<彼とだめになったら、どうしてくれる>自宅に販売員を呼び出しクレーム2時間半。婚約指輪を求めた女性客が怒った驚きの理由は?
2025年4月12日(土)6時30分 婦人公論.jp
(イメージ写真:stock.adobe.com)
店の利用客から従業員が迷惑行為を受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題として注目されています。4月1日から、全国初のカスハラ条例が東京都や北海道などで施行されました。「悪質なカスハラ」と「耳を傾けるべき苦情」の違いに悩む方も多いのではないでしょうか。大手百貨店で長年お客様相談室長を務め、現在は苦情・クレーム対応アドバイザーとして活躍する関根眞一さんは「カスハラに対抗するためには実態を知り、心構えを持つことが必要」と指摘します。そこで今回は、関根さんの著書『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』から、一部引用、再編集してお届けします。
異様な光景
ご結婚を控えた女性は美しいものです。この話に登場する20歳代の女性もその一人でした。この人、Aさんは官庁宿舎にお住まいの方です。
それは、婚約指輪を買うところから始まりました。商品は婚約用のペアリングです。
Aさんは、以前からご贔屓のお客様で、店舗にも時々お見えになっていました。
その日は、嬉しそうに婚約者同伴です。寄り添うように商品を選び、お2人の意見が一致するのにそう時間はかかりませんでした。それぞれの指輪にはイニシャルを入れることにして、出来あがり日を記入したお誂え伝票を、お持ち帰りいただきました。
そのさいも、担当した社員に向かって、2人のなれそめや今後の計画を楽しく雑談して、お帰りになりました。
1週間ほど経ってから、Aさんに連絡を入れました。
「指輪のサイズ調整が出来あがりました。ご都合のよいときにご来店ください」
「近日中に行きます」
とのお返事です。おめでたい商品ですから、売り場としては、すぐに喜んでご来店いただけると思っていました。しかしAさんは、なかなか見えません。
そこで、販売担当者は、再度ご来店のご案内をしました。
これに対し、Aさんから売り場のリーダーへ苦情の電話が入ったのです。
「彼がすでに海外に出ており、一緒に取りに行けないことは分かっているでしょう。先日、担当の人にもよく話したじゃないの。なんでできないことを言うの? どうしてそんな意地悪をするのか、説明に来てください」
どうやら「2人で来て」と言われたことに対して、クレームをつけてきたようです。
(もしかして、婚約者と喧嘩でもしたのか)
私たちは、そうも考えました。
夜9時に自宅に呼び出され
報告を受けた女性の係長が、先方の指定どおり、まずは電話で謝罪をしました。しかし、Aさんは、昼間と同じことを延々と話すだけでした。
『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』 (著:関根 眞一/中公新書ラクレ)
そこで、訪問して謝罪しようと訪問日時を確認すると、「明日の夜9時にしてください」とやや常識外とも言える時間を指定してきたのです。
顧客の詳細を、接客した販売員に聞いてみると、感情の起伏が激しく、女性には敵対的な態度や言葉で接し、男性には普通に話すと言います。のちほど何人か登場しますが、クレーマーは男性が圧倒的に多く、女性は珍しいものです。
訪問は夜遅いため、女性係長ひとりでは無用心であり、私も付き添いで同伴しました。
延々2時間半の会話は、同じことの繰り返しと、自分が勤めている会社の自慢です。どうやらAさんには、販売業に就いている者に対するさげすんだ見方がしみついているように、感じられました。
当方としては失礼を詫びましたが、その光景は異常でした。
説明は玄関で行いました。説明を受けるAさんは、私たちの訪問と同時に一度部屋に消え、椅子を持ち出し、自分だけ腰掛けて話を聞いたのです。
この間、私たちは寒い玄関でずっと立ったままでした。
後日ご来店いただくということで、その日の話は、ようやく終えることができました。
再び事件勃発
そして来店予定の日。売り場では、販売員が緊張してAさんを待っていました。うっかりした対応をすると、どんなことを言われるか分からなかったからです。
(イメージ写真:stock.adobe.com)
対応は、売り場の責任者がすることに決めました。でもその日、結局Aさんは見えません。
そしてAさんは、この3日後に突然、来店したのです。もちろん1人で、です。不思議なことに、その日はたいへん機嫌よく話をされました。出来あがった指輪を受け取り、婚約者のぶんはフランスの彼の元に送って、自分の誕生日に日本とフランスで同時に指にはめるのだ、と言っていました。
販売員は丁寧に説明をしたうえで、箱に入れ、保証書を同封して、個別の袋に男性・
女性の見分けがつくようにしてお渡ししました。これで完了、のはず……。
ところが2週間ほどして、事件が発生したのです。
フランスの彼に送ったほうは女性物で、手元に残ったほうが男性物だ、という苦情の電話がAさんからありました。
Aさんは、すでに狂乱気味です。
「せっかく楽しみにして、私の誕生日に離れている2人が同時に封を開けて、お祝いをする予定で送ったのに、台無しじゃないの。最初から2人で指輪を取りに行けるわけがないのに、いつも『お2人で』と言うし、この気持ちをどうしてくれるの。これからどうするか、そちらで考えて夜9時に電話をください」
Aさんは一方的にまくしたてます。原因を確認していくと、どうやら「そちらが保証書の入れ間違いをした」とのこと。Aさんは自分のものも開封することなく、大切にしたまではよかったのですが、紙袋の中にある保証書を信じ、男性物の保証書入り女性用の指輪をフランスに送ってしまったという次第です。
販売側は、「そんな間違いはしない」と言います。しかし、ここではお客様を信じてよいと、私は判断しました。なぜなら、そんな間違いを故意に起こしてお客様が得になることはないのですから。
係長も販売員も、課長でさえ疑っておりましたが、私はピシャッと言い切りました。「お客様を信じよう」と。たとえそれが彼女の手違いであっても、証明ができないのならば、百貨店としては対応すべきなのです。
苛立ちの原因
さてそれからが大変です。
対応を考えているうちに、Aさんから、今度は「夜の10時に来てくれ」との電話が入りました。女性係長に課長が同伴して、謝罪とともに、対応の説明のために再度、訪問したのです。
Aさんは、「2人で行けるわけはないのに、『2人で来い』と言われた」と前回のクレームを繰り返し、「そのうえ保証書を入れ間違えられて迷惑した。私たちの大事な行事に水をさしたことに対して、どうしてくれるのか」とかんかんです。
(イメージ写真:stock.adobe.com)
Aさんはさらに、「売り場は最初から対応が悪い」とか、「電話での話し方がなっていない」というように、延々と非難を浴びせます。
挙句の果てに、私どもが提示した案では時間がかかる、として、「こんな手法がよいのではないか」と逆提案を受ける始末です。
フランス国内の郵政事情をよく知っている様子です。Aさんの父親は、その関係の官庁勤めではないかと思いたくなるほどでした。
苦情はずっと続き、夜11時を回りました。
結局、Aさんの言うとおり、航空会社と回収業者経由で商品を戻し、こちらからは手元にある男性のものをフランスに送ることで、話がまとまりました。もちろん経費はこちらの全額負担です。航空会社、回収業者ともに、Aさん指定のところでした。
ここで一件落着かと思いきや、その後またトラブルが発生したのです。
販売員を見下して
婚約者の会社に回収に行った業者が、指輪を空港に持ち込んだところ、金(ゴールド)の入った商品は海外への持ち出しがしにくく、税関で引っかかってしまった、ということでした。実はこの指輪には金が含有されておらず、持ち出すことはできるはずなのですが、税関はその判定ができなかったようです。
この事実を知ったAさんのいらつきは頂点に達しました。私のいる「お客様相談室」にまで、直接、電話がかかってきました。
20歳代で若いのに、かなりきつい言葉で、命令調で話してきます。またAさんは、海外知識も豊富でした。
私はストーリーを全部聞いておりましたから、話は上手く合わせられました。
婚約者とは、離れていてなかなか会えない苛立ちが、言葉の端々に感じられます。
「もうすべてがめちゃくちゃよ。こんなことでうまく結婚できるかな、と思ってしまう」
こうなると、じっくり聞いてあげることが大事です。時間をかけてAさんの話を聞いてあげているうちに、その苛立ちはだいぶおさまってきました。
そこで、いったん電話を終えてから、改めて担当者から電話を入れさせました。どう対処したら税関を通過できるかを確認し、お電話で報告する、と担当者はAさんに伝えました。
その後、会社の物流網を使い、なんとかフランスの業者と連絡がとれ、無事に税関を通過するめどが立ったのです。
その間にも、Aさんからは、「これで彼とだめになったら、どうしてくれる」との苦情が売り場に入ってきたそうです。物言いはまた、強烈に販売員を見下したものです。
結局、また女性の係長は休日の夜9時に訪問しました。前回と同じように、Aさんは椅子を持ってきて座り、訪問者は玄関に立ったまま。こちらも慣れてきました。
係長は今後の対応を説明して、やっと承諾を得、いちおうはこれで解決しました。
「女性ヤクザ」と感じて
Aさんはすぐに、他人に噛みつくクセがあります。さらに自分の仕事が他人のそれより優れていると思い込み、販売業を見下す姿勢は一貫していました。
(イメージ写真:stock.adobe.com)
私はAさんを「女性ヤクザ」だと感じたくらいです。言葉の使い方、話の持っていき方、そしてすべて自分の思うようにしていくやり方が、いかにもヤクザの対応に似ていたからです。ヤクザとの対応も、こちらは豊富に経験していたものですから。
やがて、商品は無事に日本に戻ってきました。事件が解決したのち、Aさんから一度、電話をもらいました。
そのときの話は、あるブランドについて、「本店で扱いがあっても、テナント等で出店している店舗では扱えない商品がよくある」という指摘です。Aさんはそのブランドをよく研究しているらしく、その商品がこちらの店舗にないことに、不満をもらしていました。
Aさんの注文であっても、こちらの店舗には納品されないのだそうです。Aさんは百貨店で買ったときに付けてもらうポイントのことも考えて、こちらで購入したかったのだそうですが、諦めて店頭にあるもので決めて、購入したといいます。
褒めることの効用
さらに1か月ぐらい経ったある日。内容は忘れてしまいましたが、Aさんから再び電話がかかってきました。ある社会現象に対して、当百貨店ではどう判断するか、といったような内容でした。先方は名乗らなかったので、最初は一般の方だと思ったのですが、話している途中でAさんだと分かりました。
最初からどうも変な話し方でした。なにか「引っかけてやろう」というようなものです。引っかかったら絡まれそうな話法でしたので、こちらも慎重に対応しました。充分に注意したせいか、10分弱で何ごともなく終わりましたが、こうしたエピソードからも分かるように、彼女は常に、どこかに不満をぶつけて生きるタイプだったようです。
なお、Aさんのように気分の浮き沈みが激しい方からの苦情はよく受けましたが、陽気なときのほうが、私はやりづらかったです。沈んでいるときに、先方の気分をよくする話法は難しくありません。しかし、陽気なときは、ちょっとでもおかしな話をすると突っ込まれます。できる限り聞き役に徹し、話すときは言葉を充分に吟味しなければならないのです。
また、相手の心理状態(Aさんの場合は、うまく結婚までこぎつけることができるか、心配している点)を慎重に読んで、対応することは欠かせません。
Aさんとのやりとりのさいは、見えない婚約者の男性を褒めあげました。それがうまくおさまった理由の一つかもしれません。
なお、Aさんはその後も店によく現れました。何事もなかったような態度でした。
※本稿は、『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
関連記事(外部サイト)
- 追悼・みのもんたさん〈告白〉「テレビの仕事はゼロ、パーキンソン病を抱え…。でも、最後まで捨てちゃいけないよ、人生は」
- 「建築現場で襲われ恐怖を覚えた」と入社1カ月で出社できなくなった大卒男性A。防犯カメラに写っていたのは侵入者ではなく、まさかの…
- 叱責されれば「パワハラ」と騒ぎ立てて難を逃れようとする20代男性社員E。「仕事量が契約社員より少ない」との不満の声に彼がとった驚きの行動とは
- 田村淳「〈延命治療はせん〉と言い続けた母ちゃん。パンツ1枚残さず、告別式の弁当まで手配して旅立った」
- 青木さやか「吐き気、倦怠感、頭痛…更年期かな?メンタルかな?病院に行ってみたらまさかのアレだった!」【2024下半期ベスト】