「絶対安全」と騙して捨て駒のように働かせる…「東電から6番目の下請け」底辺作業者が見た原発作業のリアル

2025年3月12日(水)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

東日本大震災から14年がたった。事故を起こした福島第一原発は、その後どのようにして収束作業が行われたのか。ジャーナリストの堀潤さんは「発災から1年余りがたったころ、数枚のSDカードが福島から送られてきた。元原発作業員が目撃した杜撰な労働実態が記録されていた」という。その衝撃の告発内容の一部を『災害とデマ』(集英社インターナショナル)より紹介する——。

■営業マンを辞めて、原発作業員に応募


2012年5月。私はひとりの男性と福島県で出会います。林哲哉さん。当時40歳。


長野県で内装や建設関係の仕事を続けた後、自動車関連の会社で営業マンとして働いていましたが、原発作業員として福島第一原発で働くことを決めたばかりでした。


林さんは「テレビや新聞を見ていても、現場の実態がよくわからないんです。福島第一原発で、いったい何が起きているのか。もはや、自分で確かめにいくしかないと思いました」と語ります。


原発事故から1年が経っても、なかなか進まない被災者への補償。総理大臣が冷温停止状態と宣言しながらもトラブルが絶えない原発の収束作業。事故後の政府や東京電力の対応の中で働く日常の中で感じてきたジレンマや違和感に通じるものがあったといいます。


写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

誰の目線で仕事をしているのか?


被災した人たちの立場に立った政策がとられているのか?


情報公開も徹底されず、自分たち一般人は、原発事故の収束作業がどの程度まで進んでいるのかも正確なところがよくわからない。廃炉の現場を目指す理由を教えてくれました。


■「内部の実態を明らかにしたい」


会社を辞め、ネットの求人サイトで見つけた原発作業員の募集に思いきって応募することにしました。


高い放射線に身をさらされたら、いったいどうなってしまうのか。


そのとき、家族からは心配され、自分自身も正直なところ恐怖を感じているというのが率直な気持ちだといいます。


しかし、それでも作業員として内部の様子を直にこの目で確認して、情報を求める一般の多くの人たちに伝えたいという思いが強くなっていきました。


そんな折にSNSを通じて、わざわざ会いに来てくれたといいます。


「たしか堀さんは、一般の人が発信するのを支援するプロジェクトを進めていると投稿していましたよね? その中で、自分が作業員として見てきたことを発信できないでしょう?」


林さんはまっすぐ私の目を見てそう語りました。とてもありがたい申し出でした。


そこから、林さんが福島第一原発に向かうまでの期間、取材のノウハウを身につけるトレーニングや必要な機材の使い方をレクチャーする時間を設けました。


「今、生まれた子どもたちが、将来大人になり、20年、30年後も原発事故の収束作業に駆り出されているかもしれません。未来の子どものためにも、作業員の労働環境が少しでも改善されるよう、内部の実態を明らかにしていきたいです」


林さんは、こうした私との時間を経て、その1週間後、東京電力福島第一原発の作業員として、浜通りに向かいました。その取材の成果はその後、全国放送のニュースで報道されるほどのスクープにつながっていきます。


■2カ月後、一報が入った


「堀さん、ちょっとおかしなことが起きてるんですが、話を聞いてもらえますか?」


林さんからSNSを通じて連絡があったのは、6月下旬でした。


写真=iStock.com/RayaHristova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RayaHristova

作業員として福島第一原発に向かってから2カ月ほどが経過していました。


冒頭のメッセージに加え、1枚の写真が添えられていました。


それは履歴書の写真でした。職歴欄にいくつか社名が書かれていました。


「これ、読めます? 自分の履歴書ですが、働いたこともない会社の名前を書けと言われ書かされました」と林さんからのメッセージが続きます。


私は「どういうことですか?」と返信し、時間を合わせ、オンラインのビデオ通話で詳細を聞きました。


当時、林さんは原発作業員の拠点になっていた福島県いわき市、堀は留学先のロサンゼルスにいました。あまり回線の状況が良くなく、途切れ途切れになりながらも、ひとつひとつ説明を聞きました。


■担当者から渡された“ニセの履歴書”


そこでわかったのは、雇い主が、林さんたちのような応募者に嘘の職歴を書かせ、原発作業経験者と偽って、元請けなどに送り込んでいるという杜撰な雇用の実態でした。


そもそも、林さんがネットを通じて申し込んだ相手は、事故対応を行なう会社の下請けの下請けのような個人事業主でした。


林さんと同じように全国から応募した人たちがいわき市内の安い温泉宿に集められたといいます。


出身は、九州、四国、関西など幅広い地域からでした。中には、10代の若者たちも2、3人含まれていたといいます。応募者の多くが、原発で働いたことのない初心者ばかりでした。


林さんたちの仕事は、雇い主に連れられて、元請けといわれる発注元の事業所で説明を受けるところから始まりました。


雇い主から「失礼のないように」とたびたび念を押され、さらに別の事業者の事務所に連れて行かれたといいます。元請けの担当者からの挨拶や説明が行われた後、ようやく雇用契約を結ぶことになりました。


その際、下請け企業の担当者から封筒の中に入った書類を渡されました。中身を確認すると、自分の名前や生年月日がすでに記入されており、さらに職歴欄には見知らぬ企業の名前が書き込まれていました。


担当者から「この見本の通りに履歴書を書いて元請けに提出してほしい」と指示されたといいます。


写真で送られてきた履歴書は、まさに最初に渡された経歴詐称を行うための見本の紙でした。


■求人主は「多重下請け構造の6番目」だった


その偽の履歴書は、林さんだけではなく、他の十数名にも同じように手渡されました。一瞬、別の応募者たちと顔を見合わせ「これは不正ではないか」という空気が広がりましたが、林さんによると、誰も異を唱えなかったといいます。


原発での労働経験のない素人に噓の経歴で下駄をはかせて、原発に送り込んでいるという実態。林さんの送ってきてくれた資料はそれを裏付ける証拠と証言でした。


「最初の雇い主と、その後に訪ねた事務所の企業名などはわかりますか?」と訪ねると、林さんが企業名をメモにまとめて送ってきてくれました。林さんがネットを見て申し込んだ求人の主は、東京電力を頂点にした多重下請け構造の6番目に位置していました。


その上には、小規模から中規模までの元請け企業の名前が連なっていました。


林さんがのちに確認したところ、その中には、これまで原発構内での作業にかかわってこなかった土建業者なども含まれており、原発事故以降、仕事を失い、自分たちの従業員の生活のためにもなんとか除染や原発の収束作業の仕事を引っぱってきて食いつないでいるということもわかりました。


「他にもいろいろおかしなことがあるんです」と、林さんからの連絡は続きました。


原発事故から2年の福島第一原子力発電所。4号機の上層階の瓦礫が建物の横に横たわっている。2012年12月18日(写真=Gill Tudor/IAEA/IAEA Imagebank/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

■仕事内容は「後方支援」と聞いていたが…


当初、説明を受けた仕事の内容は現場作業員の後方支援でした。機材の受け渡しや、運搬、管理の仕事です。


しかし、元請けの説明会に参加すると、原発構内で高濃度の放射性物質に汚染された水が漏れだしている場所に、放射線量を抑えるためのゴムマットを敷く作業だと説明されました。


毎分1ミリシーベルトを超える高線量作業現場で、酸素ボンベを2本背負うことになるという内容でした。


嘘の履歴書で送り込まれた作業員たち。研修の機会もほとんどなく、経験の無い中、過酷な業務に従事することになったのです。


毎分1ミリシーベルトを受ける作業に従事すると、少なく見積もっても、3日も働けば当時設定されていた年間被曝の上限の50ミリシーベルトを超えてしまいます。


林さんは首をかしげました。雇用の契約は1年間。その上限では、たちまち働けなくなってしまいます。


「おかしくないか?」と周囲に話を向けてみるものの、同僚の作業員たちは、そもそも放射線量の基準や法律で定められている上限値なども知らず、あまりピンときていなかったといいます。


■「危険なのでは?」雇い主の返答は…


林さんは、元請けへ派遣している雇い主に直接「高線量の作業になるとは聞いていなかった。1年も働けないのではないか?」と、疑問をぶつけましたが、その返答は驚くべきものでした。


「身体に浴びた線量は8日経てば半減し、やがて消えてなくなります。蓄積はしません。蓄積していったら、僕らだって働けないじゃないですか」


これは完全に誤った説明です。SNSで発信すれば、直ちにデマだと指摘を受けるくらい稚拙な説明でした。


写真=iStock.com/Ignatiev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ignatiev

放射性物質の核種の中で、確かにヨウ素131の半減期は8日間です。しかしそれは、作業員が浴び続けた放射線による身体への影響とはまったく別の話です。放射線を浴び続けることで、受ける身体的ダメージが8日で半減し、やがて消えてしまうということではありません。


被曝に関する知識を持たない作業員たちに、嘘の説明で働かせ続けようとする杜撰な労働実態を林さんがつかんでいたのです。


■告発前夜、林さんが語ったこと


そして、林さんは、それらのやりとりをすべて、映像や音声で記録していました。


「SDカード5枚分くらいになりますが、資料も保管してあります。自分が見聞きした実態を、実名で8bitNewsで発信させてください」と申し出てくれました。


写真=iStock.com/PixelsEffect
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PixelsEffect

とても重たい、内部告発です。


林さんは、多重下請けの中で起きるさまざまな問題、10代の若者たちが満足な研修も受けられないまま高い放射線の現場で働かされていること、また劣悪な環境が放置されれば将来の廃炉作業員の確保もままならないことなど、広く社会に訴えたいと、思いを聞かせてくれました。


それまでメディアで報道される作業員からの内部告発はほぼ匿名で行われていたこともあり、林さんは、顔と名前を出すことに意味があると、決意も伝えてくれました。


しかし、実名での発信には、いろいろな圧力が加わります。林さんを守りながら発信するためには私の力だけでは不十分だと思い、以前より取材を通じて親交のあった、非正規労働者などの労働組合・派遣ユニオンの関根秀一郎さんに支援を求めることにしました。


組合、弁護士、そしてマスメディア、さまざまな守りと監視の体制を事前に準備しながら、告発を進めていきました。


■「SDカード」に記録されていたこと


オンラインでのインタビューから、およそ2週間後。


福島県から私のいるロサンゼルスにSDカードが届きました。


写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

「線量が8日で半分になり消えてなくなる」という担当者の説明や、毎分1ミリシーベルトという高線量の現場での作業についての説明会の様子などが記録されていました。


そこにいた、18歳、19歳の3人組は、関西から仕事を求め、たまたま見つけた求人広告でいわきまでやってきたといいます。バイト感覚でやってきて、知識や技術もないまま現場に投入されていたのです。


収束作業の司令塔になっている免震棟内部の映像もありました。作業員目線で記録された映像はとても生々しいものでした。当事者だからこそ記録できる実態です。


白い防護服に身を包んだ作業員たちが図面を囲み、作業手順の確認などを行っていました。


そんな中、林さんが、元請けの社員である現場の責任者に詰め寄っている様子も記録されていました。


■「自分の子供だったら行かせますか?」


「10代の若者が満足な研修も受けられないまま、だまされるようにして高線量の現場に送り込まれようとしていますが、なぜこうした状況を放置しているのですか?」と、マスク越しのこもった声でしたが、林さんの語気に力が入っているのがわかります。


責任者は「業務の内容は説明して発注している」という説明を繰り返していました。林さんは、さらにこう質問を重ねます。


「自分の子どもも同じような状況で原発に送り込めますか?」。


責任者は「たしかに自分の子どもだったら行かせられない」と視線を落としました。


これらの映像は8bitNewsで編集した後、林さんのインタビューを加えて、YouTubeを使って発信されました。


テレビや新聞、雑誌など各社からの取材依頼が林さんに寄せられ、報道ステーションの当時のキャスター古舘伊知郎さんが「林さんに会いたい」と直接インタビューをして、大きく取り扱ってくれたことにも感激しました。


■この原発は、1ワットの電気も生み出さない


映像が投稿されてからおよそ3カ月後の12月、東京電力は下請け企業全社に対して、現場の実態調査をかねたアンケートを実施。林さんへのヒアリングも行い、多重構造の中で起きるさまざまな課題、賃金や労働環境の実態把握につとめたいと説明し、関連企業に改善をうながしました。



堀潤『災害とデマ』(集英社インターナショナル)

私は、一連の告発を翌年12月、ドキュメンタリー映画『変身 Metamorphosis』の中核シーンに盛り込み、劇場公開をして回りました。


ラストシーンに盛り込んだ、林さんの言葉です。


「実際に現場を見て状況がよくわかりました。作業員を都合良く使い捨てするように働かせていたら、誰も現場で働かなくなります。原発の収束作業は40年も50年もかかるという印象を受けました。今、生まれた子どもたちが次の世代にわたって、この作業を引き継がなくてはならないんです。今、働く労働者の環境を整えておかなければ、1ワットも生み出さない原発のために負の連鎖が続くだけなのです」。


写真=iStock.com/Andreas Nesslinger
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andreas Nesslinger

ひとりの市民の告発が、社会を動かした瞬間でした。林さんがこだわった丁寧な事実の収集と映像の力でもあります。


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堀 潤(ほり・じゅん)
8 bit.news CEO・ジャーナリスト
1977年生まれ。立教大学卒業後、NHK入局。「ニュースウオッチ9」「Bizスポ」などの報道番組を担当。2012年、市民ニュースサイト「8bit.news」を立ち上げる。13年春にNHKを退職。
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(8 bit.news CEO・ジャーナリスト 堀 潤)

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