藤井聡太や羽生善治はここが抜群に優れている…盤面を前にした天才棋士の脳内で起きていることを解説する
2025年4月10日(木)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sirichai_asawalapsakul
※本稿は、島青志『いつもひらめいている人の頭の中』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
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■人間の脳とAIの決定的な違い
AIと比較して人間の脳がどれほど効率的なのか、事例で説明しましょう。
現在のAIといえば「ディープラーニング」の仕組みが知られていますが、2012年に最初のディープラーニング・システムが行ったことは、「猫の画像を正しく判断する」ことでした。
2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士率いるGoogleのチームは、YouTubeに上げられた約1000万枚の猫の画像を使って、AIに学習させたと言われています。
つまりAIが猫を認識するのに、それだけの学習が必要であるということですが、人間の子どもは、数匹の猫を見て教わっただけで、次から「猫」を認識できるようになりますよね。1000万匹対数匹。単純に言えば、私たちはAIの数百万倍も学習効率が良いのです。
また、AIと人間の闘いでよく知られているのは、囲碁や将棋などのゲーム対決です。チェスや将棋ではすでに人間を上回ったAIと人間との最終決戦が、囲碁AI(アルファ碁)と当時のトップ棋士、イ・セドルとの囲碁対決でした。
2016年に行われたこの最終決戦はAIが勝利したのですが、本番でアルファ碁を動かすため、1000台以上のAIコンピュータが稼働していました。対局は負けましたが、考えようによっては、イ棋士はたった一人で1000台以上のAI相手に、互角に闘った勝負だったとも言えます。ここに私たちが脳のリミッターを外し、限界を突破する鍵があります。
■「ひらめき」とは何か
なぜ人間の脳はこれほど効率の良い仕組みなのでしょうか。脳にあってAIにないものを考えてみるとわかります。
結論から述べましょう。それは「感情」であり「美意識」です。
脳は感情のラベリングで、インプットされた情報を取捨分別する仕組みがあります。
もちろんこれを間違えると大事な情報を捨て去ってしまうことになりますが、正しく脳を使えば、膨大な情報の中から、本当に大事な情報にアクセスすることが、誰にもできますし、それを最高の形で「アウトプット」することも、誰にでもできます。
この「最高の形のアウトプット」こそが「ひらめき」であり「創造性」にほかならないわけですが、「感情」や「美意識」を意識することで、脳のリミッターを外し、限界を超えることが誰にでもできるのです。
本稿では、それがどういうものなのか、順を追って説明していきたいと思います。
■考えて出る答えには限界がある
ここでもまずは「やってはいけないこと」からお話ししましょう。
それはAIに負けまいと、一生懸命考えてしまうこと。AIに対抗するかのように、とにかくたくさんの知識をインプットしようと「努力」してしまうことです。
学校の試験で間違った解答をしたり、日常生活でミスをしてしまったとき、先生や親から「もっとよく考えなさい!」と怒られた経験がありますよね?
先生や親がそう言うのは、「どんな問題であっても、たくさん考えれば考えるほど、より正しい解答を導くことができる」という前提があります。確かに学校の勉強や、与えられた仕事をきちんとこなすためには、「もっとよく考える」のは大事なことです。
私たちはこのように教えられているので、どんな問題であっても「もっとよく考える」ことで正解が導かれると思いがちです。
しかし残念ながら、それが通用するのは、予あらかじめ正解が決まっているもの、問題ページの次をめくれば「解答」が書いてあるものに限られます。
学生時代は、机に向かって問題と答案用紙を配られたら、「解答と同じ答え」をたくさん書ける人が優秀とされましたが、一歩社会に出ればそういう問題は、ルーティンワークやマニュアル仕事など、ごく一部に過ぎません。
■脳の貴重なエネルギーの無駄遣い
来週の天気や、投資したい株の将来の価値、営業会議のプレゼン、明日のデートに着ていくべき服装など、ある程度のレベルまで達したら、あとはいくら考えたところで正解の確率が上がるわけではないことでも、「もっとよく考えよう」という教えの呪縛からなかなか抜けられないことが多いですよね。
はっきり言えば、これは脳の貴重なエネルギーの、無駄遣い以外の何ものでもありません。
デートの服に悩むくらいなら、まだ微笑ましいですが、答えの出ない問題を無限ループのように考え続ければ、当然脳は疲弊します。そうなっても、まだ考え続けて脳が壊れてしまう(=精神を病む)人も少なくありません。
こういうのを「ぐるぐる思考(反芻思考)」と呼びますが、うつ病や不安障害などでよく見られる症状です。「ネガティブ思考」(悪い方向に考えること)が良くない、などと書かれている記事も見られますが、ポジティブ、ネガティブの問題よりも「答えが出ない問題について、無限ループで考え続ける」のが脳に悪影響を及ぼしていると考えるべきでしょう。
写真=iStock.com/ra2studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ra2studio
そして、創造性やひらめきが必要な問題というのは、100%「よく考えても答えが出ない問題」です。こういう問題は今まで親や教師に教わったように「もっとよく考える」で対処しようとしても、うまくいかない。うまくいかないどころか、創造性やひらめきに蓋をして、一生懸命リミッターをかけている行為にほかならないことを、私たちは自覚する必要があります。
■「正解にはたどり着かない問題」の解き方
このように「もっとよく考える」のは、創造性やひらめきに近づくどころか、逆効果であり、脳にリミッターをかけてしまう行為です。
では私たちはどのような頭の使い方をすれば良いのでしょうか。
AIを含むコンピュータシステムは、「よく考えれば正解にたどり着く問題」を解くのが得意です。アルゴリズム問題とか論理的思考問題という言い方もしますが、系統立てて考えることで、正解や最適解を導くことができます。
最近「AIが人間を超えた(る)」とか「AIが人間の仕事を奪う」というニュースや記事をよく目にします。これはアルゴリズム問題を解くスピードが、AIは人間よりも遥かに速いということです。しかしこういう問題は、私たちを取り巻く問題のごく一部に過ぎません。
もう一方の「いくら考えても正解にはたどり着かない問題」ですが、このような問題はヒューリスティックな問題、あるいは創造的問題といいます。アルゴリズム(論理的思考)問題では、AIも人間も同じ解き方をしますが、ヒューリスティックな問題では、そのやり方が異なります。
そして大事な点は、この「正解にはたどり着かない問題」を解いても、求められるのはあくまで「うまくいく確率」であるということです。したがってデートの服装問題では、絶対(100%)正しい答えは得られません。
■プロ棋士の脳内で起きていること
その代わり、ヒューリスティック(創造的)な問題では、失敗(デートの相手との相性が合わなかったなど)もあり得る代わりに、待ち合わせに現れたあなたを見て、思わず惚れてしまうというような予想以上の「成果」を挙げることもあり得ます。
こういったヒューリスティックな問題の解き方の違いがわかりやすいのは、前述した囲碁や将棋などでのAIと人間(プロ棋士)の対戦です。
将棋や囲碁のプロの対戦を見ていると、一手にかける時間が長いことに気づきますよね。
素人同士の対決だと数秒から数十秒で指し(打ち)合うことが多いのに対し、プロ棋士は数十分、時には1時間以上かけて一手を指し(打ち)ます。囲碁の例ですが、一手を打つのに16時間という記録もあるそうです。
この「長考」と呼ばれる深い思索中のAIとトップ棋士の脳の中を覗いてみましょう。
ディープ・ブルー(チェス)やアルファ碁といったAIは、一手を指す(打つ)ごとに繰り返しシミュレーションを行って、最も勝つ確率が高い手を選びます。一手だけでも何十通りの手がありますから、数手先を読むだけでも何千何万通り、すぐに何億通りやそれ以上の桁になります。
この読みを、AIは膨大なデータとそれを処理する計算力を駆使して行っています。
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32
■長考とは「直感→それを検討している」時間
一方で人間の棋士の場合、「直感」が先に来ます。特にプロ棋士は、数秒足らずで「ここだ」という手を直感的に見つけ出します。その後の持ち時間を使って、直感で見つけた手をシミュレーションして、うまくいくか検証していきます。
島青志『いつもひらめいている人の頭の中』(幻冬舎新書)
このプロセスを、羽生善治さんは著書『直感力』(PHP新書)の中で「ひらめき」「読み」「大局観」と表現しています。また、羽生さんはインタビューで、一瞬の直感が後の論理的な検証を導くと語っており、そのひらめきの精度が勝負を左右すると述べています。
私も友人のアマチュア棋士に話を聞いてみましたが、プロと同じような流れで思考を進めるそうです。直感で「ここに指したい」と思った手を、その後の検討で裏付けていくというわけですね。
これが「ヒューリスティックな思考法」です。もちろんトップ棋士だけができる思考法というわけではなく、私たち誰もが普通に行っていることです。
ただもしかすると、今まで機械的(アルゴリズム)に思考しすぎて、いわゆる「勘が鈍っている」人がいるかもしれませんし、あるいは、そもそもそういうやり方(があること)を知らないで、ヒューリスティックな問題に対しても、アルゴリズム問題を解くようなやり方で臨む人もいるかもしれません。
この状態が、先ほど述べた「答えの出ない問題を無限ループのように考える」状態なのです。
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島 青志(しま・せいじ)
経営コンサルサント
アート、デザイン、システム論を基盤に、経営理論や最新の脳科学研究を踏まえ、実践的なアプローチを提供するブルーロジック社長。リゾートホテル業や会計事務所で接客や経営に携わった後、インターネット業界へ転身。インターネットベンチャーやネット広告会社で新規事業を数多く立ち上げ、2010年に独立。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員として研究論文を多数執筆。著書に『熱狂顧客のつくり方』(IBCパブリッシング)、樺沢紫苑氏との共著『ソーシャルメディアの達人が教える リンクトイン仕事革命』(ソシム)がある。
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(経営コンサルサント 島 青志)