辛酸なめ子「呪物カフェ」に潜入!謎の声にスタッフ「演出ではないです」
2025年4月18日(金)15時0分 大手小町(読売新聞)
古びた人形やお札など、呪いの力や悪霊が宿っているとされる「呪物」。ちょっと近寄りがたいですが、昨今は呪物の企画展示会が各地で開催されるなど関心を呼んでいます。東京・方南町では今年2月、呪物を集めた「呪物カフェ」がオープン。心霊現象に関心を持つコラムニスト・辛酸なめ子さんが店内の様子をリポートします。
新宿からほど近い杉並区方南は、閑静な住宅地として知られています。東京メトロ方南町駅を出て、平和な空気が漂う商店街を抜けると、そこには海沿いの街にありそうな白を基調としたかわいいカフェがありました。方南町に本社があり、お化け屋敷のビジネスを長年手がけてきた「オバケン」が今年2月末に開業した「呪物cafe ジュジュ」です。

お店のスタッフ、日比健さんによると、コンセプトは、「
この建物を借りたオーナーは、1階をかわいい感じの内装にする予定だったが、2階に「開かずの間」を発見。おそるおそる2階に足を踏み入れてみると、そこは呪物たちがひしめく不穏な空間だった——という設定で、1階はカフェ、2階は呪物が展示されたディープな空間となっています(2階は要チャージ料金)。
1階にもすでに呪いの気配が漂っていて、天井の隅に負のエネルギーが凝集したような黒いしみができていたり、時計にお札が貼られていたり、ドアに手形がついていたり……。
なんでもない床の木目にも、だんだん顔が浮かんで見えてきそうです。

日比さんに導かれ、薄暗い中、急な階段を上って2階へ。ドアを開けると、紫や赤の照明に照らされた不気味な洋風の部屋が現れました。
ソファは座り心地良さそうですが、座るとあちこちから視線を感じます。辺りを見渡すと、呪いの人形や仮面、不気味な絵、鏡など、たくさんの呪物に囲まれていました。
呪物イベントに慣れている私でも、これだけの呪物に囲まれるとさすがに背筋に寒気を覚えます。2階でもドリンクやフードがオーダーできます。この空間で食欲が湧けばですが……。
「オーナーは、呪物コレクションをお客さんに解放することで、自分が呪い殺されないようにしているんです」と日比さん。設定と分かっていても油断できません。呪物の大半は作り物ですが、ガチの呪物も混じっているそうです。

「例えば、この赤いドレスの人形はリサイクルショップで買ってきたものですが、霊感がある人に言わせると、かなりやばいそうです。実は複数のお客さんから、この人形に関しては強い指摘を受けていまして…」
確かに何か宿っているような気配です。もしかして前の持ち主が……。
「この上に並んでいる人形たちは(と、ここまで書いてパソコンがフリーズ)、関東地方の某遊園地のお化け屋敷がリニューアルするときに譲り受けたんですが、あるとき、箱に下向きに入れた人形が、一瞬のうちにこっちを向いていた、ということがありました」(日比さん)。人形はお化け屋敷でいつも人に見られて怖がられており、自己顕示欲が強まったのかもしれません。
呪物は他にもたくさんありました。鎌倉時代、山形県で密教の儀式に使われた赤子の即身仏、大量殺人が起きた家の壁画、夜中にひとりで笑うポーランドのポーセリンドール、昭和初期の一家惨殺事件に使われた凶器、廃神社から譲り受けた人面石……。本物なのか作り物なのか、どちらにせよ、この空間に置かれているだけで呪力を帯びてきそうです。
部屋の奥には、わけあり感漂う白いキャビネットがありました。扉を開くと、霊の笑い声のような不気味な音とともに、白くモヤモヤした霊体が出現。さらに隣の小部屋では、立体音響による“呪物の説明会”が。呪いの人形にまつわる血なまぐさいストーリーを体験することができます。
日比さんによると、最近のお化け屋敷では、このような没入型(イマーシブ)の仕掛けが人気だそうです。この方南町という街を舞台に、カフェの向かいの「Y澤精肉店」や、近所にあるお化け屋敷「畏怖 咽び家」、オバケンが制作した謎解き脱出ゲーム「特殊捜査0課 Re:」などを通じて、ホラーな世界に没入できます。
もっとも、ここの2階だけでも、もう十分なくらい没入体験ができました。キャビネットを眺めていたら、背後で女の人の声がしました。同行しているカメラマンの女性、編集者の男性は低い声で打ち合わせしていたので、明らかに違う人の声です。「今、女の人の声がしましたよね?」と3人で顔を見合わせました。日比さんに確認すると、「男性の声で呪文をつぶやく演出はありますが、女性はないですね。これはマジです」と、真顔でおっしゃいました。
「時々、『声がした』とか『ドアをドンドン
「聞こえました?」「二言三言、何か言ってましたね」
さきほどの声よりは高めのトーンでした。人形に宿る少女でしょうか。「ちゃんとかわいく撮ってくれた?」と聞いていたのかもしれません。
また日比さんに確認すると、「本当に演出ではないです」と断言。呪物はガチだったようです。でも、お客さんに声をかけて怖がらせてくれるなんて、呪物たちは実にサービス精神旺盛なよう。そのプロ意識に感じ入りました。

逃げるように2階から下り、1階のかわいいカフェ空間でチャイを飲んで、恐怖に固まった心身をリラックスさせました。
お店を出てからも、軽い鳥肌が背後に貼り付いているようです。マンションに帰宅したら、無人のエレベーターが勝手に下りてきてドアが開いたことを付け加えておきます。
家に帰るまで続く呪い体験。「ちゃんと原稿書いてよ」と呪物に活を入れられたようでした。
(写真は読売新聞写真部・吉川綾美撮影)