ADHDの人がもつ「高い創造性」をより発揮させるためには?『スマホ脳』著者が解説「ADHDの子どもが含まれるグループのほうが課題にうまく対応できていた」
2025年5月16日(金)12時30分 婦人公論.jp
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集中力を保つことが苦手、整理や計画が苦手などの特徴がある発達障害の一種<注意欠如・多動症(ADHD)>。累計120万部を突破した『スマホ脳』シリーズの著者であり、精神科医のアンデシュ・ハンセンさんは「誰でも多かれ少なかれADHDの傾向がある」と話します。そこで今回は、アンデシュさんによる書籍『多動脳:ADHDの真実』から、一部を抜粋してご紹介します。
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リーキー・アテンション
思考の流れが増えるとはいっても良いことばかりではない。私のADHDの患者の多くが「頭の中に常に10個くらい考えが巡っている」「脳が特急列車のように唸りを上げて走っている」と困っている。昼間は集中できないし、夜になると眠れない。ある人など──ずば抜けてクリエイティブな人だが──「思考の流れが永遠に鎮まらないせいで今その瞬間を満喫することができない」と言う。
「美しい夕陽を見ても、3秒後には『はい、きれいだったね。で、次は?』と思ってしまう。新しい考えがいくつも頭の中で弾けるんだ。周りの人は何分でもその美しい夕陽を満喫できるのに……。自分は心の平安が数秒しか続かず、すぐにまた別のことが頭に浮かんでしまう」
このように、思考の流れが増えるのは必ずしもありがたいことではないし、確かにデメリットもあるが、問題(すぐに気がそれること)ばかり気にするのではなく創造性が上がることを忘れないでほしい。
ADHDには集中困難や衝動性といった特徴があるが、集中力の欠如というのはリーキー・アテンション(思考の流れが増えること)とも関係している。それが創造性にもつながるわけだが、衝動性も創造性につながるのだろうか。実は高い可能性でそのようなのだ。
「創造性」とは「正しい方向に向かった衝動」
考えてみるとおかしなことではない。クリエイティブになるための前提を良くする努力はできても、アイデアというのは注文して届くものではない。ただ頭に浮かぶもの──衝動のように。
しかも衝動の制御が苦手なこととクリエイティブな発想を行動に移す能力には関連があるという。アイデアをただ考えているだけの段階で置いてきぼりにしないからだ。ハーバード大学の精神医学の研究者ジョン・J・レイティも創造性を「正しい方向に向かった衝動」と呼んでいるくらいだ。
脳は常に様々な衝動を抑えている。スマホを手に取りたい、「そのネクタイはダサい」と正直に相手に伝えてしまいたい、退屈過ぎて会議室から出ていきたいといった衝動を抑えているのだ。もちろんスマホを手に取ったり人を侮辱したりしないようにするにこしたことはないが、衝動を抑制できる人はクリエイティブな考えも抑制してしまっている可能性がある。
ジョン・J・レイティ流に言えば、衝動性を「正しい方向に向かわせる」ことができていないのだ。思考の流れを増やすリーキー・アテンションのせいで頭の中に10個も考えがあって困るのと同時に、衝動を抑える能力の不足がクリエイティブな衝動を抑えないという〈強み〉にもなる。コインには必ず表と裏があるのだ。
ではADHDの3つめの大きな特徴、多動についてはどうだろうか。それも創造性に関わってくるのだろうか。多動だとエネルギーに溢れて、長く作業を続けられるという利点がある。創造性に関する研究でも判明していることだが、クリエイティブな作業というのは生まれ持った才能や天から突然降ってきたような発想よりも多大な努力と時間によって実を結ぶ。
アメリカのラッパーでADHDのウィル・アイ・アムも「多動がクリエイティブな作業の役に立っている」と発言している。「ADHDのH(多動)を役立てられるような仕事の仕方を身につけたんだ。おかげで地球上の誰よりも長時間働くことができる」
ADHDにはじっとしていられない、実行力がある、リスクを恐れない、権威や伝統にひれ伏すことがないという特徴がある。既存のルーチンや仕事の作業手順がうまく機能しない時にも「でも今までずっとそうしてきたから」では納得せず、よりよい方法を探そうとする。
実行力がある、既存のものに疑問を呈する、じっとしていられない、リスクを厭わない、他の人がやっていることを当たり前だと思わない──そういった特徴はまさにクリエイティブな人の特徴でもあるだろう。
多くのADHDがつまずくところ
かといってADHDの人全員が創造性を発揮できるわけではない。新しいアイデアを次々と思いつけばいいというわけではないからだ。
アイデアは形にしていかなければならないが、どのアイデアにフォーカスするかを決めるのが第1段階で、アイデアをひねり出すのと同じくらい重要だ。それができなければどれだけ天才的なアイデアを無数に思いついても意味がない。アイデアのままで終わってしまうからだ。
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アイデアを1つか2つに絞るにはアイデアを連発する以外の精神機能も必要になる。構成力、それに何に本気を出すかを決断する能力だ。一旦アイデアを選んだら、どんどん湧いてくる新しい発想に従って変更を繰り返すのではなく、根気強く努力しなければならない。ここでADHDの人の多くがつまずいてしまう。
創造性のギアを入れ替えられずアイデアがアイデアのままで終わってしまうのだ。特に独りで奮闘している場合はそうなりがちだ。
グループ内でのADHDの役割
ある研究でADHDの子供がグループ内でどう機能するかを調べた。3人のうち1人にはっきりADHDの傾向があるグループと1人もADHDの傾向がない子供のグループをつくり、論理的思考が必要な課題を2種類与えた。着目したのは課題を解けるかどうかではなく、子供たちがどのように協力するかだった。
ADHDの子供が含まれるグループの方はすぐににぎやかになった。ADHDの子供は何度もテーマからそれ、無関係なコメントもしたからだ。しかし不思議なことにそのグループの方が課題にうまく対応できていた。結果、ADHDの子供が含まれる10グループ中9グループが課題を正しく解くことができていた。一方でADHDの子供を含まないグループは1グループも解けなかった。
なぜそうなったのかは推測するしかないが、ADHDの子供が新しいアイデアをいくつも出し、他の子供たちがその中から1つを選んで最後まで進めることができたからだと考えられる。あるいはADHDの子供のおかげで他の子も新しい方向に考えられるようになった可能性もある。違った考え方やはたらき方をする人と協力すると自分も新しい考え方ができるようになるものだ。
実際のところどうだったのかは誰にもわからないが、創造性という見地から考えると、ADHDの特徴を持つ人が仲間内にいることがポイントのようだ。
全員がADHDだと大混乱になるだろうが、数人のグループに1人いると違いが生まれる。だから自分がADHDならば、そうでない人に囲まれるようにすればいい。自分とは違うことが得意で、アイデアを選んで形になるまで進められる人たちに。これは当然子供だけでなく大人にも当てはまる。
※本稿は、『多動脳:ADHDの真実』(新潮社)の一部を再編集したものです。