KEK、一般相対性理論と量子力学を同時検証する世界初の実験を実施
2025年5月3日(土)6時59分 マイナビニュース
高エネルギー加速器研究機構(KEK)、名古屋大学(名大)、J-PARCセンターの3者は4月28日、同時検証が困難な一般相対性理論と量子力学との統一的理解に向け、冷中性子ビームと高精度な凹面鏡を用いた同時検証が可能な実験を行い、地球重力の約700万倍に相当する遠心加速度下でも量子力学が約2%の精度で成立することを確認したと共同で発表した。
同成果は、KEK 物質構造科学研究所 中性子科学研究系の市川豪研究員と名大 素粒子宇宙起源研究所 フレーバー物理学国際研究センターの三島賢二特任准教授の研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
重力(マクロ)を扱う一般相対性理論と、素粒子(ミクロ)の世界を扱う量子力学は折り合いが悪く、超弦理論などを用いてその統一が試みられているが、まだ完成には至っていない。統一が実現すれば、電弱力、弱い力、強い力、重力という自然界の4つの力を統一する「万物の理論」が完成するとされる。一般相対性理論と量子力学を統一する手がかりを得るには実験が不可欠だが、扱うスケールが大きく異なる両者を同時に検証できる例は限られてきた。そうした中、干渉計や超冷中性子の重力による束縛状態の観測など、中性子を用いた実験は、長年注目されていた。
研究チームの市川研究員は、超冷中性子が重力束縛された量子状態の観測を研究しており、重力と遠心加速度の結果を比較することで、量子力学における「等価原理」(重力によって生じる力と加速によって生じる力は局所的には区別できない)の検証が可能なことに気がついたという。そこで今回の研究では、凹面鏡に中性子ビームを沿わせ、遠心加速度によって表面を這うような量子状態が現れることに着目。運動エネルギーを減らした(冷却した)超冷中性子は重力に鋭敏で、重力によって有限の領域に束縛される量子状態となる(床の上で弾むボールのような運動に例えられる)。この運動は詳細に測定されており、重力加速度換算で約0.4%の精度で量子力学が理論通りに成立することが確認されている。
中性子は、秒速1000m(時速3600km、マッハ3弱)と速くても浅い入射角であれば物質表面で反射する。そのため、凹面への浅い入射で遠心加速度により表面を這う量子状態の形成が可能だ。そこで研究チームは今回、従来の実験よりもさらに強い加速度下での量子状態を調べたという。
今回の研究では、研究用原子炉を用いた先行実験よりも高い統計量での定量的観測が目指された。統計精度向上のため、先行実験に用いられた研究用原子炉の約40倍の中性子強度を持つ、J-PARCの物質・生命科学実験施設のパルス冷中性子ビーム(繰り返し周波数25Hz)が使用された。
加えて、先行実験で報告された酸化膜の影響回避のため、二酸化ケイ素ガラスを採用し、量子状態の大きさ(約30nm)よりも十分に小さい表面粗さ(算術平均粗さ0.58nm)を持つ、精密に研磨された凹面鏡が用意された。寸法が5mm×25mm×40mmのガラス基板に、長辺方向(40mm)を軸とする共立半径25mm、角度スパン16°の凹面が作製された。
幅100μmの中性子ビームを凹面鏡に入射させる位置と角度の設定が重要なことから、位置0.05mmステップ、角度0.03°ステップでのスキャンにより、最適な入射条件が特定された。実験手順は、同じビームラインで実験を行う中性子干渉計の手法を参考に、効率よく条件を合わせることができたという。
取得データを用いて、凹面鏡からの中性子の発散角に対する波長(速度に対応)のグラフ化を行ったところ、量子力学に特有の干渉縞が確認された。波長の長い領域では予想よりも分布が少なく、これは凹面鏡のうねりによるものと考えられ、この影響をモデル化した計算結果とはよく一致したとする。実験結果と理論計算の比較が行われたところ、加速度に対して約2%の範囲内で干渉縞の分布が一致したとした。測定精度は約1万分の1と見積もられたため、理想に近い形状の凹面鏡と、その形状を詳細に取り入れた量子力学計算を行うことで、さらなる高精度化が可能にできるとした。
今回の手法で得られる遠心加速度によって束縛される量子状態の測定精度を高め、地球重力によって束縛された量子状態の結果と比較することで、量子力学における等価原理の検証を、これまで実現されていなかった高い精度で行えるようになるとする。また、その高精度を活かすことで、他の手段では困難な、凹面と中性子の間に働く到達距離10nmの仮説上の相互作用「未知短距離力」の探索に応用することも期待できるとしている。