モヤモヤは終わりだ。“カルチョのある夏”がやってくる
2020年6月18日(木)19時30分 サッカーキング
7歳になる僕の長男は、6月8日をもって今年度の学校行事をすべて終えた。
南北の地域差はあるが、イタリア中の小・中学生たちはだいたい今頃、一斉に夏休みへ突入する。3カ月に及ぶ、長いヴァカンツァ(夏休み)の始まりだ。
僕が家族と住むアドリア海に面した街の遠浅ビーチは、控えめながらももう海開きしていて、近所のジェラート屋も季節営業を始めた。例年、学校とカンピオナートが“年度”を終えるこの時期、子供たちも大人たちも頭は解放感でいっぱいで、カルチョへの関心は急激に薄れる。
ただし、2020年の夏は違う。
学校は終わっても、セリエAはまだ終わっていないどころか、6月20日から104日ぶりに再開する。感染の再拡大がなければ、実質的に8月までノンストップの“毎日必ずセリエAかBの試合が全国津々浦々で行われる”前代未聞の夏休みが始まるのだ(ユーロとオリンピックはそもそも4年に一度のイベントだから、日常と共生しているリーグ戦とは趣が異なる)。
真夏のセリエA——。視点を変えれば、それはサッカー好きにとって一生に一度あるかないかの“お祭り”だろう。
だから再開が決まって以降、僕は子供といっしょにワクワク、そわそわする気持ちを止められない。
初秋に始まり、初夏に終わる。盛夏にはまとまった休暇をとる。時期に多少のズレはあるが、それがイタリアを含む西欧諸国での学校やスポーツの“年度”の捉え方だ。
3月末に締めがあり、翌4月1日から途切れることなく年度が切り替わる東洋の島国で育った僕には、欧州流カレンダーが皮膚感覚として長くなじめなかった。
ああ、こういうことかと腑に落ちたのは、今から15、6年前、セリエBにいた地元の野球クラブに所属して開幕からフルシーズンをプレーしたときのことだ。
クラブは下位カテゴリーにあたるセリエCにも別チームを立てていて、僕はそこで唯一の“外国人登録選手”だった。イタリア野球3部リーグは日本の素人草野球同然で、観客は誰もルールを知らない。たまに来たチームメイトの家族も恋人もファウルした打球を見て、「あれはオフサイドでしょ?!」と口にする普及レベルだ。
それでも、僕は未経験だった硬式野球に緊張感を持って臨んだし、仕事の合間を縫って平日の練習と週末のホーム試合や遠征をヘトヘトになりながらこなした。泥だらけのユニフォームを洗い、スパイクと用具の手入れをしてバッグに詰めた。そんな週末が6カ月に及ぶリーグ戦の試合の数だけあった。
汗だくになりながら8月末の最終戦を終えると、クラブの全選手が集まり、キャプテンの遊撃手アントニオと捕手フランチェスコが「打ち上げだ!」と言って、ホーム球場のグラウンドの上にバーベキューセットを持ち込んだ。“グラウンドを神聖視する日本じゃありえねえよ”と苦笑いしながら、炭火の煙浮く夜空の下で仲間たちとビール瓶をかち鳴らすと、“ああ終わった”という達成感が疲れ切った体の中からこみ上げてきた。
そのとき、欧州流の季節のけじめがほんの少し分かった気がした。全力を出し切るから、頭も体も時間をかけてリフレッシュする必要がある。ヴァカンスできちんとリセットするから、次の年も全力を出せる。
「ああなるほど、サッカーのカレンダーも学校の年度も、根っこはこれか」と、焼けた肉を頬張りながら考えたことを思い出す。
コロナ禍は、欧州に根付くその“シーズン”の概念を崩してしまった。だから、セリエAの再開が決まるまで、気持ちの上で年度の区切りやけじめがつかず、どこかモヤモヤした落ち着かない気分があった。
しかし、それも終わりだ。お祭りの夏がやってくる。
「パパー、パルティータ! パルティータ!」
自宅のTVの前では、やんちゃ盛りの4歳の次男が「試合だ! 試合だ!」と叫んでいる。
3カ月近く続いた外出規制の間に、テレビでサッカーの試合を見続けたうちの子供たちは、かつてイタリア語を勉強し始めた僕がそうだったように、クラブ名から全国の都市名と地理を覚え、水色はナポリのチームカラーだとか「カルチョ・ダンゴロ」(コーナーキック)とかいう知識や用語をどんどん吸収している。
だから、まだ足を踏み入れたことのない“スタディオ” (スタジアム)という場所へ行ってみたい、という子供たちの気持ちも膨らむ一方だ。
空の下でゲームを見ながら家から持ってきたパニーノを食べよう、ゴールが決まったら万歳しよう、という父親の言葉に、彼らはうんうんと聞き入っている。
ポスト・コロナ時代の子連れスタジアム観戦については、とにもかくにもCOVID-19ワクチンの普及が大前提で、正直、今シーズン中の実現は無理だと思う。それでも、サッカーが再生の一歩を踏み出したことには変わりない。セリエA再開へ尽力してきたFIGC(イタリアサッカー連盟)のガブリエレ・グラヴィーナ会長は「感染状況の好転を条件に、7月中旬までに観客ありの試合開催を実現させたい」と希望的観測を抱いている。
さて、どうやって子供たちをスタジアムデビューさせようか。本当はサン・シーロに連れていってやりたいが、無難なのはやはり近場のペスカーラか(現在セリエBで14位のペスカーラは、残る10試合に昇格プレーオフ出場を懸けている)。
とりあえず、行きつけのバールへ寄ってみよう。ビールを頼みながら、小学生の息子を立派なユヴェンティーノに育て上げた店主セバスティアーノに知恵を借りるとするか。
文=弓削高志
南北の地域差はあるが、イタリア中の小・中学生たちはだいたい今頃、一斉に夏休みへ突入する。3カ月に及ぶ、長いヴァカンツァ(夏休み)の始まりだ。
僕が家族と住むアドリア海に面した街の遠浅ビーチは、控えめながらももう海開きしていて、近所のジェラート屋も季節営業を始めた。例年、学校とカンピオナートが“年度”を終えるこの時期、子供たちも大人たちも頭は解放感でいっぱいで、カルチョへの関心は急激に薄れる。
ただし、2020年の夏は違う。
学校は終わっても、セリエAはまだ終わっていないどころか、6月20日から104日ぶりに再開する。感染の再拡大がなければ、実質的に8月までノンストップの“毎日必ずセリエAかBの試合が全国津々浦々で行われる”前代未聞の夏休みが始まるのだ(ユーロとオリンピックはそもそも4年に一度のイベントだから、日常と共生しているリーグ戦とは趣が異なる)。
真夏のセリエA——。視点を変えれば、それはサッカー好きにとって一生に一度あるかないかの“お祭り”だろう。
だから再開が決まって以降、僕は子供といっしょにワクワク、そわそわする気持ちを止められない。
初秋に始まり、初夏に終わる。盛夏にはまとまった休暇をとる。時期に多少のズレはあるが、それがイタリアを含む西欧諸国での学校やスポーツの“年度”の捉え方だ。
3月末に締めがあり、翌4月1日から途切れることなく年度が切り替わる東洋の島国で育った僕には、欧州流カレンダーが皮膚感覚として長くなじめなかった。
ああ、こういうことかと腑に落ちたのは、今から15、6年前、セリエBにいた地元の野球クラブに所属して開幕からフルシーズンをプレーしたときのことだ。
クラブは下位カテゴリーにあたるセリエCにも別チームを立てていて、僕はそこで唯一の“外国人登録選手”だった。イタリア野球3部リーグは日本の素人草野球同然で、観客は誰もルールを知らない。たまに来たチームメイトの家族も恋人もファウルした打球を見て、「あれはオフサイドでしょ?!」と口にする普及レベルだ。
それでも、僕は未経験だった硬式野球に緊張感を持って臨んだし、仕事の合間を縫って平日の練習と週末のホーム試合や遠征をヘトヘトになりながらこなした。泥だらけのユニフォームを洗い、スパイクと用具の手入れをしてバッグに詰めた。そんな週末が6カ月に及ぶリーグ戦の試合の数だけあった。
汗だくになりながら8月末の最終戦を終えると、クラブの全選手が集まり、キャプテンの遊撃手アントニオと捕手フランチェスコが「打ち上げだ!」と言って、ホーム球場のグラウンドの上にバーベキューセットを持ち込んだ。“グラウンドを神聖視する日本じゃありえねえよ”と苦笑いしながら、炭火の煙浮く夜空の下で仲間たちとビール瓶をかち鳴らすと、“ああ終わった”という達成感が疲れ切った体の中からこみ上げてきた。
そのとき、欧州流の季節のけじめがほんの少し分かった気がした。全力を出し切るから、頭も体も時間をかけてリフレッシュする必要がある。ヴァカンスできちんとリセットするから、次の年も全力を出せる。
「ああなるほど、サッカーのカレンダーも学校の年度も、根っこはこれか」と、焼けた肉を頬張りながら考えたことを思い出す。
コロナ禍は、欧州に根付くその“シーズン”の概念を崩してしまった。だから、セリエAの再開が決まるまで、気持ちの上で年度の区切りやけじめがつかず、どこかモヤモヤした落ち着かない気分があった。
しかし、それも終わりだ。お祭りの夏がやってくる。
「パパー、パルティータ! パルティータ!」
自宅のTVの前では、やんちゃ盛りの4歳の次男が「試合だ! 試合だ!」と叫んでいる。
3カ月近く続いた外出規制の間に、テレビでサッカーの試合を見続けたうちの子供たちは、かつてイタリア語を勉強し始めた僕がそうだったように、クラブ名から全国の都市名と地理を覚え、水色はナポリのチームカラーだとか「カルチョ・ダンゴロ」(コーナーキック)とかいう知識や用語をどんどん吸収している。
だから、まだ足を踏み入れたことのない“スタディオ” (スタジアム)という場所へ行ってみたい、という子供たちの気持ちも膨らむ一方だ。
空の下でゲームを見ながら家から持ってきたパニーノを食べよう、ゴールが決まったら万歳しよう、という父親の言葉に、彼らはうんうんと聞き入っている。
ポスト・コロナ時代の子連れスタジアム観戦については、とにもかくにもCOVID-19ワクチンの普及が大前提で、正直、今シーズン中の実現は無理だと思う。それでも、サッカーが再生の一歩を踏み出したことには変わりない。セリエA再開へ尽力してきたFIGC(イタリアサッカー連盟)のガブリエレ・グラヴィーナ会長は「感染状況の好転を条件に、7月中旬までに観客ありの試合開催を実現させたい」と希望的観測を抱いている。
さて、どうやって子供たちをスタジアムデビューさせようか。本当はサン・シーロに連れていってやりたいが、無難なのはやはり近場のペスカーラか(現在セリエBで14位のペスカーラは、残る10試合に昇格プレーオフ出場を懸けている)。
とりあえず、行きつけのバールへ寄ってみよう。ビールを頼みながら、小学生の息子を立派なユヴェンティーノに育て上げた店主セバスティアーノに知恵を借りるとするか。
文=弓削高志