豊島美術館の《母型》で知られる美術家・内藤礼の個展開催、縄文の遺物と現代アート、死と生が親密に協和する世界

2024年7月30日(火)8時0分 JBpress

「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに創作を続ける美術家・内藤礼。個展「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が東京国立博物館にて開幕した。

文=川岸 徹 


生の光景を見出し続ける

 美術家・内藤礼の個展「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が東京国立博物館で開幕した。展覧会レビューの前に、まずは内藤礼について記しておきたい。何を今さら、と思う人も多いだろうが、お付き合いを。

 内藤礼は1961年、広島県に生まれた。「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに空間作品を制作。生と死を分別できないものとして捉え、地上の生の光景を見出す作品や、生と死が溶け合って一体化したような作品をつくり上げてきた。

 彼女が構築する空間作品は国内外で高い評価を受け、1997年の第47回ヴェネチア・ビエンナーレに日本館代表として参加。その後も神奈川県立近代美術館鎌倉「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」(2009年)、東京都庭園美術館「信の感情」(2014年)、水戸芸術館現代美術ギャラリー「明るい地上には あなたの姿が見える」(2018年)、金沢21世紀美術館「うつしあう創造」(2020年)と、記憶に残る展覧会を次々に手がけてきた。


代表作は豊島美術館に設置の《母型》

 内藤の代表作は何かといえば、豊島美術館の《母型》というのが衆目の一致するところだろう。豊島は瀬戸内海に浮かぶ小島。現在は風光明媚な“食とアートの島”として知られているが、1970年代から80年代にかけて有害物質を含む産業廃棄物が大量に不法投棄され、大きな社会問題になった。2000年代に入ると廃棄物処理の事業が始まり、復興の象徴として建築家・西沢立衛設計により豊島美術館が建設された。

 2010年に完成したこの豊島美術館に《母型》は設置されている。建物上部に大きな穴が2つ開き、太陽光や雨風がダイレクトに内部へと入ってくる構造。内藤はこの空間を器として捉え、コンクリート製の床に無数の穴を開け、そこから湧き出した地下水が水滴となり、その水滴が大きくなると生命のように流れ出す作品を完成させた。光、風、雨といった自然現象はもちろん、産廃問題のような暗い過去も、復興を果たした現在も、すべての事象をひっくるめて飲み込んだような壮大さを感じさせる作品だ。


縄文時代と現代をつなぐ

 そんな内藤礼は新たな展覧会の舞台として東京国立博物館を選んだ。内藤は今回の展覧会について、「この展覧会の構成は、縄文時代の《土版》との出会いから始まった」と話す。

 日本を代表する博物館である東博は約12万件の所蔵品を有し、その中には縄文時代の土製品も数多く含まれている。内藤はそうした縄文の遺物に、自らの創造と重なる人間のこころを感じたという。「縄文人の足型、サル、イノシシを象った土製品、シカの骨、ネコの毛。かつて本当に生であったものたちや、それらを見つめた人々は、いま生のうちにいるものたちに呼びかけている」(内藤)。死はかつての生。その生を感じること、自分のほかにも生があると感じることで、親密な協和が生まれてくるという。

 東博側もまた、展覧会のためにとっておきの舞台を整えた。展示会場は東博館内の3か所。平成館企画展示室、本館特別5室、本館1階ラウンジと、点在する3つの部屋をめぐるユニークなスタイルになっている。


建設当初の姿になった「特別5室」

 ハイライトは第2会場である本館特別5室。この展示室は“特5”の愛称で親しまれ、1965年に《ツタンカーメン》、1974年にはレオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》と世界各国の至宝を迎えてきた。本展では「地上の生の光」を重視する内藤の意向に合わせ、長年閉ざされていた大開口の鎧戸を開放。さらにカーペットと仮設壁が取り払われ、建設当初の「裸の空間」になった。

 がらんとした空間の床には小さなガラスケースが点々と置かれ、それぞれのケースに縄文時代の多様な遺物が収められている。ケースのひとつには重要文化財《足形付土製品》が。2〜3歳の子供を失くした親が、死を悼んで取った足形だと考えられている。

 壁面にはドローイングの連作《color beginning/breath》が並べて展示されている。目を凝らさないと見えないような淡い色彩から、明るく鮮やかなものまで、色の表情が豊か。この連作は本展で完結しているものではなく、西側の壁に展示された連作は今年9月に銀座メゾンエルメス フォーラムで開催される個展へと続き、東側の壁の絵は逆に銀座メゾンエルメス フォーラムで展示される連作からの続きなのだという。

 第1会場の平成館企画展示室では、本展の企画の発端となった縄文時代の《土版》(紀元前2000〜前400年)と、内藤が2023年に制作した《死者のための枕》の対比が興味を引く。第3会場の本館ラウンジにはガラス瓶に水を満たした《母型》が置かれている。これは生と死の往還を表した作品だ。

 生とは何か、死とは何か。人間の根源的な問いに対して、明確な答えが提示されているわけではない。そもそも万人が納得する答えなど永遠に見つからないだろう。流れる時間に抗うことができず、いつかは消えてしまう生命。生と死の両方を感じながら、自分の生き方を見つめ直してみたいと思う。

筆者:川岸 徹

JBpress

「美術」をもっと詳しく

「美術」のニュース

「美術」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ