史上最高はバラックか、それとも…? チェルシーでプレーしたドイツ人選手たち
2022年3月18日(金)20時29分 サッカーキング
カイ・ハフェルツが好調だ。2020年夏にレヴァークーゼンからチェルシーに加わったドイツ代表MF。加入当初は初の国外移籍に苦戦している様子も見られたが、今シーズンは大きく飛躍。“偽9番”として起用される機会が増えたことに伴い、ゴール数も増加中だ。リールとのチャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16ファーストレグではチームを勢いに乗せる貴重な先制点をマーク。プレミアリーグでは3試合連続で得点を記録している。
今季プレミアリーグでプレーをするドイツ人は全部で10人。歴史を振り返れば、ディートマー・ハマン、メスト・エジル、エムレ・ジャン、レロイ・サネ、イェンス・レーマン…。数多くの名選手がドイツからイングランドにやって来て観客を魅了した。プレミアリーグの公式サイトによれば、過去に同リーグでプレーをしたドイツ人は計73人。ハフェルツを含め、チェルシーでプレーをしたことがある選手はそのうち7人を占めるという。
そこで今回は、プレミアリーグ創設後にチェルシーでプレーをしたドイツ人選手を紹介する。クラブ史上最高のドイツ人プレーヤーは、果たして誰だろうか。
※カッコ内はチェルシー所属期間
[写真]=Getty Images
■DFロベルト・フート(2001年1月〜2006年8月)
2001−02シーズンのプレミアリーグ最終節。当時チェルシーの監督だったクラウディオ・ラニエリ氏は、まだ17歳だったロベルト・フートをトップチームでデビューさせた。以降、フートは現役を退くまで16年間を同リーグに捧げることになった。チェルシーではジョゼ・モウリーニョ氏の下でリーグ連覇を果たした2004−05、2005−06シーズンにそれぞれ10試合以上に出場は果たしたが、最後までレギュラーの座を掴むことはできなかった。
2006年の夏、自国開催のワールドカップに参加した直後にミドルズブラと契約したフート。その後ストークへ移籍し、5年半にわたって最終ラインを支えると、2015年2月から期限付きで加わったレスターへ同年夏に完全移籍。2015−16シーズンはチェルシー時代にプレミア初出場の場を与えてくれたラニエリ氏の下、“奇跡の優勝”に貢献した。2018年で現役生活を終えたフートは、プレミアリーグで322試合に出場。2位ハマンに54試合の大差を付けて、ドイツ人史上、プレミアリーグで最も多くの試合に出場した選手として名を残している。
■MFミヒャエル・バラック(2006年5月〜2010年6月)
フートと入れ替わる形でチェルシーのドイツ人プレーヤーとなったのは、世界屈指のMFとして名を馳せたミヒャエル・バラックだ。4年間所属したバイエルンでブンデスリーガを3度制した“小皇帝”は、29歳という脂の乗り切った時期にプレミアリーグにやって来た。初の国外挑戦にも臆することなく、実力を遺憾なく発揮したバラック。フリートランスファーだったことも踏まえれば、チェルシーにとって大当たりの補強だったことに異論はないだろう。
チェルシーで過ごした4シーズンの間に、計5人の監督の下でプレーをすることになったが、いずれの監督からも重宝されたバラック。プレミアリーグでは105試合に出場して17得点10アシストを記録。2009−10シーズンのリーグ制覇を含め、5つの主要タイトル獲得に貢献すると、古巣のレヴァークーゼンに戻って2012年に現役生活に幕を閉じている。
■MFマルコ・マリン(2012年7月〜2016年8月)
ケガさえなければ違う人生になっていたかもしれない。現ボスニア・ヘルツェゴビナのボサンスカ・グラディシュカで生まれ、家族と共に幼少期にドイツに移住したマルコ・マリン。ボルシアMGでプロデビューを果たし、ブレーメンでレギュラーとして活躍。21歳で2010年のワールドカップに出場も果たした。そんなマリンがチェルシーに加わったのは、同クラブがロベルト・ディ・マッテオ氏の下で2011−12シーズンにCL初制覇を果たした直後だった。
最初のプレシーズンで負傷して開幕に出遅れたマリン。1年目は公式戦16試合でピッチに立ったが、翌年以降は期限付き移籍を繰り返し、チェルシーでプレーをする機会は二度と訪れなかった。2016年にオリンピアコスへ完全移籍をする前に、「ケガをするまでプレシーズンは最高だった。多くを学んだし、このステップを踏んだことに全く後悔はない」とチェルシーへの移籍を振り返ったマリン。33歳の現在はハンガリーのフェレンツヴァーロシュでプレーをしている。
■FWアンドレ・シュールレ(2013年6月〜2015年2月)
「もう少し長くチェルシーに残るべきだったのかもしれない」。退団から3年半後、ドルトムントからフルアムに期限付き移籍をした際、アンドレ・シュールレはチェルシーへの未練を口にした。22歳でチェルシーに加入し、1年目はレギュラーとしてプレーをしたシュールレ。シーズン終了後にはドイツ代表としてワールドカップを制覇。7−1でブラジルに圧勝した準決勝では2得点をマークし、アルゼンチンとの決勝では、マリオ・ゲッツェの決勝点をアシストする大車輪の活躍だった。
チェルシーでの2年目に出場機会が減少したシュールレは、冬の移籍市場でヴォルフスブルクへの移籍を選択。当時監督のモウリーニョ氏から、「彼が将来的に成功すると良いね。我々は彼のことが大好きなんだ」という温かい言葉で送り出された。しかしドイツに戻った後は、国民からの大きすぎる期待に沿う活躍が出来なかったシュールレ。2020年の夏に29歳の若さで現役生活に別れを告げた。
■DFアントニオ・リュディガー(2017年7月〜)
チェルシー史上で最も成功したドイツ人DFとして、アントニオ・リュディガーの名前はこれからも語り継がれるだろう。2017年にローマから5年契約で加わると、すぐに当時監督のアントニオ・コンテ氏の信頼を勝ち取った万能DF。翌シーズンもマウリツィオ・サッリ氏の下でバックラインの中心として活躍。フランク・ランパード前監督の下ではベンチに座る回数が増えたが、昨年1月にトーマス・トゥヘル監督が就任すると息を吹き返した。
ドイツ代表でもチームメイトであるティモ・ヴェルナーとカイ・ハフェルツにとっては兄貴分的な存在。昨年2月にはドイツメディア『スカイスポーツ』のインタビューで、プレミアリーグに馴染めていなかった後輩たちについて、「彼らにはこれが初の海外移籍。僕の仕事は彼らを助けることだ。彼らを励ましているし、彼らの力になる」と力強く語っていた。チェルシーとの現契約は今季限りであり、クラブも先行きが不透明な状況だが、頼れるリュディガーの残留を願っているのはドイツ人プレーヤーだけではないはずだ。
■FWティモ・ヴェルナー(2020年6月〜)
就任直後、ヴェルナーに本来の調子を取り戻させるのは自分の仕事だと意気込んでいたトゥヘル監督だが、その仕事は終わりを迎えていない。2020年夏にライプツィヒからチェルシーに移籍した際には、シュトゥットガルトの先輩でもあるリュディガーから助言を受けたというヴェルナー。しかし1年目のプレミアリーグではランパード前監督の下で19試合4得点、トゥヘル監督に代わった後も16試合で2得点と振るわず。4700万ポンド(約74億円)の移籍金に見合う活躍はできずに終わった。
今シーズンはベルギー代表FWロメル・ルカクがクラブ史上最高額の9750万ポンド(約153億円)でチェルシーに復帰。ルカクとのコンビでゴール量産を期待されたヴェルナーだったが、互いの良さを引き出すことはできず。2人揃ってベンチを温める機会も増えてきた。ドイツ代表ではEURO2020後に開催されたワールドカップ予選では、出場5試合で5得点と結果を残しているヴェルナーだが、今季プレミアではまだ1ゴール。ハフェルツから刺激を受けて、チェルシーでもゴールという結果を出したいところだ。
■MFカイ・ハフェルツ(2020年9月〜)
ヴェルナーの移籍決定から数カ月後、チェルシーはドイツ人史上最高額の移籍金7100万ポンド(約110億円)でレヴァークーゼンからハフェルツを獲得した。移籍金に見合う活躍ができていないと批判された時期もあったが、徐々に本来の力を発揮したハフェルツ。昨季のチャンピオンズリーグ(CL)決勝ではマンチェスター・Cを相手に決勝ゴールをマークし、チームにビッグイヤーをもたらした。
今シーズンはルカクの不調もあり、昨季も何度か経験した“偽9番”として起用される機会が増えたハフェルツ。最前線でプレーをすることでゴールも増加。2月以降の公式戦では、10試合で6得点2アシストの好記録を残している。今のポジションについて「身長が2メートル近くもあって、横幅も1メートル近くあるプレミアリーグのディフェンダーを相手にするのは大変だ」としながらも、「自分に合っている」と分析するハフェルツ。現在のチェルシーで最も頼りになる男だ。
(記事/Footmedia)
今季プレミアリーグでプレーをするドイツ人は全部で10人。歴史を振り返れば、ディートマー・ハマン、メスト・エジル、エムレ・ジャン、レロイ・サネ、イェンス・レーマン…。数多くの名選手がドイツからイングランドにやって来て観客を魅了した。プレミアリーグの公式サイトによれば、過去に同リーグでプレーをしたドイツ人は計73人。ハフェルツを含め、チェルシーでプレーをしたことがある選手はそのうち7人を占めるという。
そこで今回は、プレミアリーグ創設後にチェルシーでプレーをしたドイツ人選手を紹介する。クラブ史上最高のドイツ人プレーヤーは、果たして誰だろうか。
※カッコ内はチェルシー所属期間
[写真]=Getty Images
■DFロベルト・フート(2001年1月〜2006年8月)
2001−02シーズンのプレミアリーグ最終節。当時チェルシーの監督だったクラウディオ・ラニエリ氏は、まだ17歳だったロベルト・フートをトップチームでデビューさせた。以降、フートは現役を退くまで16年間を同リーグに捧げることになった。チェルシーではジョゼ・モウリーニョ氏の下でリーグ連覇を果たした2004−05、2005−06シーズンにそれぞれ10試合以上に出場は果たしたが、最後までレギュラーの座を掴むことはできなかった。
2006年の夏、自国開催のワールドカップに参加した直後にミドルズブラと契約したフート。その後ストークへ移籍し、5年半にわたって最終ラインを支えると、2015年2月から期限付きで加わったレスターへ同年夏に完全移籍。2015−16シーズンはチェルシー時代にプレミア初出場の場を与えてくれたラニエリ氏の下、“奇跡の優勝”に貢献した。2018年で現役生活を終えたフートは、プレミアリーグで322試合に出場。2位ハマンに54試合の大差を付けて、ドイツ人史上、プレミアリーグで最も多くの試合に出場した選手として名を残している。
■MFミヒャエル・バラック(2006年5月〜2010年6月)
フートと入れ替わる形でチェルシーのドイツ人プレーヤーとなったのは、世界屈指のMFとして名を馳せたミヒャエル・バラックだ。4年間所属したバイエルンでブンデスリーガを3度制した“小皇帝”は、29歳という脂の乗り切った時期にプレミアリーグにやって来た。初の国外挑戦にも臆することなく、実力を遺憾なく発揮したバラック。フリートランスファーだったことも踏まえれば、チェルシーにとって大当たりの補強だったことに異論はないだろう。
チェルシーで過ごした4シーズンの間に、計5人の監督の下でプレーをすることになったが、いずれの監督からも重宝されたバラック。プレミアリーグでは105試合に出場して17得点10アシストを記録。2009−10シーズンのリーグ制覇を含め、5つの主要タイトル獲得に貢献すると、古巣のレヴァークーゼンに戻って2012年に現役生活に幕を閉じている。
■MFマルコ・マリン(2012年7月〜2016年8月)
ケガさえなければ違う人生になっていたかもしれない。現ボスニア・ヘルツェゴビナのボサンスカ・グラディシュカで生まれ、家族と共に幼少期にドイツに移住したマルコ・マリン。ボルシアMGでプロデビューを果たし、ブレーメンでレギュラーとして活躍。21歳で2010年のワールドカップに出場も果たした。そんなマリンがチェルシーに加わったのは、同クラブがロベルト・ディ・マッテオ氏の下で2011−12シーズンにCL初制覇を果たした直後だった。
最初のプレシーズンで負傷して開幕に出遅れたマリン。1年目は公式戦16試合でピッチに立ったが、翌年以降は期限付き移籍を繰り返し、チェルシーでプレーをする機会は二度と訪れなかった。2016年にオリンピアコスへ完全移籍をする前に、「ケガをするまでプレシーズンは最高だった。多くを学んだし、このステップを踏んだことに全く後悔はない」とチェルシーへの移籍を振り返ったマリン。33歳の現在はハンガリーのフェレンツヴァーロシュでプレーをしている。
■FWアンドレ・シュールレ(2013年6月〜2015年2月)
「もう少し長くチェルシーに残るべきだったのかもしれない」。退団から3年半後、ドルトムントからフルアムに期限付き移籍をした際、アンドレ・シュールレはチェルシーへの未練を口にした。22歳でチェルシーに加入し、1年目はレギュラーとしてプレーをしたシュールレ。シーズン終了後にはドイツ代表としてワールドカップを制覇。7−1でブラジルに圧勝した準決勝では2得点をマークし、アルゼンチンとの決勝では、マリオ・ゲッツェの決勝点をアシストする大車輪の活躍だった。
チェルシーでの2年目に出場機会が減少したシュールレは、冬の移籍市場でヴォルフスブルクへの移籍を選択。当時監督のモウリーニョ氏から、「彼が将来的に成功すると良いね。我々は彼のことが大好きなんだ」という温かい言葉で送り出された。しかしドイツに戻った後は、国民からの大きすぎる期待に沿う活躍が出来なかったシュールレ。2020年の夏に29歳の若さで現役生活に別れを告げた。
■DFアントニオ・リュディガー(2017年7月〜)
チェルシー史上で最も成功したドイツ人DFとして、アントニオ・リュディガーの名前はこれからも語り継がれるだろう。2017年にローマから5年契約で加わると、すぐに当時監督のアントニオ・コンテ氏の信頼を勝ち取った万能DF。翌シーズンもマウリツィオ・サッリ氏の下でバックラインの中心として活躍。フランク・ランパード前監督の下ではベンチに座る回数が増えたが、昨年1月にトーマス・トゥヘル監督が就任すると息を吹き返した。
ドイツ代表でもチームメイトであるティモ・ヴェルナーとカイ・ハフェルツにとっては兄貴分的な存在。昨年2月にはドイツメディア『スカイスポーツ』のインタビューで、プレミアリーグに馴染めていなかった後輩たちについて、「彼らにはこれが初の海外移籍。僕の仕事は彼らを助けることだ。彼らを励ましているし、彼らの力になる」と力強く語っていた。チェルシーとの現契約は今季限りであり、クラブも先行きが不透明な状況だが、頼れるリュディガーの残留を願っているのはドイツ人プレーヤーだけではないはずだ。
■FWティモ・ヴェルナー(2020年6月〜)
就任直後、ヴェルナーに本来の調子を取り戻させるのは自分の仕事だと意気込んでいたトゥヘル監督だが、その仕事は終わりを迎えていない。2020年夏にライプツィヒからチェルシーに移籍した際には、シュトゥットガルトの先輩でもあるリュディガーから助言を受けたというヴェルナー。しかし1年目のプレミアリーグではランパード前監督の下で19試合4得点、トゥヘル監督に代わった後も16試合で2得点と振るわず。4700万ポンド(約74億円)の移籍金に見合う活躍はできずに終わった。
今シーズンはベルギー代表FWロメル・ルカクがクラブ史上最高額の9750万ポンド(約153億円)でチェルシーに復帰。ルカクとのコンビでゴール量産を期待されたヴェルナーだったが、互いの良さを引き出すことはできず。2人揃ってベンチを温める機会も増えてきた。ドイツ代表ではEURO2020後に開催されたワールドカップ予選では、出場5試合で5得点と結果を残しているヴェルナーだが、今季プレミアではまだ1ゴール。ハフェルツから刺激を受けて、チェルシーでもゴールという結果を出したいところだ。
■MFカイ・ハフェルツ(2020年9月〜)
ヴェルナーの移籍決定から数カ月後、チェルシーはドイツ人史上最高額の移籍金7100万ポンド(約110億円)でレヴァークーゼンからハフェルツを獲得した。移籍金に見合う活躍ができていないと批判された時期もあったが、徐々に本来の力を発揮したハフェルツ。昨季のチャンピオンズリーグ(CL)決勝ではマンチェスター・Cを相手に決勝ゴールをマークし、チームにビッグイヤーをもたらした。
今シーズンはルカクの不調もあり、昨季も何度か経験した“偽9番”として起用される機会が増えたハフェルツ。最前線でプレーをすることでゴールも増加。2月以降の公式戦では、10試合で6得点2アシストの好記録を残している。今のポジションについて「身長が2メートル近くもあって、横幅も1メートル近くあるプレミアリーグのディフェンダーを相手にするのは大変だ」としながらも、「自分に合っている」と分析するハフェルツ。現在のチェルシーで最も頼りになる男だ。
(記事/Footmedia)