「青学→日本生命で引退はもったいない」という人が知らない…箱根駅伝エリートが実業団で落ちぶれの死屍累々【2025年2月に読まれたBEST記事】

2025年3月15日(土)8時15分 プレジデント社

2025年2月2日、日本勢トップの2位でゴールする若林宏樹。初マラソン日本最高の2時間6分7秒をマークした=ジェイリーススタジアム - 写真提供=共同通信社

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2025年2月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト5をお送りします。キャリア部門の第4位は――。


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▼第4位 「青学→日本生命で引退はもったいない」という人が知らない…箱根駅伝エリートが実業団で落ちぶれの死屍累々
▼第5位 なぜ働いても働いても幸せになれないのか…漫画家・水木しげるが「サラリーマンの大半は妖怪だ」と言ったワケ


大学で実績を出せても卒業後にさらに活躍できるとは限らない。箱根駅伝で総合優勝した青学大の若林宏樹選手は5区区間賞をとり、1カ月後の初マラソンでも周囲を驚かせる快走を見せた。しかし、本人は競技をやめて日本生命に入社し、ビジネスパーソンの道を歩むと決めている。スポーツライターの酒井政人さんは「実業団で競技を続けていいのは、箱根で力を出し尽くした後も自分の心の中に“絶対に譲れない野望”がある人だけだ」という――。

■箱根駅伝連覇・青学→日本生命で引退するは「もったいない」か?


人生を変える“快走”になるのだろうか。


正月の箱根駅伝5区の山登り。見事な走りで区間新記録を打ち立てて青山学院大の連覇に貢献した若林宏樹(洛南高校出身、4年)が「ラストラン」として臨んだ2月2日の別府大分毎日マラソンで驚くべき結果を残した。1カ月という短い調整期間にもかかわらず、2時間06分07秒で全体2位。初マラソンで日本最高、日本学生新、日本歴代7位という記録づくめだった。


両手を広げてゴールに飛び込むと、その場に倒れ込んだ。宣言通りの“全力疾走”で、9月に開催される東京世界陸上の参加標準記録(2時間06分30秒)も突破した。


写真提供=共同通信社
2025年2月2日、日本勢トップの2位でゴールする若林宏樹。初マラソン日本最高の2時間6分7秒をマークした=ジェイリーススタジアム - 写真提供=共同通信社

「想像をはるかに超えるタイム」に笑顔をこぼした若林。レース後のインタビューでは、「(中学時代から始め)10年間続けてきた陸上生活の有終の美を飾れたなと思います。初めてのマラソンだったのでひたすら長いなって感じだったんですけど、声援の『ありがとう』という言葉で救われました。山あり谷ありの陸上人生でしたが、最後まであきらめずに走り続けて本当に良かった。やり切ったなと思います」と初マラソンに自身の競技人生を重ねて振り返った。


若林は青学大を卒業後、大手生命保険会社・日本生命に一般就職する予定。テレビ中継で解説をしていた日本陸連の瀬古利彦ロードランニングコミッション・リーダーから「これで本当に終わるの? 世界陸上に選ばれるかも」と質問を受けると、若林は「本当に終わります」ときっぱり口にした。


同様にテレビ解説を務めた恩師である青学大・原晋監督は瀬古リーダーに対して「余計なことは言わないでください。日本生命で、原監督のようなカリスマ営業マンを目指して頑張りますから」と話した。


レース後の記者会見でも「たとえ世界と戦える結果であっても競技には区切りをつける」と改めて現役引退を強調した若林。SNSでは「やめないでほしい」という投稿が相次ぎ、その“引き際”が注目されている。


なお、若林が入社予定の日本生命は男子100mの元日本記録保持者である桐生祥秀が所属している。陸上とはゆかりのある企業だけに、「もし日本代表に選ばれたら会社と相談します」と若林自身も9月開催の東京世界陸上まで現役を続行する考えがあることを明かしたが、会社も後押しするのではないだろうか。ただ、世界陸上に出場したしても、若林はスパッと引退しそうな雰囲気が漂っている。


■競技を続ける者と続けない者


学生ランナーの場合、大学3年時までに箱根駅伝に出場するくらいの実力を持つ者は8割ほどが実業団に進む。今年の箱根駅伝に登録(1チーム最大16人)された4年生は105人(出走者は70人)いたが、そのうち約60人が大学卒業後も実業団などで競技を継続する予定だ。


箱根駅伝ランナーで一般就職するのは少数派といえるだろう。そのなかで今回の若林と“同様のケース”になった青学大の先輩がいる。5年前の箱根駅伝と別府大分毎日マラソンを快走した吉田祐也だ。


大学卒業後は競技を引退する予定だったが、箱根駅伝4区で区間記録(当時)を樹立。1カ月後の別府大分で初マラソン歴代2位&学生歴代2位(いずれも当時)の2時間08分30秒で日本人トップの3位に食い込んだのだ。


この時もテレビ解説を務めていた瀬古リーダーは、「競技をやめるのはもったいない。パリ五輪の戦力のひとりですよ」と高く評価した。一方、原監督からは若林の時とは異なり“競技続行”を強く勧められたこともあり、お菓子メーカーのブルボン(本社:新潟県柏崎市)から得ていた入社内定を辞退。インターネット関連事業などを手がけるGMOインターネットグループ(本社:東京都渋谷区)に所属し競技を続行することになった。


パリ五輪代表には届かなかったが、昨年12月の福岡国際マラソンを日本歴代3位の2時間05分16秒で優勝。東京世界陸上では青学大勢初となる世界大会代表の期待が高まっている。


撮影=プレジデントオンライン編集部
2025年箱根駅伝の電車中づり - 撮影=プレジデントオンライン編集部

逆に、意気揚々と実業団に進んだものの、モチベーションを保てなかった元エースもいる。3年時に箱根駅伝2区で区間賞を獲得した出岐雄大(長崎北陽台高校出身)だ。中国電力でも活躍したが、「箱根駅伝以上の目標が見つけられなかった」とわずか3年で陸上部を退部。社業に専念する道を選んでいる。


同じく青学大勢でいえば箱根駅伝で3連覇を飾った第93回大会(2017年)で優勝ゴールに飛び込んだ安藤悠哉(愛知・豊川工業出身)は大学卒業後は競技を継続せず、ニューバランスジャパンに入社した。2021年10月にはプーマジャパンに転職して、現在はランニングの商品企画を担当。発表会ではメディアの前で最新モデルをPRするなど、ビジネスパーソンとして活躍している。


今回の若林の例に似ている選手が野球界にもいた。引く手あまただったものの、ビジネスの世界にシフトしたケース少なくないが、1988年の「ドラフトの目玉」と騒がれた慶応義塾大の志村亮投手(神奈川・桐蔭学園出身)はその筆頭格だろう。


東京六大学野球では5試合連続完封や53イニング連続無失点など数々の記録を打ち立て、プロ9球団からの誘いを受けた。しかし、「プロ野球は実力を試したいとかいう気持ちだけで入れる世界ではない。段々と現実が見えてきた。野球だけじゃないこともやりたい」と野球部すら存在しない三井不動産への就職を決めたのだ。社会人野球をやる意図もなかった。「幻のドラフト1位」と呼ばれた志村は58歳になった現在、子会社である三井不動産リアルティの取締役(執行役員)である。


■競技で結果を残しても社内で出世するわけではない


陸上に関しては先述した通り、箱根駅伝に出場した選手の多くは実業団に進む。


筆者(東京農業大)も1年時に箱根駅伝に出場した。当時も近年と同じように箱根駅伝に出場した選手の大半が実業団に進んでいた。1年時に4年生だった先輩はホンダ、ダイエー、日産、マツダ、NTT九州に実業団選手として入社して、ニューイヤー駅伝を走っている。


当時は漠然と、大学卒業後は地元(愛知)の実業団チームで競技を続けたいと考えていたが、2年時以降は故障に悩まされた。そして大学卒業後、スポーツライターの道を模索。現在に至っている。もし実業団に進んでいたら、スポーツライターにはなっていなかっただろう。


実業団選手には大きなジレンマがある。1年、現役生活を長く送ると、その分、ビジネスパーソンとして後れを取ることになるのだ(※実業団チームの場合、社業を大幅免除されているケースが多い)。以下のような例が実際にある。


実業団選手として同期入社したAさんとBさん。Aさんは2年で競技を引退して、社業に専念した。一方、BさんはAさんよりも実力があり、12年間競技を続けた。競技ではAさんより結果を残したはずのBさんだが、社業に専念したときにはAさんのほうが何段階も出世していたのだ。


もちろん、専念する時期が早い選手がすべてスムーズに昇進・出世できるわけではないが、競技後の長いセカンドキャリアを考えれば、中途半端な気持ちで続けることはできないだろう。しかし、明確な目標がなく、「他にやりたいことがないから」といった理由で実業団の道に進む選手は少なくない。そして大学時代以上に輝くことなく、シューズを脱ぐ選手を何人も見てきた。


これは箱根駅伝の人気が高すぎるゆえの弊害といえるかもしれない。


世界大会の代表を何度も経験して、実業団選手で長く活躍しているある選手は、こんなことを言っていた。


「大学時代は箱根駅伝というとてつもないモチベーションがありますが、ニューイヤー駅伝はそこまでのモチベーションにはなりません。かといって、世界を本当に意識している選手は少ないと思います。具体的にどこまでいきたいのか。ダメな選手は目標がないんじゃないでしょうか」


「マラソンで世界と戦いたい」とか「トラック種目で五輪に出場したい」など、明確かつ、強い意志がないと華やかな箱根駅伝を“卒業”した後に活躍するのは難しい。ストイックでエゴイストでないと実業団では“大成”しないのだ。そして、引退後のセカンドキャリアに悩む者も少なくない。


マラソンは気象条件とレース展開がタイムに大きく左右する。冒頭で紹介した若林が強かったのは間違いないが、レース直後には、「これが最後と思って走りました。これでやめるからこそ出たタイムだと思います」と話している。


若林が競技を継続すれば、2028年ロス五輪代表に選ばれる可能性もあるが、今回の自己ベストを更新できずに終わる可能性も否定できない。


箱根で燃やし尽くした若林の心の中に、陸上(マラソン)で新たな“絶対に譲れない野望”があるのかないのか。もし、それがなければビジネスパーソンとしてキャリアを積み上げ、「駅伝界の志村亮」を目指すのも悪くないかもしれない。


(初公開日:2025年2月14日)


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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)

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