一流ほど「のんびり」を大切にする…集中力の鬼・将棋の羽生善治が実践する「脳科学的に正しい」休日の過ごし方

2025年2月2日(日)7時15分 プレジデント社

第72期王将戦7番勝負第4局に勝ち、感想戦で対局を振り返る羽生善治九段=2023年2月10日、東京都立川市 - 写真=時事通信フォト

仕事で良い結果を出すにはどうすればいいのか。脳科学者の茂木健一郎さんは「脳には『アイドリング状態』のときに活発化する神経回路がある。時にはボーッとすることも必要だ」という——。

※本稿は、茂木健一郎『意志の取扱説明書』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。


写真=時事通信フォト
第72期王将戦7番勝負第4局に勝ち、感想戦で対局を振り返る羽生善治九段=2023年2月10日、東京都立川市 - 写真=時事通信フォト

■常にマインドフルネスの状態を保っておく


10年、20年かけていろいろな経験を積み上げながら、脳によい幻想を見せ、自由意志を育むことの大切さをこれまで述べてきた。


では、実際に判断をするというときに、どんな状態に体や心を整えておけばいいのかについて、記していきたい。


先ほど、宮本武蔵の『五輪書』のところでも書いたが、マインドフルネスの状態を保つことは重要だ。


マインドフルネスという言葉は、よく見聞きするようになったが、端的にいえば座禅中の、瞑想しているときのような状態を指す。そうした中であれば、多くのことを同時並列的に感じられる。宮本武蔵の言葉、「何かに注意を置きすぎてはいけない。全体を柔らかく見なくてはいけない」と重なる。


われわれがいい選択ができないときというのは、往々にしてマインドフルネスがうまくいっていないことが多い。テンパった状態になって目の前のことしか見ていなかったりする。


■成功者が口を揃えて言うのは、「タイミング」


たとえば恋愛でも、自分の思いばかりが先走ってしまい、相手が見えていない人は、恋愛に失敗することが多い。


ビジネスでも、自分がこういうことをやりたいという一方的な思いだけが強くて、相手企業の求めることや、社会状況がしっかりと見えていないと、失敗する。


僕も職業柄、いろいろな分野で成功した人たちに会ってインタビューをしてきたが、多くの成功者が口を揃えて言うのは、「タイミング」。


これはなかなか味わい深い話で、成功をしている人ほど、今はこの作品を出すタイミングではないということを察知して発表を延ばしたりする。その人たちは、今こそこの作品を出すべきだというタイミングを肌で感じるようなのだ。


それに比べて駄目な人は、何かを表現したいときに、自分の思いばかりが先走ってしまう傾向がある。だから一方通行になってしまう確率が高い。


ものを考えるときも、目の前のことに意識を奪われて視野が狭くなってしまうと、木ばかりを見て森をみない状態になって、別の視点から考えることができなくなって煮詰まるということがある。そういうときにマインドフルネスはとても役立つ。


■ボーッとしているときも脳は働いている


マインドフルネスのもう一つの効用は、脳内に「デフォルト・モード・ネットワーク」が働くようになることだ。


これはユニークな神経回路で、前頭前野や扁桃体といった、脳の各部位をつないで束ねる中心的な役割を果たしている。


通常、人の脳は考えごとをしているときに活発に動く。ところがデフォルト・モード・ネットワークは、そうしたときには活動をせず、ある意味ボーッとして何も考えていないときだけ活発化する特質がある。言わば脳がアイドリング状態のときに活発に活動する神経回路なのだ。


脳はアイドリングをしながら何をしているのかといえば、いままでの経験や知識、あるいはスキルといった情報整理や自分自身の振り返りである。僕はその状態を「閉店後のレストラン」と形容することが多い。客が帰って店が閉まると、ホッと一息つき、スタッフ全員がフロアに集まって、「きょう、こんなお客さんがいて……」「この料理を美味しいという人が多かった」「お客さまへの接客でよかったのは……」などと、その日の振り返りを行う。それによって、情報や感情をシェアする。それがすなわち、「デフォルト・モード・ネットワーク」の働きである。


■新しいアイデアが生まれやすくなる


そうした情報整理をすることで、頭がクリアになり、それまでに集めた情報や記憶が結びつきやすくなり、創造性が高まり、新しいアイデアも生まれやすくなるのだ。


写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn

マインドフルネスの状態になると、次のようなことも頭の中で整理されてくる。


自分の置かれている状況や、現在の時代の流れ、それに加えて自分自身のこと、たとえば性格、自分が夢見ていることとか、自分が目指している方向、行きたい場所、自分が成し遂げたいことなどをすべて把握した上で、今この状況でどういう判断をすべきか……。


■筆者が座禅をあえて推奨しないワケ


マインドフルネスの状態になるにはどうしたらいいのか。


座禅もその一つだ。瞑想状態に入るには、自分の呼吸や心臓の動きに注意を向けることだと言われている。


ただ、僕は座禅に代表される伝統的なマインドフルネスの手法をあえて推奨しない。というのは、僕自身も何回も座禅などをしたことがあるし、マインドフルネスの一派のような方ともよく会ったりした。しかし、そういう方に共通しているのは、意外と遠くの世界が見えていなかったりすることだ。マインドフルネスという、ある種理想化された「繭」のような世界に閉じこもっているとうまくいかないことが多い。


もちろんマインドフルネスができていない人が、いわば“クリニック”に行くような目的で座禅をやるのは一つの選択肢だと思う。その体験から、自分にその方法が合っていれば、続けたらいいだろう。


僕は恐山で、禅僧の南直哉さんのもとで座禅をやったことがある。そのときは「茂木さん、何かできてますね」と褒められた。僕はそれ以前からマインドフルネスになる自分なりの方法を体得できていたので、あえて座禅を続けようとは思わなかったのだ。


写真=iStock.com/SAND555
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SAND555

■ジョブズ氏とマスク氏の決定的な違い


その体験から言えるのは、マインドフルネス状態になれないと困っていない人が、お寺で座禅をして呼吸を整えても、なかなか瞑想状態に入れないかもしれない。無理はしなくていいと思う。


多くの人に聞き取り調査した結果からも、マインドフルネスと座禅の習慣はあんまり関係ないのではないかと考えている。もしかしたら、座禅をやる人たちがマインドフルネスの概念を間違って捉えているのかもしれない。


僕の評価では、スティーブ・ジョブズなどは、比較的座禅と親和性の高い人だったと思う。Googleも心を整えるマインドフルネスのために瞑想を採り入れた。しかしイーロン・マスクはそういうことはしない。ただ、マスク自身は、彼のXへの投稿など公開情報を読む限りでは、座禅をしていなくても、マインドフルネスが高い人だと見ている。しっかりと世の中の動きを視界に捉えているからだ。


マスクの場合は、柔術のようなアクティブなマインドフルネスが合っているのかもしれない。


■シャワーを浴びれば「感覚遮断」の状態になる


マインドフルネスの文化にも流行り廃りがあって、人によって合う合わないがある。これがよいという風にお勧めするのは難しいが、とにかく日常を忙しくして、ムダに歩いたりする暇もない人、なおかつストレスアウトしているエグゼクティブに向いているのはシャワー。超多忙な人がいいと言っているのも最近よく耳にする。


シャワーを浴びているときは、いわゆる「感覚遮断」の状態に置かれるからだ。シャワーを浴びている数分間が、事実上、メディテーションタイムになるというわけだ。お風呂にゆっくり浸かる時間的余裕がない人でも、シャワーを浴びるぐらいはできるだろう。シャワーを浴びているときにはSNSもやれないから、仕事の情報から遮断される。完全にリラックスできる時間だろう。


写真=iStock.com/ben-bryant
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ben-bryant

■羽生善治氏は「休みの日」に何をしているのか


僕が今まで会った人の中でもっとも「マインドフルネスな人だ」と思ったのは、前記した棋士の羽生善治さんだ。ある番組で対談したときに、僕は興味があって聞いたことがある。


「羽生さんは、休みの日は何をされているんですか?」


すると羽生さんはこう答えた。


「ソファに座ってのんびりしています」


“のんびり”って何をしているのだろうと、さらに尋ねた。


「本を読んだり音楽を聴いたりしているんですか?」
「いや、ただソファに座って何時間もボーッとしているだけです」



茂木健一郎『意志の取扱説明書』(実業之日本社)

羽生さんは将棋を指すとき、千手先まで読んでいるという。一つの手を考えるのに約1秒かかるというから、次の一手を指すのに一時間かかることもある。名人戦ともなると、朝の9時から夜9時まで将棋を指すという対局が丸2日間続く。常人には到底不可能なほどの、すさまじい集中力と情報処理能力が求められることは、想像に難くない。


羽生さんがオフの日に何時間もボーッとしていたい気持ちも少しわかる気がした。


そうしたマインドフルネスの時間には、先ほど触れた「デフォルト・モード・ネットワーク」を活性化させることができる。これはランニングをしているときにも機能が活発になる。僕はランニングを続けているが、確かに、その効果を実感できることがある。


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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。クオリア(感覚の持つ質感)を研究テーマとする。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。近著に『脳のコンディションの整え方』(ぱる出版)など。
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(脳科学者 茂木 健一郎)

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