航空機の技術とメカニズムの裏側 第482回 身近な航空関連技術(7)チェックリスト - 胴体上面のルーバー開閉状態を確認!?
2025年4月22日(火)9時5分 マイナビニュース
今回のお題はチェックリスト。またもや「技術」というより「手法」の話になってしまった。そのチェックリスト、航空業界ではかなり昔から使用しているアイテムで、一説によると、第二次世界大戦の前からチェックリストの発想はあったらしい。その他の業界でも、けっこう導入事例はあるようだ。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
何が書かれているか
チェックリストの現物は手元にないが、チェックリストが書かれているものなら手元にある。それがフライトマニュアル。
その中で、例えば機体外部点検に関する項目であれば、「どこをスタート点にして、どちら回りでどこを確認するか」「確認すべき項目と、あるべき状態」が書かれている。
これに限らず、さまざまな場面ごとにそれぞれ専用のチェックリストがあり、「計器Aが、値Bになっているかどうかを確認する」「スイッチCをDの側にセットする」「アイテムEを取り外す」といった内容がズラッと並んでいる。その数は、ときには数十項目に上る。
「どんな飛行機でも飛行機に違いないのだから、確認すべき項目なんて似たようなものなのでは?」と、思われるのではないだろうか。
とんでもない。MiG-29のフライトマニュアルを見ると、胴体の上面に付いている補助空気取入口のルーバー開閉状態を確認しろと書いてある。これはMiG-29ぐらいしか備えていないアイテムだ。
戦闘機は1人しか乗っていないから、自分でチェックリストを出して、読み上げて、確認や操作を行うことになる。しかし2マン・クルーの機体、例えば旅客機では、読み上げと確認・操作による相互確認が可能になる。
そういえば、JALの飛行機に乗ると離陸前に「客室乗務員はドアモードをオートマティック(またはアームド)に変更して、相互確認してください」の業務放送が必ずかかる。ここでも、キモは「相互確認」にある。実際、L1ドア担当とR1ドア担当の客室乗務員が、互いに反対方向のドアのモード設定を確認している。
チェックリストは紙やボードとは限らない
そのチェックリスト。昔はみんな紙に書かれたものだったが、最近では画面に出てくることもあるんだろうか。と気付いて調べてみたら、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)の無人機を担当する地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)で、画面にチェックリストを表示しているものがあった。
無人機は「操縦操作を行う場所」と「操縦の対象物があるところ」が離れており、両者は無線で接続している点に特徴がある。その無線リンクが生命線であり、無線リンクが問題なく機能するかどうかを確認することは重要だ。
紙のチェックリストだったら、「項目名」「あるべき値」とチェックマークを入れる場所を用意するのが一般的なスタイルと思われるが、GA-ASIのGCSではチェックリストが画面に表示される。だから、チェックマークをつける作業は画面上のタップ操作によって行う仕組み。チェックマークの欄をタップすると、画面にレ点が現れる。
チェックリストは覚えてはいけない
そのチェックリストについて、大事な話がある。毎回、同じ機体で同じチェックリストを使っていれば、そのうち内容を諳んじてしまうと思われる。
しかしそこで記憶に頼るのではなく、毎回、ちゃんと物理的なモノとして存在しているチェックリストを出して、ひとつずつ読み上げながら確認しなければならない。覚えてしまって記憶に頼るということは、忘れる、すっ飛ばす可能性もあるということだ。だから、チェックリストの内容は「覚えてはいけない」のである。
それに、何かの事故やトラブルで得られた教訓を反映させたとか、システムの構造や仕様が変わったとかいう理由で、チェックリストの内容が変化するかも知れない。記憶に頼ると、そうした変化を見落として事故につながる原因を作る。
もうひとつ。チェックリストを途中まで消化したところで何か割り込みがかかり、中断したとき。そこで中断したところから再開するのではなく、最初からやり直せと書いている本があった。なぜかといえば、「中断したところから再開」が記憶頼みになり、飛ばされる項目が発生するかも知れないからだという。
そういう注意があるということは、過去にチェックリストをすっ飛ばして事故につながった事例があったのかも知れない。
身近なところでも応用できそう
普通、チェックリストというと、航空機や潜水艦など、複雑高度なシステムを使う場面で用いるもの。という先入観を抱いてしまいそうになる。しかしそうとは限らない。
なんだったら、「出かける前の戸締まり・火の元・消灯確認」あるいは「海外旅行に行くときの持ち物」をチェックリストにしたっていいのである。こうなると、いささか “身近” の度が過ぎるかもしれないが、会社の日常業務の中でチェックリストを用いている事例も、実は案外と多いようだ。
ただし、そこに落とし穴がある。チェックリストはあくまで「確認漏れを防ぐための手段」であることを忘れてはいけない。チェックリストを作ったり、使ったりすること自体が目的になり、やたらとリストの種類や項目ばかり増やすのでは、逆効果になる事態もあり得よう。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。