「北朝鮮とのつながりが連想される」現金3400万円を残して孤独死した女性の“謎すぎる遺品”…取材した記者が感じた彼女の“不可解な一面”

2025年5月3日(土)12時0分 文春オンライン

〈 「所持金3400万円」「右手指すべて欠損」兵庫のアパートで孤独死した“身長133cmの謎の女性”…警察が彼女の身元を特定できなかった理由とは 〉から続く


 2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、ある女性が室内の金庫に3400万円を残して孤独死した。身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載されていた彼女は、いったい何者なのか?


 ここでは、取材をした共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さん(現在は退職)の共著 『ある行旅死亡人の物語』 (毎日新聞出版)より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)



写真はイメージです ©manbo_photo/イメージマート


◆◆◆


プロの探偵による身元の調査


 さて、「田中千津子」さんの遺体発見から約10カ月経った2021年2月15日、太田弁護士が相続財産管理人に選任される。太田弁護士は自ら錦江荘へ赴き、片付け作業に従事したが、身元特定につながる資料は何も見つからなかったという。


 太田弁護士は、女性が亡くなってからかなり時間が経過しており、関係者の記憶もどんどん薄くなっていくことを懸念して、探偵を雇って調べることに。3月からほぼひと月にわたって、プロの探偵が調査に入ることになった。


 探偵は有用な情報を整理したうえで、調査事項を大家・製缶工場・商店街・尼崎駅周辺の4つに絞り込み、聞き込みに回ったようだ。


 大家は探偵に対し、以下のような不思議な証言を残したという。生前、女性は「たいてい杭瀬(くいせ)市場で買い物をしていたようだが、錦江荘からみて市場は南東方向に位置しているにもかかわらず、買い物帰りの女性は、いつも北東方面から徒歩で帰宅していた」というのである。


 探偵がこの証言についてどう考えたかは不明だが、女性の日常ルーティンについても大家が素朴な疑問を抱いていたことはうかがえる。もちろん、南東の市場に向かって北東から帰るという、単なる散歩コースになっていた可能性は否めないのだが。


 製缶工場に関しては、近隣住民への調査から、当時の経営者は10年以上も前に死去していたことが判明。登記上の経営者宅は空き家状態になっていた。高齢の妻は重度の認知症で、一人娘が引き取ったという。


 その後も周辺の調査に手を尽くしたようだが、成果は上がらなかった。工場の関係者が女性と面識があったのは確実であり、この線での調査の失敗に探偵も残念がっていたという。


行きつけの店や顔なじみがあることを期待した聞き込み


 錦江荘からほど近くに、飲食店や日用品店、銭湯などが建ち並ぶ杭瀬商店街があり、出口には県道を挟んで例の市場がある。この一帯は、女性にとってもっとも身近な生活圏だったと考えるのが自然だろう。


 探偵は、遺品のアルバムにあった本人の写真を痩せさせ、年齢相応にシワを増やした合成写真を作成し、大家に見せて生前の女性に似ているという確証を得たうえで、写真を使って地域を聞き込みして回った。


 女性は同じアパートに40年近く住み続けていたわけで、行きつけの店や顔なじみが少しぐらいあると期待するのが普通だが、そうした例は一件も出てこなかったという。


 唯一、居酒屋の常連客が「3年前、近くの長洲公園でよく見かけた」と曖昧な証言をしただけで、公園周辺を聞き込みしても裏取りはできなかったようだ。なお、遺品には商店街の美容室のショップカードが一枚残されていた。店側は、女性が一度飛び込みで来た覚えはあるものの、「当店は要予約です」と伝えたらそのまま立ち去ったという。


 女性は何を思って突然、美容室へ赴いたのだろう。それまで、そしてそれからはどこで髪を切っていたのか。または散髪目的だけでなく、急に誰かと話したくなったのか。彼女が美容室を諦めて去って行く姿を想像すると、どことなく胸が痛んだ。


「田中竜二」と「田中竜次」


 女性の生活歴に関しては、尼崎駅前の眼鏡店などでのレシートが数枚見つかっているものの、日付は1980〜90年代で、なぜか近年のものはほとんどなかった。唯一、新しかったのは2015年12月9日、駅前の家電量販店「エディオン」でシャープ製のカラーテレビを購入した明細で、名前は「タナカリュウジ」となっている。


 また、エディオンや眼鏡店からのはがきや、ガスや電気の請求書の類もいくつかあった。ほとんどの宛名は「田中千津子」となっていたが、「タナカチズコ」「タナカリュウジ」に加え、「田中竜二」と記されたものもあった。


 エディオンの宛名や産経新聞の購読申込書は「田中竜二」名である。一方、自筆したと思われる賃貸借契約書の名前は「田中竜次」だ。もし夫婦だとしたら、音が同じとはいえ夫の名の漢字を間違えることなどあるのだろうか。


 探偵は購入履歴のあった駅前の眼鏡店にも足を運んだが、会員番号から2009年10月が最後の来店だとわかった程度だったという。


北朝鮮とのつながりが連想されるきっかけとなった遺品


 他に、何らかの手がかりになる可能性があるとして、太田弁護士が保管していた遺品には次のものがある。



・星形のマークがついたロケットペンダント


・「田中」の印鑑1つと「沖宗」の印鑑2つ


・八坂神社(京都市)のキーホルダー


・阪神タイガースのロゴのキーホルダー


・「たなかたんくん」と書かれたキーホルダー


・セイコーの腕時計


・ビニール袋に包まれた韓国1000ウォン札


・米1セント硬貨


・ゆうちょ銀行と三井住友銀行の通帳


・茶色い装幀のアルバム


・アルバムに入っていない写真が約30枚



 ロケットペンダントは、開くと小さな紙が入っており、「141391 13487」と端正な字で書かれていた。北朝鮮とのつながりが連想されるきっかけとなった品である。


 沖宗の印鑑のうち、1つは高級そうな革のケースに入っており、それほど使用していないのかきれいで真新しい。


 通帳は三井住友銀行の方がNHK、大阪ガス、関西電力、NTTの引き落としがあるのみで、公共料金用だったとみられる。最後の引き落としは2020年4月27日で、女性の遺体が発見された翌日のこと。自動引き落としになっていたのだろう。


引き出された500万円はどこへ


 不可解なのはゆうちょ銀行の方である。最も古い2008年7月の繰越残高が500万266円。当初は時々、月に1〜3万円ほど引き出されていた程度だったが、2014年3月から数日おきのペースで、1回あたり10〜20万円が次々と引き出されていき、翌年6月には残高が202円となって履歴印字が終わっている。


 彼女自身が引き出したのだろうが、その500万円はどこへ行ったのか。金庫から見つかった現金の一部を構成しているのだろうか。


 それにしても理由が推し量れない行動である。いくら彼女の生活が謎に包まれているとはいえ、現在のアパートの家賃は3万1500円。電気代など公共料金が別の通帳から落とされていたことを考えると、月に20万円も生活費に要したとは思えない。


 さらに不可解だったのがアルバム外の写真で、アルバム内の写真と同じときに撮影したとおぼしき写真に加え、誰かわからない子どもの写真が2枚あった。


(武田 惇志,伊藤 亜衣/Webオリジナル(外部転載))

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