『人を伸ばす力』 エドワード・L・デシ 自律性と有能感で、人は学び続けて成長できる

2023年7月13日(木)14時0分 KADOKAWA


「報酬はやる気を高める」と多くの人が思っている。
その常識を覆したのが、心理学者デシが書いたこの一冊だ。


オットセイの曲芸を見たことがある人は多いだろう。腹ペコのオットセイは飼育係が持つ魚を目当てに、前ビレで拍手したり観衆に手を振ったり、なんでもやる。オットセイを見て、こう考える人もいるかもしれない。
「同じように魚を与えれば、部下や子供も言うことをきくんじゃないかな?」
しかしオットセイはご褒美の魚がもらえないと、何もしなくなる。動機付け理論ではこれを「外発的動機付け」と呼ぶ。魚がなくなると外発的動機付けは消える。あなたは部下や子供に、魚が与えられなくても正しく行動してほしいはずだ。
心理学者ハリー・ハーロウは、サルの檻にパズルを入れてみた。すると何も報酬を与えないのに熱心に楽しそうにパズル解きに取り組んだという。ハーロウはこの現象に「内発的動機付け」と名付けた。要は「自ら学び、やる意欲」のことだ。


「報酬・脅し・競争」が内発的動機付けを弱める
デシは報酬で内発的動機付けがどう変わるか実験した。誰もが夢中になるパズルゲーム「ソマ・パズル」を見つけ、使うことにした。
学生を2グループに分け、1つはパズルを解くと金銭報酬を与える条件、もう1つは報酬を与えない条件で、30分間パズル解きをさせた。両方とも熱心にパズルを解いたが、問題はその後の休憩時間の行動である。
無報酬チームは「パズルは面白い」と思って、休憩時間もパズル解きを続けた。報酬チームは休憩中はお金がもらえないので、パズル解きをやめてしまった。報酬があることで、逆にパズル解きの面白さを感じなくなったのである。


デシは追加実験をした。無給で熱心に大学新聞を手伝っていた学生に報酬を支払った。お金が尽きて報酬が払えなくなると、学生は仕事に興味を失ってしまった。
人は誰からも指図されず自分で行動を選べる時、イキイキと行動する。人は「自律性を持ちたい」と思っているからだ。自律性とは、自分の行動を自分で決めることだ。
外発的動機付けでは自律性が弱まる。「誰かに統制されている」という感覚になり、「自分でこの行動を選んだ」という感覚が弱まる。だから内発的動機付けも弱まるのだ。


デシはさらに追加で、金銭報酬でなく「パズルが解けないと罰する」という脅し文句を使って実験をした。脅し文句は効果があり、パズル解きは順調に進んだ。しかしパズルを楽しむ感覚はすっかり消えてしまった。
人に圧力をかけるという点で、仕事の目標の押しつけ・締切設定・監視も「脅し」の一種だ。これらも内発的動機付けを低下させる。
デシはさらにパズルを2人1組で行い、タイムをより速くさせるグループと、相手と競争させるグループで比較してみた。タイムをより速くさせたグループの内発的動機付けは変わらなかったが、相手と競争させたグループは内発的動機付けが弱まってしまった。他人との競争も内発的動機付けを低下させてしまうのである。


つまり報酬・脅し・競争で、内発的動機付けは弱まったり、消滅してしまう
人は自らが行動を選択することで、その行動に意味を感じて納得する。
選択の機会が、内発的動機付けを高めるのだ。


内発的動機に欠かせない「有能感」
報酬が役立つ場面もある。ルーティンワークは報酬で統制することで生産性が上がることがある。ただし「報酬がある時だけやる」という態度が定着しサボる人も出てくる。
報酬を使う場合、注意点が2つある。
1つめは、報酬を使い始めたら、後戻りはできないことだ。金銭的報酬を得るために行動するようになると、その行動は報酬が与えられる間しか続かない。子供に「1時間勉強したらお小遣いをあげる」と約束すると、お小遣いがなくなると勉強しなくなる。
2つめは、報酬に関心を持つと、人は報酬獲得のため最短で手っ取り早いやり方を選ぶようになることだ。1時間勉強したらお小遣いがもらえる子供は、簡単な問題だけを1時間やり、難しい問題には挑戦しなくなる。
成果に見合う報酬は、たしかに人を動機づける。しかし仕事そのものではなく報酬に関心が向くようになり、手っ取り早い方法を選ぶようになる、ということである。
実際には内発的動機付けにも、報酬はある。それは「楽しさと達成感」である。
ここで欠かせないのが「自分はこの仕事をこなせる力がある」という「有能感」だ。この有能感は、誰でもできる仕事では得られない。自分の能力を最大限に発揮し、達成した時、初めて得られる。そしてこの有能感に、「この行動は自分が選んだ」という自律性が伴えば、大きな満足が得られ、仕事の成果もあがる。Book44『フロー体験入門』で紹介するフローは、これを高いレベルで実現した状態だ。
自律性と有能感のいずれか片方だけでは、内発的動機付けは高まらない。
自律性と有能感が両方ともない場合は最悪だ。抑うつなどの状態に陥ることもある。


「もっと統制しなければ……」の悪循環
常に好奇心と興味を持ち有能感と自律性を発揮できれば、人は成長し学び続けられる。
逆に管理・統制されると、人は無気力になり、自ら学ぼうとしなくなる。そして統制されないと何もできなくなってしまう。それを見て「もっと統制しなければ」と考えるマネジャーもいる。これは悪循環だ。
本当に必要なのは逆だ。統制はやめ、人の自律性を支援することが必要なのだ
その人を「1人の人間」として認めれば、人は「自分が有能で自律的だ」と考えるようになり、内発的動機を維持できるようになる。一人ひとりが「これは自分自身で選択して行動している」と心底感じられることが必要なのだ。Book47『選択の科学』でアイエンガーが「自己決定感が大切」と述べている点と共通している。
報酬を提供する場合も、その人の有能さを認め、自律性を損なわないように配慮することで、むしろ内発的動機付けが高まっていく。


Book32『エクセレント・カンパニー』Book33『ビジョナリー・カンパニー』で紹介した超優良企業は、組織として社員の内発的動機をうまく引き出している。
さらに新世代の組織のあり方を提案する『ティール組織』では、社員が自分で仕事の意思決定をすることで自律性を持たせて、社員の内発的動機を引き出すことにより、社員が幸せに働き、大きな成果をあげられる仕組みをつくっている。
一人ひとりから内発的動機を引き出すことこそ、組織が大きな成果をあげるカギなのだ。


もともと日本企業は、社員の内発的動機付けを重視していた。
しかしバブル崩壊後、日本企業は成果主義を導入し、こと細かに社員を統制するようになり、社員の自律性と有能感を損なっている面が目立つようになった。
改めて本書を読み、かつての日本企業の良さを見直してほしい。


【POINT】
管理と統制で人は学ばなくなる。必要なのは人の自律性を引き出すことだ


【出版情報】
『人を伸ばす力』新曜社刊行 著:エドワード・L・デシ 刊行日:1999/6/10


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