金曜ロードショーで『君たちはどう生きるか』が初放送。なぜ大ヒットしたのか
2025年5月2日(金)20時50分 婦人公論.jp
宮崎作品とハリウッド、この夏、あなたはどちらを観ますか?(写真:著者提供)
映画『君たちはどう生きるか』が本日の金曜ロードショーで初放送。そこで、公開時に本作について考察した記事を再配信します。
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宮崎駿監督の10年ぶりとなる長編アニメーション映画『君たちはどう生きるか』が、2023年7月14日から全国で公開されました。事前情報一切ナシ。異例の宣伝手法ながら、初日興収は4億6500万円。公開後4日間の興行収入が21億4000万円・観客動員数135万人を突破、2001年公開『千と千尋の神隠し』の最終興行収入・316億8000万円の、公開後4日間の興行収入・19億4000万円を軽く超えました。興収100億円…どころかひょっとすると300億円超えかもしれません。
ではこの異次元とも言える映画は観るべきか?観ないほうがいいか?なぜ評価が分かれているのに、大ヒットしているのか?映画評論家やマーケ専門家の立場ではなく、「人生に役立つよもやま話」として解説したいと思います。
【ネタバレ】この記事は映画『君たちはどう生きるか』内容を含みます。ご注意ください。
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観るべきか?観ないほうがお得か?
表面的な答え1:「お得感」が欲しいなら観ないほうがいい
わざわざお金を払って映画館まで出かけて観る映画。スッキリしなかったとか、カタルシスを得られなければ損した、という気分になるタイプの方は観ないほうがいいです。『君たち〜』はハリウッド型の映画ではありません。あなたが求めているのはハリウッド型の映画なのでしょうから、今上演されている『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』や『ワイルド・スピード』を観たほうがいいでしょう。
表面的な答え2:「気付き」を得たいなら観たほうがいい
もし、宮崎監督が引退宣言までしたのに「何故作ったのか?」と考えるなら、そして、木村拓哉、柴咲コウ、菅田将暉、あいみょん、木村佳乃、小林薫、國村隼、火野正平ら有名タレントが出演したのという事は、やはり何かあるのではないか? と思うなら。そしてシンプルに「映画を観たい」なら観たほうがいいと思います。
評価が良い悪いに分かれる理由
本作品の舞台は太平洋戦争。空襲の火災で母を失った牧眞人(まき・まひと)が、父と共に疎開した田舎で、父の子を妊娠した母の妹である夏子と新しい暮らしを始めます。眞人は夏子のことを新しい母だと認めることができません。お手伝いのキリコとも「夏子おばさん」とも距離を置く複雑な家庭環境からはじまります。
本作品の評価が割れる理由は、前半と後半が違うことや、隠喩が多いことなどがありますが、SNS界隈を眺めていると「つまらないと思う人」にはある特徴があるようです。
◆「つまらない映画」と言う人の特徴
1:エンタメ性の強い宮崎監督の過去作品を念頭に、この作品を観ている
本作品は、明確に答えが用意されていない映画です。宮崎監督の脳内の深い部分にある「無意識の意識」を描いたもので、そもそも従来の娯楽映画ではない、遺作アニメだからです。それは試写会での宮崎監督のメッセージにも書かれています。
◆面白かったと言う人の特徴
1:「観る」より「感じよう」として作品を見ている。それは無意識の場合が多い。
2:エンタメ映画というより遺作として観ている
そもそも本作品を映画というより「宮崎監督の遺作」として受け止めている方は、面白いと感じるようです。映画をエンタメとして消費するより「宮崎監督は何を伝えたかったのだろうか?」を感じたい。監督の想いが受け止められれば、満足感が高いのも頷けます。
満足度が高い人は最初から深い場所に飛び込んでいる
評価が分かれる理由は、そもそも映画の概念が「ハリウッド映画と日本映画」の対局構造になっているからでしょう。
世界的に売れているのはハリウッド映画。多くの人は売れているタイプを基準にエンタメとして映画を考えがちです。宮崎アニメは日本映画の一部ですが、今回の『君たちは〜』の評価が分かれているのは従来の土俵で考えているからです。
この対局構造から「一層深い場所」にいるのが本作品です。つまらないと感じている人はエンタメ感覚が無いとか、伏線が回収されていない等、既存の映画概念で観ようとしています。対して、面白い、満足度が高いと感じる人は、「一層深い場所」に最初から飛び込んでいるように見えます。
宮崎ファンで、その想いを汲み取ろうと心の準備が出来ている人には、映画ジャンルや既存エンタメ概念は必要ありません。だってファンなのですから。信頼関係がすでに醸成されているので、理由などなくても観られるわけです。「村上春樹作品ならすべて読む」「サザンやユーミンの曲なら聴く」などと構造が似ています。
重要な点は、本作品の構造は、この作品の前半の「宮崎監督の体験的物語」と後半の「脳の深くにある人生観・死生観の物語」で展開が変わることです。
ではなぜ評価が分かれるのか。面白い映画なのか?難しい映画なのか?
その理由が宮崎監督が引退を覆しても作った本作品の想いにつながるので、もう少し深掘りしてみましょう。
面白い映画なのか?つまらない映画なのか?
面白くない映画、つまらない映画と感じる方の理由をSNS界隈で拾い上げていくと、以下の3つの理由が多いようです。(自分調べ)
理由1:過去作品が強く記憶に残っているから比較してしまう。つまらなくなってしまう。
理由2:既存の映画概念で見るからわからなくなってしまう。つまらなくなってしまう。
理由3:隠喩が多いから理解が追いつかなくなってしまう。つまらなくなってしまう。
これらは、なんの説明もなかったので仕方のないことです。前半が、宮崎監督自身の体験をもとに描かれた、空襲や疎開した田舎のこと、亡くなった実母の妹を母親として受け入れられなかったという複雑な思い、学校での人間関係に悩んだことなどを「歴史描写」として描いてます。一方後半は、宮崎監督の脳の奥深くにある「人生の葛藤」や「生きてくための難しさや歓び」を描いています。
「事前情報なしに観てほしい」という宮崎監督の想いに逆らうことになりますし、あまりネタバレもしたくないので詳細の解説を避けますが、後半では宮崎監督の脳の奥底にある「人生の葛藤」や「生きてくための難しさや歓び」を「ファンタジー形式」で描いています。単純に前半・後半で内容が違うのではなく、形式にもひねりがあるので、理解を難しくさせているのです。
さらにこの作品の難解さを増している原因の1つのは、隠喩などを多用していることです。しかしそれらの描写が理解できなくても「そういう感じなのね」と受け止めてしまえば、つまり、「考えるな!感じろ!」的な受け止め方をすれば、成立してしまうのです。「現代アート」のような芸術作品を観る感覚と言えばおわかりになるでしょうか。まさに本作品の題名でありテーマである「君たちはどう生きるか」を、「僕たちはどう生きるか」に脳内変換して観ればよいのです。
では、評価が分かれる複雑な映画なのに、なぜ大ヒットしているのでしょうか?その理由は、宮崎監督の盟友・鈴木敏夫プロデューサーの技法にあります。そのことも理解できたら、あなたもひょっとすると、面白い映画だと感じるかもしれません。本当に必要な情報を見極めるために、鈴木プロデューサーの頭の中を覗いてみましょう。鈴木プロデューサーにとっても、本作品のプロデュースが遺作になるのでしょうから。
なぜ大ヒットしているのか?
・観なさそうなヒトに観てもらうための方法
「情報発信しない技法」がなぜ大ヒットしているのか?解説しましょう。
大ヒットの技法1:情報大爆発時代には、情報は絞ったほうがいい
ネットやスマートホンなどの普及で、SNSなどで誰もが情報を発信できるようになりました。結果、情報が加速度的に増加する傾向にあり「情報化社会」から「情報過剰社会」に突入していて、既に情報は人間が消費できる量を超えています。
検索すれば何かしら答えが出ていて、情報は飽和状態にあることを前提にしなければなりません。あふれた情報の中から信頼できる情報にたどり着くためには、機械的な検索だけではどうしても限界があります。そこで、情報についてよく知っている「人」を頼って必要な情報を手に入れるようになります。何が自分にとって役に立つ情報で、何が「ゴミ」なのか?この映画を観たほうがいいのか?観ないほうがお得なのか?自分の頭で考える前に、誰かの意見を参考にしたくなる。そのためには情報は絞って「喉が乾いた状態」を起こす必要がありました。
データ流通量の爆発的拡大
大ヒットの技法2:バンドワゴン効果を狙っている
「バンドワゴン効果」とは、良いとか悪いとか関係なく、多くの人が支持するとよりいっそう支持が高くなる現象のこと。 アメリカの経済学者・ハーヴェイ・ライベンシュタインの提唱による。 時流に乗る、勝ち馬に乗る、多数を支持するという意味。 「バンドワゴン」とは、パレードの先頭を行く楽隊車のこと。過去の宮崎アニメの作品の人気はブランド化しているので、新作について情報がなくても「謎の」人気が人気を呼び大勢の支持を得ることができます。人気の羽根車をつくる方式です。過去の例では、デビュー時の宇多田ヒカルのキャンペーンがそうです。顔出し無し、美声の歌姫。ほか一切の情報は無し。美声と圧倒的な歌唱力という一点突破の情報統制で売れたパターンと一緒です。やがて年齢や藤圭子の娘だということがわかり、更に弾みがつきました。
鈴木プロデューサーの手腕
大ヒットの技法3:この方法が鈴木手法「人の行く裏に道あり、花の山」
これは株式市場で使われる「利益を得るためには他人とは逆の行動をとらなくてはならない」という格言です。大衆はとかく群集心理で動きがちです。上から目線のようになってしまいますが、映画プロデューサーは群集心理だけに迎合していては大きな成功は得られません。むしろ「他人とは反対のことをやったほうが上手くいく」というのが鈴木プロデューサーの手法。
大勢の人が動く方向に進めば、確かに危険は少ない。事なかれ主義で逆らわず、というのが世渡りの平均像。でもそれはサラリーマンの考え方です。成功者とは誰もやらないことを黙々とやってきた人たちのこと。欧米では「リッチマンになりたければ孤独に耐えろ」と教えられます。いかにも酸いも甘いも噛み分けた鈴木プロデューサー的なやり方ですね。過去作品のキャンペーン事例を見るとわかりますが、従来の宮崎アニメは、画力(えぢから)のあるシーンをテレビなどに小出しにする方法をとってきました。それとは一線を画した今回の作戦は、鈴木プロデューサーが賭けに勝ったということでしょう。
そもそも「エンタメ映画」と「アート的遺作の映画」では売り方がちがいます。映画のプロデューサーとは、企画や役者を決めて、スタッフと制作費を集めて、公開する映画館の手配や宣伝まで行います。 映画プロデューサーの手腕こそが映画成功のカギを握っていると言っても良いです。
そして情報を発信しないほうが良い理由とそれを可能にする条件は以下の3つにまとめられます。
良い理由1:「わからない」に一点集中できる
良い理由2:宣伝しないから「期待と違う」など、文句のつけようがない
良い理由3:宣伝しないから金もかからず、結果的に利益が大きい
可能な条件1:宣伝しなくてもいい種がある(あの宮崎駿監督が引退を覆しても作りたかった作品)
可能な条件2:ブランド資産がある(作品からの感動による映画鑑賞への信用が厚い)
可能な条件3:(ジブリとして)自らSNSで情報発信をしている。またその情報を観た人や権威のある人が拡散してくれる土壌がある。
これはエンタメ映画ではなく遺作である
本作品は宮崎・鈴木両氏の持てる力を出し切った「問いかけたい」ことの集大成なのではないでしょうか。
これを観るべきか?観ないか?どっちがお得?で判断するのはあなた次第です。
ここまで読んでいただきましたが、エンドロールで流れる主題歌の「地球儀」を聴いていただければ、納得いただけることでしょう。米津玄師の咀嚼力こそ本作品を表していると思います。いままでの映画とはぜんぜん違う。ぜひこの感動を劇場で味わってほしいと思います。
(写真:著者提供)
気になる!あの声ってだれ?
「君たちはどう生きるか」声優一覧
映画を観ながら「あれ?誰だっけ」と気になる。「この声どっかで聞いたことあるはずなんだけど誰だっけ?」が頭の中でずっと尽きなくて、エンドロールを食い入るように見て、答え合わせするのが楽しかったです。公開されている声優は以下の通り。
牧眞人 演:山時聡真
覗き屋のアオサギ/鷺男 演:菅田将暉
眞人の父 演:木村拓哉
若き日のキリコ 演:柴咲コウ
ヒミ/若き日の久子 演:あいみょん
夏子 演:木村佳乃
老ペリカン 演:小林薫
インコ王 演:國村隼
大叔父 演:火野正平
他にも、ばあや役、セキセイインコ役など、誰が担当しているのかまだはっきりしていないキャラクターも多い。今後の情報解禁に期待しましょう。
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