、体制への不満が逆に強まるという「副作用」も生じている。
情報筋は「農場で穀物生産が伸びないのは、幹部や農民が怠けているからではなく、すべてを自力で解決しなければならない状況の中で、果てしなく下される国家計画が原因だ、という意見が少なくない」と伝えている。