「ヒヒヒ」は「タカだ!」、「ピーツピ・ヂヂヂヂ」ならば?…200以上の鳥の言葉がわかる男
2025年4月26日(土)9時30分 読売新聞
シジュウカラが鳴くと、つい首を動かし周囲を確認してしまうそうで、周りからは「『シジュウカラっぽくない?』と言われることもある」と語る鈴木さん 題字/イラスト樋口たつ乃
街を歩いていて、「ヒヒヒ」と響く鳥の声を聞いて、「シジュウカラだ」と気づく人はかなりの鳥好きだろう。新刊『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)が評判の動物言語学者、鈴木俊貴さん(41)はそのはるか上をゆく。声を聞くと、鳥のように首を動かし、シジュウカラの天敵タカを発見するのだ。鳥の言葉を理解できる学者に自然界はどう見えるのだろう。東京・駒場にある研究室を訪ねた。
「言葉」人間だけの特権ではない
——「鳥の言葉について、著者自身の研究史と研究結果が具体的にわかりやすく述べられている。じつに面白い」。解剖学者の養老孟司さんが新刊を書評で絶賛しています。私も実に楽しく読みました。
鈴木 ありがとうございます。
——売れゆきもすごい。
鈴木 3か月で10万部を突破したそうです。
——1年のうち長いときには10か月ほど軽井沢の森にこもり、日の出から日没まで観察やいろんな実験を繰り返す忙しい日々の中で、どうして本を書かれたのですか。
鈴木 紀元前からずっと、言葉は人間だけの特権と考えられ、動物はワンワン、キャンキャンいっても、うれしい、怒っているという気持ちを表しているだけと考えられてきた。でも、そうした考えはまさに井の中の
シジュウカラはタカに気づくと「ヒヒヒ」、蛇に気づくと「ジャージャー」と声を使い分け、意味を伝えていることがわかってきた。そうして見えてきた世界の豊かさを、子供から大人まで多くの人に伝えたかったから、専門用語を一切使わずに書きました。
「お先にどうぞ」ジェスチャーも
——これまでに確認できたシジュウカラの言葉の数は?
鈴木 音声レパートリーは実に200以上。単語を組み合わせて文章をつくる文法力もあり、「ピーツピ・ヂヂヂヂ」だと「警戒して、集まれ」となる。シジュウカラが翼をパタパタってやるのは、「お先にどうぞ」という意味を示すジェスチャーだったことも世界で初めて突き止めました。
これまでの研究では、翼は飛ぶためのものとしてしか理解されていなかったんだけど、無心で観察すると、そうじゃないことがわかってくる。
研究というと、研究室にこもって細胞やDNAをいじるなど、ちょっと難しいことを想像する人が多いと思いますが、実は身近な野鳥観察でも、双眼鏡ひとつあれば、世界がびっくりするような発見ができるんです。
——でも、ふつうの人は、ポッポッポの
鈴木 ちょっと待ってください。今、鳴き声が聞こえませんでしたか。
——???
鈴木 窓の外でシジュウカラが「ツイ。ツイ」って鳴いていた。
——ちょっと高い声が聞こえたような……。
鈴木 そうそう!
——「ツイ」にも意味があるんですか?
鈴木 あります。それは餌を食べてる時、仲間の鳥に、「まだ近くにいてください」と伝える言葉です。餌を食べてる時って無防備になります。だから、外敵を見張ってほしいということなんですね。
——しかし、人間の声だけではなく、鳥など動物の言葉もわかると、世界は言葉であふれてしまう。うるさく感じることはないですか?
鈴木 ……。すいません。今、聞いてなかった。
僕ね、人がしゃべっていても、鳥が鳴いていると、こっちを優先しちゃうんで……。
ほら、またシジュウカラが鳴きましたよ。
——(笑)。
たまには嘘もつくシジュウカラ
鈴木 鳥たちのしゃべっている世界が、僕らの耳の近くにあることがわかると、めちゃめちゃ楽しい。みなさんだって、じっくり観察したらなんらかの気づきがある。それはもう絶対です。
山の中まで行かなくても、都心の緑地でもいい。最近は都内でもオオタカなど
たまには
でも、協力しあうこともある。ヒマワリの種など餌を見つけると、シジュウカラは「ヂヂヂヂ」、コガラは「ディーディー」と鳴き、「集まれ」ということもある。群れることで、天敵への警戒時間を分担するんです。彼らはかわいいだけじゃない。賢く巧みに生きている。それに気づけたことは僕の人生の宝です。
——それにしても鳥の言葉がわかるまでの努力は並大抵ではない。卒論研究のため軽井沢で3か月間、フィールドワークをした際、最後の1か月は米だけで暮らしたとか。
鈴木 最寄りのスーパーに買い出しに行くには往復で2時間かかる。その時間があれば実験が2、3回できる。それで朝昼晩の3食は、何もつけずにそのままいただく普通のごはん、お湯をかけたお湯ごはん、水で食べる水ごはんでしのぎました。
ごはんも食べる時の温度を変えると、口の中の酵素の働きで、ちょっと甘みが変わったりするんです。
——「寝食忘れて」とはいえ、忘れすぎでは(笑)。
鈴木 で、最後の1か月は5キロの米だけで生きていたので、めっちゃ痩せました。身長178センチあるんですけど、当時は8キロ痩せて、51キロまで落ちました。
観察と実験の繰り返し「まったく飽きない」
——「ジャージャー」というのが蛇を見た時の、怖い怖いという悲鳴なのか、それとも「蛇だ!」という言葉なのか、それを証明するために行った実験も、とても興味をひかれました。
鈴木 アイデアを思いつくまでに2年、実験は4年間繰り返しました。録音した「ジャージャー」という音をシジュウカラに聞かせたうえで、木の枝にヒモをつけて、蛇のように動かすと、どう反応するかを観察しました。心霊写真とかで、「ほらここに顔が見えるよ」と言葉でいわれると、頭にイメージが広がり、一瞬、顔に見えてくるでしょう。あれと同じで、「ジャージャー」と音を聞いた鳥は、蛇だと思い、普通なら見間違えない木の枝の動きを蛇だと錯覚した行動をする。
——何回やっても同じですか?
鈴木 いえ。一回
——同じことの繰り返しで飽きがこないのですか。
鈴木 まったく飽きないです。動物には言葉がないという従来の常識を覆すためには何年かかってもいいと思い、研究してきましたから。
それと、特定の目的にとらわれてものを見ると経験上、自然の見方が偏ってしまうことはわかっていたので、いろんな可能性を試した。「ジャージャー」以外の様々な音も聞かせ、木の枝の動きもいろいろ試してみた。するとワンシーン、ワンシーンがすべて新しいんです。
そうやって繰り返し、統計をとるうちに、「ジャージャー」と聞かせて、木の枝を蛇のように動かすときにだけ、シジュウカラが反応することがわかりました。
——本書は、そうした研究成果を見つけるまでの過程がじつに楽しそうですね。
鈴木 そうなんですよ! 最近は何でもすぐにインターネットで検索してしまうけれど、それで得られるのは誰かの記した情報だけ。そこに体験はないんです。
それで満足するのは本当にもったいない。一番面白いのは、ある結論にたどり着くまでのプロセスであって、そこで感じるワクワクこそが人生を豊かにしてくれるんだと思うんです。
すずき・としたか 1983年東京都生まれ。最初の記憶はアリの観察。高校時代、お年玉で双眼鏡を買ってから野鳥との距離が縮まる。立教大で博士号を取得。現在は東京大学准教授。
賞歴は日本動物行動学会賞など多数。今年は「鳥の言葉を解明し、動物言語学という新しい領域を切り拓いた業績」で英国・動物行動研究協会から国際賞を受ける。
『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)=写真=は初の単著。ゴリラ学の権威、山極寿一氏との対談『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社)もある。
(読売新聞夕刊「鵜飼哲夫編集委員の ああ言えばこう聞く」から転載)