都内の本土決戦用「浅川地下壕」は元飛行機工場、戦後一般公開されず…住民「こんなに大規模とは」
2025年5月26日(月)7時52分 読売新聞
航空写真を使い、浅川地下壕の説明をする中田代表(左)(八王子市内で)
太平洋戦争末期に本土決戦に備え、JR高尾駅近くに掘られた浅川地下
地下飛行機工場だった浅川地下壕は総延長約10キロの計画で、長野県の松代大本営と並ぶ全国屈指の規模の本土決戦用地下壕だった。多数の朝鮮人労働者や学生らを動員し、1944年9月に建設工事が始まり、45年2月に1期工事が完成。7月には現在の武蔵野市にあった中島飛行機武蔵製作所が疎開してきたが、間もなく敗戦を迎えた。
講演会では、97年に発足した「浅川地下壕の保存をすすめる会」の中田均代表(70)が写真や図、動画を使い、地下壕の歴史や概要、同会が壕内で発見したダイナマイトやトロッコのレールといった遺物などを解説。その上で、「戦争遺跡として、行政側が保全し、一般公開を進めてほしい」と訴えた。
講演会に参加した自営業の男性(71)は「一度機会があれば、中を見学したい」、地元で生まれ育った75歳の主婦は「地下壕があるのは知っていたが、こんな大規模な飛行機工場だったとは知らなかった」と話していた。
同会では定期的に地下壕の見学会を開いており、25日と6月8日の午後1時半から開催される。問い合わせは中田代表(042・652・0244、午前9時〜午後4時)。