斉藤ナミ「対岸の家事」を観て、孤独な専業主婦だった子育て時代を思い出す。「体験格差」にもギクッとさせられた

2025年5月27日(火)8時0分 婦人公論.jp


(写真提供:筆者 以下すべて)

noteが主催する「創作大賞2023」で幻冬舎賞を受賞した斉藤ナミさん。SNSを中心にコミカルな文体で人気を集めています。「愛されたい」が私のすべて。自己愛まみれの奮闘記、『褒めてくれてもいいんですよ?』を上梓した斉藤さんによる連載「嫉妬についてのエトセトラ」。第6回は「(ドラマ『対岸の家事』を観て思う)子育て格差地獄」です

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前回「まだXがTwitterだったころ。フォロワーを1000人の大台に乗せたいと思った私は、怪しいサイトから〈ポチ〉して買った」はこちら

毎回心を揺さぶられているドラマ


TBSの火曜ドラマ『対岸の家事』を観ている。

主人公の「詩穂」(多部未華子)は2歳の娘を育てる専業主婦。マンションのお隣の「礼子」(江口のりこ)は2児を抱える多忙なワーキングマザー。近所の公園で出会ったパパ友「中谷さん」(ディーン・フジオカ)は育休をとって1歳の娘を育てるエリート官僚。立場や価値観の違う全員がそれぞれの育児と家事に奮闘するドラマだ。

多部未華子はかわいすぎるし、ディーン・フジオカみたいなパパが公園にいたら毎日ママたちの行列ができるだろ、とは思うけれど、子育て中のモヤっとする心情の描き方がリアルで、自分が子育てをしていた時期を思い出しては毎回心を揺さぶられている。

詩穂は、中学生の頃に専業主婦だった母を亡くした。父と二人暮らしになった後は家事を一人で担い、高校卒業後は美容師として働いていたが、顧客だった居酒屋の店長の虎朗と結婚。「2つのことはできない」とすすんで家庭に入った。

実は私も、子どもが幼稚園に上がるまでは専業主婦だった。契約社員として勤めていた会社は、長男を妊娠中に契約満了となり退社した。ちょうどその頃、夫は勤めていた看板制作会社から独立して起業する準備をしていた。開業後に夫の会社で働く予定だった私は、5月に生まれた長男を翌年4月から保育園に入れて働きに出られたらちょうどいいなと思っていた。ところが、思い通りにはいかなかった。


ベビーカーに乗せていても、どうなってるのか気になる…

友達を作ってあげたいのに


夫は毎日深夜まで仕事で私のワンオペ。初めての育児は想像と違った。授乳間隔が数十分しかなかったり何時間もずっと寝てくれなかったり、全く育児本どおりにいかない。小さくて柔くてすぐ壊れてしまいそうなくせに、ものすごいエネルギーの塊のようでもある新生児は、未知の生き物みたいで怖かった。今日一日なんとかこの生き物を死なせないように、という日々の繰り返しだった。

彼が寝ている間に忍者のような忍び足で家の中のことをする毎日。今日が何曜日かもわからないまま、誰とも話さないで一日が終わる日もあった。


あの頃、24時間授乳クッションと共に過ごしていた…

孤独でたまらなかった。世界から隔離されているような気がした。「大人と話したい」ドラマの詩穂のセリフを何度つぶやいたことか。

しばらくして長男が歩けるようになると「ママ友を作ろう。長男にも他の人間と接する機会を与えなくては」と思い地域の支援センターに行ってみたが、そこには既にママ友の輪が出来ていた。コミュ障なうえ、久しく大人と喋っていない私が自分から輪に入ることなんて出来なかった。どうしていいかわからないまま、そこまで楽しそうでもない長男をじっと見つめるしかない時間は苦痛だった。

そんな私を憐れんで「何カ月ですか?」と話しかけてくれる優しい人もいたけれど「千載一遇のチャンスを逃すまい。楽しい人だと思われたい!」とつい空回りして「(私は)350カ月くらいです!」と答えてドンすべりし、恥ずかしくて二度と行けなくなった。

公園でも同じ。月齢の近い子とママたちが砂場にいると、長男には距離をとって遊ばせて「仲間に入れてとか思ってませんよ。一人が好きなタイプなのでお気になさらず」オーラを、聞かれてもいないのに出しまくっていた。

本当は長男に友達を作ってあげたいのに。二人きりになると「こんなママでごめん」といつも謝っていた。


幼児を機嫌よく遊ばせるって、簡単じゃない


お手洗いにもゆっくりいけない日々だった

私のようになってしまったら…


長男は私のせいで友達が出来ない、この子も私みたいになってしまう……と思うと情けなくて申し訳なかった。買い物へ行ってもカフェへ行ってもママ友同士で楽しそうに話しているのを見ると、子どもに友達を作ってあげられて、親同士で息抜きもできていいですね! と羨ましくて目を背けていた。

惨めな気持ちを自虐ネタにし、ネットの子育てブログに書き殴った。子育てブログのランキングで上位に入ることで承認欲求を満たし、現実の寂しさと虚しさから目をそらし続けた。

夫の起業はなかなかスムーズにいかなかった。「抱えている仕事が片付くまで。引き継ぎが整うまで」などと退職が遅くなり、無事に開業する頃には長男が2歳に、お腹には次男がいた。結局、長男と次男が幼稚園に入るまでの数年間、私はこの世で子どもたちと3人きりだった。


何だか本人はわからないと思うけど、鯉のぼりを見せてみた

復職し、てんてこまいになりながら全てを両立している母親こそが「頑張っている」母親で、専業主婦なんてサボっているだけだと思われていそうでいつも引け目を感じていたし、毎日何も生産せずに消費だけしている罪悪感に押しつぶされそうだった。

うまく母親もできず、社会人としてのアイデンティティも無く、人間としてダメだと言われている気がした。

子どもたちが幼稚園に通いはじめ、ようやく開業できた夫の会社で仕事をするようになると徐々に自分を取り戻していけた。子どもたちは親の心配をよそにどんどん友達を作り、私とは反対の明るい子に育った。

「自分の選んだ道を間違っていたと思いたくない」詩穂のセリフに頷きっぱなしだ。

家族のためにもこの道でよかったんだと思いたいけれど、夫の起業を待たずに他の就職先を探さない自分は、本当は甘えているだけなんじゃないか、心の底で「楽ができてラッキー」と思っているんじゃないかといつもモヤモヤしていた。

友人の娘とうちの息子の体験格差


先日の「体験格差」がテーマの回でもギクっとさせられた。

エリート官僚の中谷さんが「子どもの将来は、どれだけたくさんの体験をさせてあげられるかにかかっている」といって1歳の娘に英語やピアノなど、どんどん習い事を体験させている。対して詩穂は、専業主婦の自分と2人きりでいることが娘の体験する機会を奪っているのではないかと悩むのだ。

私は息子たちに十分な体験をさせてあげられているだろうか?

独身時代にバイト先で知り合った友人のM子は、娘2人に3歳の頃からバレエを習わせている。現在6歳と10歳の娘たちは、そのバレエ教室の中でも優秀なクラスに在籍している。

高級住宅街に住み、娘たちの学校は、学校行事に夫がいないと「ご主人はどちらに海外出張ですか?」なんて尋ねられるようなハイクラスな私立学校。バレエの無い休日にはオートドライブ機能のついた高級車でディズニーやUSJに必ず連れていくそうだ。

自宅へ遊びに行った際、彼女たちが高級ブラシでツヤツヤな髪を梳かしながら大人のような口調で韓流アイドルについて話しているのを見て驚いた。

これは敵わない。こんなに良い環境や体験を与えられた彼女たちは、将来どんな大人に育つのだろうか? 近所の公立中学校に通い、家では動画を観てダラダラし、中学生になってもいまだに「うんこ!」などと言って笑い合っているうちの息子たちとは体験格差がありすぎる。

M子は言う。
「子どもにはどんどん体験させないと。可能性を見つけてあげなきゃ。私、自分があんまり親にしてもらえなかったから、娘にはできるだけのことをしてあげたいんだよね」

裕福な家庭に生まれてしっかりお嬢様なあんたが、それ以上何をしてもらいたかったんだ? と思ったが、他の部分には同感だった。

元気ならそれでいいと言いつつ本音は…


学校では部活が必須でなくなり、ほとんどの公園ではボールを使えなくなり、授業以外で何かを体験をさせるには習い事をさせるほかない。和太鼓、空手、卓球を習いたいと言われて習わせてみたものの、いずれも数回で飽きてしまった彼ら。結局今は何もしていない。勉強だってろくにしていないので成績も推して知るべしだ。

周りの子が塾に行っていたりプログラミングを習っていたりすると聞くと「ふうん?」なんて返事しながらも、うちはこんなに毎日無駄な時間を費やしてしまっていいんだろうか? 無理にでも何かを習わせないとダメなんじゃ? と不安になる。

家でゴロゴロしていたいと考えるような子になったのは私の育て方のせい? 小さい頃から簡単にスマホを見せすぎた? 他の子に追いつくにはもう手遅れでは? 将来この子たちは何もできない大人になってしまうのでは?

うちの子と比べて、よその子が何を習っているのか、学校の成績はどうなのか、どこへ進学するのか、将来どんな大人になるのか、気になってしょうがない。

子どもの人生がそのまま自分の子育ての評価につながっているように感じる。

「彼らの人生は彼らのもの」「元気に生きていてくれたらそれだけでいい」と言いながら、できれば、少しでも良い学校へ行ってたくさんの可能性と夢と選択肢を持って大人になってほしいとも思う。

そして心の底では「友達のあの子よりも親戚のあの子よりも……」と望んでしまっているのが本音だ。


この子がいれば幸せ、と思う瞬間はもちろんあるけれど…

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