何が変わって、何が変わってない?今季Jリーグの「笛」…扇谷健司・JFA審判委員長に聞く
2025年4月26日(土)11時0分 スポーツ報知
横浜FC・鈴木(右)をファウルで止めて、イエローカードが出された岡山・柳貴
Jリーグは今季から、競技力向上を目的に、プレー強度、アクチュアル・プレーイングタイム(APT、実際にピッチ内でプレーした時間)を欧州主要リーグに近づける方針を掲げた。しかし理解が深まらず、選手やサポーターが困惑する事態となり、一部では批判の声も上がっていた。スポーツ報知は、日本サッカー協会(JFA)の扇谷健司・審判委員長(54)を直撃。何が変わって、何が変わっていないのか。教えて、扇谷委員長!(取材・構成=岡島 智哉)
2月10日、Jリーグ開幕イベントで、野々村芳和チェアマン(52)は高らかに宣言した。「今季からプレー強度、APTを世界に近づけていく」。リーグのトップから、競技力向上を見据えた指針が示された。
扇谷氏も「今回のトライは、JFAとJリーグが一緒になってやっていることです」と語る。近年、元欧州組の選手たちが日本のジャッジ基準に異を唱えることも増えてきた。APTの短さも積年の課題だった。
しかし、シーズン序盤は困惑が広がった。認識が浸透せず、判定基準に異を唱える選手も出てきた。「選手が壊れてしまう」などの声も一部で聞かれた。
「基本的な考え方として、競技規則は何一つ変わっていません。これはファウルだってものはファウル。これはカードだっていうものはカード。ここは変わりません」
では、今季のJリーグは何が「変わった」のか。
「試合状況にもよりますが、ファウルでもいいし、ノーファウルでもいいっていうグレーゾーンがあります。そこをノーファウルにしていこう、これが『標準を上げる』ということです」
「標準を上げる」ことは、審判団にとって挑戦だった。
「我々からすると、(笛を)吹いた方が楽な時もあるんです。『これが許されるならこれも』って思考に(選手が)なってしまうことが怖い。でもファウルじゃないものをファウルにするのはよくないよね、その質を上げていこう、ということです」
一方で、開幕から数試合は批判が噴出したのも事実。扇谷委員長は、レフェリー側にも“過渡期”の苦しみがあったと推察する。
「私も、もし現役だったらいろいろ考えていたと思います。開幕当初は『これで(ファウルを)取らないの?』って場面が少なからずありました。プレー強度を高めたい、APTを長くしたいという中、(ファウルを見逃す方向に)針が振れてしまった部分はあったと思います」
一方で、全体の3分の1近くの日程を消化し、よくない方向に振れたものが、戻ってきた手応えもある。
「何より、選手がプレーを続けてくれることが増えました。(グレーゾーンの)厳しいコンタクトがあっても、立ち上がってプレーを続ける場面が増えた。試合は選手と一緒に作っていくもの。我々としてはありがたいことです」
APTについては、欧州5大リーグと開きがあるのが現状だ。英プレミアリーグ(58・2分)とJリーグ(52・1分)では、約6分間の差がある。
「CKやスローイン、負傷者対応もそうだし、選手との対話が長すぎてもいけない。プレーを促すことで、結果的にAPTが長くなればいいと思っています」
JFAは「2050年までにW杯優勝」という目標を掲げており、そこからの逆算によって、今季から新たな挑戦がスタートしている。扇谷委員長は「『標準を上げる』というトライは、日本サッカーが次のステップに行くためにとても大切なことだと思っています」と大きくうなずいた。
◆懸念する声も
新たな「笛」への選手の受け止めは、おおむね前向きだ。ドイツやイングランドで活躍したC大阪MF香川真司(36)は「五分五分の接触プレーは流すべき。日本はそこで吹くところがあった」と指摘。昨季の被ファウル数J1最多の鹿島FW鈴木優磨(29)も「いいと思いますよ。(攻守)お互いにメリットがある」とうなずく。
一方で、負傷者の増加を懸念する声もある。神戸の吉田孝行監督(48)は「個人的な感想だが、ファウルのプレーもファウルじゃないように判断する場面もあるのではないか。荒れそうになった時などは、審判目線でいうと難しい」と語る。
プレー強度を高めると同時に、けがの防止も担保しなければならない。森保一監督(56)が「選手の成長、サッカーの魅力創出につながる」と期待するように、選手の成長につながり、観客の満足度も上げる「笛」が響くリーグを目指していく。
◆J1第10節終了時点での各クラブのファウル数 「判定基準を上げる」取り組みもあって、全体で昨季よりも減少傾向にある。昨季と今季でともにJ1に在籍する17クラブのうち、1試合あたりの平均ファウル数は名古屋、柏、東京V、京都を除く13クラブで減少。川崎が11.6回→9.2回、G大阪が12.3回→10.3回、広島が12.7回→10.8回など、平均で2回分程度の減少が見られるクラブも多くあった。最少はC大阪の8.1回(24年9.2回)。
◆扇谷 健司(おうぎや・けんじ)1971年1月3日、神奈川・茅ケ崎市出身。54歳。99年〜2017年までJリーグの審判員として活動。Jリーグ通算423試合担当(主審375試合、副審48試合)。引退後は後進の育成に当たり、22年4月から現職。
◆取材後記 もっと「ナイスジャッジ!」の声上がって
約1時間のインタビューでは、時にホワイトボードを使いながら、ジャッジのあれこれについて丁寧に説明していただいた。
数年前、担当クラブの試合を大阪で取材した翌日のこと。新幹線で、試合を裁いた審判の方と隣席になった。その方は、タブレット端末で試合を振り返りながら、メモを取っていた。反省点をまとめていたのだろう。頭が下がる思いだった。
いいレフェリングをしても、世間からは評価されない。ミスをすれば、たたかれる。難しい職業だ。扇谷委員長は、アドバンテージを取る判断が得点につながることを例に「陰のファインプレーを見ていただけるとうれしいですね」と話していた。判定への理解が深まり「ナイスジャッジ!」の声が上がる世の中になれば、と思う。(岡島 智哉)