世界一のファウンドリTSMC誘致、国策会社ラピダス設立は、日本の半導体産業に何をもたらしたか?
2025年2月6日(木)4時0分 JBpress
かつて最先端の半導体技術を誇っていた日本。だが、今や半導体市場の勢力図は大きく塗り替えられ、日本企業は外国企業に大きく水をあけられている。AI(人工知能)の「頭脳」であり、経済安全保障の「重要物資」とされる半導体製造において、日本は再び輝きを取り戻すことができるのか? 本連載では『半導体ニッポン』(津田建二著/フォレスト出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。日本と世界の半導体産業の「今」を概観しながら、世界市場の今後を展望する。
今回は、半導体産業の再興を狙った日本政府の2つの取り組み、「TSMC誘致」と「ラピダス設立」の背景と意図を読み解く。
再び半導体の気運が高まる
1990年代中ごろから2010年ごろまでは経済産業省主導でSTARC(半導体理工学研究センター)や、Selete(半導体先端テクノロジーズ)やASET(超先端電子技術開発機構)Asplaプロジェクト、MIRAIプロジェクトやHALCAプロジェクトなど、さまざまなコンソーシアムやプロジェクト、半導体産業の調査会社(シンクタンク)などが組織化されたが、残念ながら日本の半導体再興には結びつかなかった。
最大の原因は、前節で述べたように総合電機の下に半導体部門があり、自由に動けなかったことにある。世界の潮流と同じ方向、すなわち成長する方向に歩むことができなかったのである。
最近になって、ルネサスエレクトロニクスのように総合電機とは完全に独立して動けるようになった企業から、少しずつ成長していけるようになりつつある。創業の母体であった日立や三菱電機、NECなどの株式を処分し、自由に動けるように組織を活性化したためだ。経産省もTSMCの国内誘致やラピダスの設立支援などにより、日本国内で半導体産業への理解が少しずつ深まりつつある。
■ TSMC誘致は何をもたらすか?
経産省がTSMCを誘致した時、これで日本の半導体産業が活性化するとは到底思えなかった。
すでに先端プロセスではNANDフラッシュのキオクシアがあり、AIチップやシステムLSIではルネサス、iPhoneカメラに採用されているソニーセミコンダクタソリューションズのイメージセンサ、さらに外資系の工場ではTIの会津工場、美浦工場、日出工場があり、オンセミの会津工場、UMCの三重工場などがある。この上にTSMCが来たところで、日本の半導体は盛り上がるだろうかと疑念を抱いた。
しかし、現時点で世界一の製造専門のファウンドリ企業であるTSMCは、提示する給料から違う。TSMCの熊本工場における日本法人JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)が示した初任給では、大学卒が28万円、修士卒が32万円、博士卒は36万円だったが、熊本県が調べた地元企業の大卒エンジニアはわずか19万円だったという。
最近の円安による影響もあるが、TSMCは日本国内の地元の給料よりもあまり大きくしないことを考慮して初任給を決めたという。これでも、この給与レベルは台湾の従業員の7割しかない。
TSMCの誘致効果は、日本の学生にとっても良い影響を与えた。学部4年生と大学院で半導体を学んでいた院生の就職先は、5〜6年前はコンサルティング企業や金融関係などが多く、半導体のスキルを生かせる企業の選択肢はあまりなかった。しかし、最近はTSMCに就職する学生・院生が増えつつあり、大学で学んだ知識を生かせる仕事に就けることは長い目で見ると日本にとって好ましい。
これまでのところ、TSMCは日本人エンジニアとの共同作業を通じて、第2工場を熊本に建てることを決めている。TSMCは、熊本よりも前に米国アリゾナ州に先端工場を立てることを決めていた。しかし、いまだに工場は完成していないようで、半導体人材の不足が取りざたされている。2028年末までには稼働させたいと期待されている。
政府の補助金も24年5月に出たばかりだ。またドイツのドレスデンにも工場を建設することを決めているが、24年の第4四半期に建設を開始すると5月に発表した。
■ 補助金700億円を得たラピダスの誕生
経産省は、外国企業の誘致だけではなく、国内にも製造会社を設立させるため、民間企業7社(トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、キオクシア、NEC、NTT、ソフトバンク)から10億円ずつと、三菱UFJ銀行から3億円を出資させたラピダス株式会社を2022年8月に資本金73億円で設立させた。
半導体工場を設立するには、従来プロセスでさえ5000億円程度はかかる。わずか73億円の資本金ではとても賄いきれない。
そのためにNEDOのプロジェクトとして「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」を成立させ、このうちの「研究開発項目②先端半導体製造技術の開発」に関する実施者の公募を行い、採択審査委員会での審査を経て、ラピダスの採択を決定した、という形を採った。これにより初年度として700億円の補助金を得て、企業運営を始められるようになった。
もちろんこの程度では先端半導体工場はできない。当初2nm(ナノメートル)プロセスを使うラピダスの工場には2兆円が見込まれていた。2023年には補正予算によって3300億円、24年度には5900億円を支援する。合計9200億円を超えたが、最近になって5兆円かかると言い出している。
最近では、メディアが経産省にメールでの取材を申し込んでも答えないというケースが起きているが、国民の税金を使う以上、説明責任はあるはずだ。
世界の半導体工場を見ても100%政府の投入した補助金を当てにした半導体企業は一つもない。
共産主義の中国でさえも出資によって株券と交換するという形を採るが、ラピダスは国が出資はせず、返却不要の補助金であるからこそ、資金調達という点で甘やかした半導体企業といえる。本当に世界の半導体と戦えるのか、ここに疑問を持つ業界人は極めて多い。
ラピダスには確かに問題は多い。だからといってラピダスはダメだと決めつけるつもりはない。たくさんある問題をビジネス開始までに一つ一つつぶしていけばいいからだ。ただ、その覚悟があるのかが問われている。
■ ラピダスに続くファウンドリ企業の登場
ラピダスが国策会社でうまくいくはずがないという業界人の意見は耳にタコができるほど聞いた。しかし、「ラピダス効果」はあった。第二のファウンドリを目指す本当の意味でのビジネスが二つ生まれてきたからだ。
一つは2022年12月に生まれたJSファンダリだ。ここはアナログやパワーデバイスとして微細化しないデバイスの製造を引き受ける製造サービスを提供する。新潟県小千谷市にあるJSファンダリの工場はもともと米国のアナログとパワー半導体のオンセミから工場を買ったもの。
オンセミは300㎜工場を欲しがったが、それは米国のグローバルファウンドリーズから購入できたため新潟工場を手放すことになり、買い手をずっと探していた。オンセミは、もともと三洋電機の半導体工場だった、この新潟工場を高く評価していた。
もう一つは、台湾のPSMC(パワーチップ半導体製造会社)と日本のSBIホールディングスが共同でファウンドリ工場の設立を発表したことだ。2023年に宮城県の大衡村にある第二仙台北部中核工業団地に設立することを決めた。
一部は2027年稼働、残りは2029年稼働を予定しており、投資額は初期段階で4200億円、最終的には8000億円超を見込むとしている。24年7月に両社の合弁会社であるJSMCホールディングスのオフィスを仙台市青葉区に開設した。
しかし、「補助金申請する場合は10年間の量産継続を政府が要求」「SBIが具体的な財務計画を示さなかった」という2点の理由で共同事業は解消になった。
<連載ラインアップ>
■第1回ソニー、ルネサス、キオクシア…日本の3大半導体企業は世界売上高トップ10圏外から巻き返せるか?
■第2回 世界一のファウンドリTSMC誘致、国策会社ラピダス設立は、日本の半導体産業に何をもたらしたか?(本稿)
■第3回ルネサス、ソシオネクスト、ソニー、キオクシア、東京エレクトロン…成長を続ける半導体企業に共通する稼ぎ方とは?
■第4回 なぜエヌビディアCEOは社長室を持たず、シリコンバレーのエンジニアはファミレスで議論するのか?(2月20日公開)
■第5回 半導体産業で今後も有望な企業は? エヌビディア、クアルコム、TSMCがファブレスとファウンドリで成長し続ける理由(2月27日公開)
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筆者:津田 建二