『べらぼう』鱗形屋が訴えられ、新たに売り出した吉原ガイド『籬の花』が好評に。「逆境こそチャンス」「いままでのやり方に縛られない」蔦重から学ぶ仕事術
2025年3月7日(金)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。横浜流星さんが演じる主人公は、編集者や出版人として江戸の出版業界を支えた“蔦重”こと蔦屋重三郎です。江戸のメディア王と呼ばれた重三郎は、どのようなセンスを持ち合わせていたのでしょうか?今回は、書籍『蔦屋重三郎の慧眼』をもとに、総合印刷会社でアートディレクターやデザイナーの経験を持つ時代小説家・車浮代さんに、重三郎の仕事術について解説していただきました。
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逆境こそチャンスだ
『吉原細見』という、吉原の公式ガイドブックをリニューアルする仕事を引き受けた蔦重。ところが不運なことに、この仕事はストップしてしまう。
なんと版元「鱗形屋」の社長が、著作権侵害で訴えられたのである。大坂(大阪)で出た出版物を、勝手にタイトルだけ変えて発売したようだが、蔦重には寝耳に水だったろう。
これではギャラすら、もらえないかもしれない。
大ピンチだが、蔦重はこれを逆利用する。蔦重版『吉原細見』を地本問屋仲間に入らず、勝手に出したのだ。やがて独占販売となり、自身の版元「耕書堂」を日本で一、二を争う版元にまで成長させた。
つまりは、ピンチのときこそ、大チャンスが訪れているのだ。
嘆く前に、自分に何ができるかを考えよう。
「いままでのやり方」に縛られない
蔦重が新しく売り出した吉原のガイドブックに、彼はこのとき大幅な改変を加えた。
紙面を少し大きくし、その代わりページ数を大幅に減らしたのである。
手軽になったガイドブックだが、これを開くと違いは一目瞭然である。真ん中に大通りを描き、そこを挟んで上下向き合わせで店の名前を並べたのだ。
そう、ガイドブックは現地で「地図」としても使えたのだ。おまけにページが薄くなったぶん、値段も安くすることができた。
この新ガイド『籬(まがき)の花』が好評だったのは、想像に難くない。
読者の立場に立つから、この発想ができる。「いままでのやり方」に縛られてはいけない。
読者の不満の声を聞く
蔦重が『吉原細見』のリニューアルを引き受けた際、このガイドブックは売れている商品ではありながら、すこぶる評判が悪かった。
それは目まぐるしく店や遊女が移り変わる吉原なのに、情報の更新がまったく間に合っていなかったから。
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
「この店に行こう」と楽しみにして現地に行けば、「すでにその店はなくなっていた」「目当ての遊女がいなかった」ということが平気で起こっていたのだ。
読者はガッカリするし、ガイドブックとしては致命的である。
他にも「現場で使いにくい」「値段が高い」などの悪評があった。
結局、蔦重が成功したのは「読者の不満を解決したから」に他ならない。
ものが売れないと嘆く人々は、本当にお客の声を聞いているのか。自身に問いかける必要があるだろう。
インフルエンサーに発信してもらう
ページを薄くし、値段を安くしたガイドブック『吉原細見』だが、蔦重はわざわざ豪華版もつくっている。いまでいう雑誌の付録のような形で、多色刷りの美しい外袋をつけたバージョンも売り出したのである。その意図はどこにあったのか?
蔦重はこれを、吉原に頻繁に通う“通(つう)”と呼ばれた常連に配ったのではないか。
美しい外袋は、目立つ。それを“通”の格好いい男が持っていれば、当然、自分も欲しいと思う人は多いはずだ。
これはブランドの商品を芸能人に配ったり、インフルエンサーに発信してもらういまのマーケティングと同じだ。
江戸時代、すでに蔦重は、現代に先駆けたプロモーションをやっていたのである。
※本稿は、『蔦屋重三郎の慧眼』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
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