なぜスタバはフラペチーノを売り、音楽レーベルを立ち上げ、映画に関わるのか? 企業の成長を狂わす「3C」とは
2025年2月19日(水)4時0分 JBpress
競争の激しい飲食業界の中でも唯一無二の存在として強いブランド力を保つ「スタバ」。安易な低価格路線に与せず、質の高い顧客体験価値を提供する独自のマーケティング戦略とは? 本連載では『スターバックスはなぜ値下げもCMもしないのにずっと強いブランドでいられるのか? (新装版)』(ジョン・ムーア著、花塚恵訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、内容の一部を抜粋・再編集。スターバックス社内において暗黙の知見として共有されてきたビジネスルールの一端を紹介する。
今回は、市場で圧倒的な地位を獲得したにもかかわらず、スターバックスがリスクを取り続ける理由、企業の成長を狂わす「3つのC」について解説する。
自己満足に陥るな、現状維持に抵抗せよ、うぬぼれをうち砕け。
市場を独占し、目下のところ強力なライバルも見あたらないのだから、そんなにあくせくしなくてもいいのではないか、とスターバックスに対して思うかもしれない。スペシャルティコーヒー市場を基本的に独占し、その勢いだけで「世界中に最低3万店舗」という会社としての目標を達成できるのではないか。
だがスターバックスは、いつ何どき、今の成功が音をたてて崩れ落ちるかわからないという考え方をする企業なのである。市場がラテ愛好からエスプレッソ追放に突然変わるかもしれない、という危惧を抱いている。
スターバックスは色々な面で、会社を立ち上げた当初の心意気でビジネスに従事している。いつまでも起業精神を忘れずにいるのは、「3つのC」に屈しないことにしているからである。3つのCとは、Complacency(自己満足)、Conservation(現状維持)、Conceit(うぬぼれ)。この3つのせいで、多くの企業の成功や成長が狂わされてきたのである。
■企業の成長を狂わす3つのC ①自己満足
Complacency(コンプラセンシー=自己満足)とは、現状の自分に満足してしまっていることである。この状態にあると、順調に進んでいると思い込んで、その妨げとならないよう、新しいことを何もしようとしない。
スターバックスが現状に満足していたなら、1995年にフラペチーノを発表しなかっただろう。そんなことはせずに、単なるラテのアイスバージョンで十分だと思ったに違いない。フラペチーノ類は店舗の年間売上の20%近くを占めるので、フラペチーノがメニューに加わらなかったら、今ほどの規模にはとても成り得ていないはずだ。
また、現状に満足していたなら、ランチビジネスに対して10年以上も継続して力を注いだりしないだろう。コーヒーがビジネスの核であることに変わりはないが、フードはビジネスチャンスとして捉えているのである。午前10時から午後2時の来店客を増やす試みとして、サンドイッチやランチタイムに提供するフードに多くの時間と資金を費やしてきた。まだこの点については問題が残っているが、引き続き力を入れていくつもりである。
新しいことに挑戦し、違った見方で物事を捉えると、企業は現状のビジネスの上にあぐらをかいていられない。確かに、新しい試みは、失敗することもあれば素晴らしい成功を収めることもある。活発なビジネスには陰と陽があるからこそ、注目をひき、人の心を惹きつけ、成功につながるのだ。
■企業の成長を狂わす3つのC ②現状維持
リスクを負うことをやめた企業は、保守的な意思決定を下すようになってしまう。企業が保守的になると、今あるものを大きくするのではなく、守ることを前提に決定を下す。
スターバックスが保守的であれば、ヒアミュージック・ビジネスを通じて音楽産業にかかわることはなかっただろう。店内に流れていた音楽の人気が高かったのは事実だが、カフェでCDを買ってもらうことを期待するのはリスクだった。だが、このリスクをとったことで、音楽レーベルとしての信頼と売上を得ることになり、十分な成果をあげることになった。
リスクに立ち向かう精神は別の部分でも発揮している。ヒアミュージックレーベルと同じ部門であるスターバックスエンタテインメントが、映画制作配給会社のライオンズゲートと提携し、映画『アキーラ・アンド・ザ・ビー』の宣伝活動を行うことにした。これはスターバックスエンタテインメントにとって初の試みだった。保守的な企業なら絶対に冒険しない分野だろう。
この提携により、ライオンズゲートは、スターバックスの顧客という映画の想定ターゲット層にうまくマッチした見識ある人々に、独自にアプローチすることができた。スターバックスにとっては、キャラクターフィギュアや大がかりで派手な宣伝など、ファーストフード店が映画とのタイアップでよく実施するような手段を使わずに、自分たちが良い作品だと思うインディペンデント系映画を顧客(カスタマー)に紹介する機会となった。
映画が公開される直前の2006年4月、ハワード・シュルツは「ちょうど音楽で示したように、スターバックスは最終的に映画業界のマーケティングと配給のルールを変えることができるだろう」と語った※1。公開前に映画を見たバリスタたちは、スターバックスの口コミキャンペーンの力で成功させたいという希望に胸をふくらませた。
※1「スターバックスエンタテインメント部門とライオンズゲート社が、従来の映画界のマーケティングと配給を変えるために提携したと発表」/Business Wire(米国企業ニュースリリース)2006年1月12日付 forbes.com
音楽や映画への取り組みが長期的に成功するという保証はないが、失敗するという保証もない。それがリスクを負う魅力だ。保身に回らない企業は、他社が絶対に立ち入らない事業を試し、そして成功を勝ちとることができるのである。
■企業の成長を狂わす3つのC ③うぬぼれ
うぬぼれた企業は、外的な消費者ニーズよりも内的なビジネスニーズを優先するようになる。
スターバックスがうぬぼれていたなら、市民団体の要求を受け入れて、ホルモンフリー(ホルモン剤を投与されていない牛の)ミルクや公正取引認定を受けたコーヒー豆を使用するようにはならなかっただろう。ホルモンフリーのミルクと認定コーヒーに対する要求は、次第に大きくなりつつある。公正取引に関する議論は、いまだ大きな課題である。
スターバックスはお客様に喜んでもらいたいし、コーヒー農家にも適切な代金を支払いたいと思っているが、品質と味に妥協を許すつもりはない。入手可能な最高のアラビカ種を購入し、高水準の味を守っている。お客様が期待する味と質を提供する——これがスターバックスの最優先事項である。大量の認定コーヒー豆を購入することが可能だからといって、コーヒーの品質水準を落とすつもりはない。
現在、認定コーヒー豆がスターバックスの総販売量で占める割合はごくわずかであり、そのほとんどは認定コーヒー単独で販売されるのではなく、「スターバックスハウスブレンド」などに混ぜて使用されている。しかし、認定コーヒーの品質が改善されれば、スターバックスで扱われる量は今後増えるだろう。
正しいことを正しく行うことの重要性はスターバックスも分かっている。ここで言う正しいこととは、社会的道義に則ったミルクと、コーヒー農家を過酷な状況から守るコーヒーを品揃えに加え、お客様に選択の余地を与えることである。批判や提案に耳を傾け対応しているのは、スターバックスが自社の利益に沿って動いているか、お客様のためを思って動いているかは、お客様が常に教えてくれると理解しているからである。
3つのCに陥らないように努めているから、スターバックスは常に活動的になることができ、コーヒー業界やグローバル市場で生き残ってこられた。何よりも、従業員がリスクを負い、大きな目標を抱き、成功の度合いに関係なく謙虚な姿勢を忘れなければ、どんな企業も生き残っていけると証明してくれたのである。
<連載ラインアップ>
■第1回「お客様感謝デー」で大失敗 スタバが「低価格戦略」と決別し、「完璧な一杯」にこだわると決めた教訓とは?
■第2回 なぜスタバはフラペチーノを売り、音楽レーベルを立ち上げ、映画に関わるのか? 企業の成長を狂わす「3C」とは(本稿)
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
筆者:ジョン・ムーア,花塚 恵