習近平主席の高笑いが聞こえてくる…「トランプ関税」に世界が怯える裏で「中華EV」の浸食が止まらないワケ
2025年3月24日(月)9時15分 プレジデント社
貴州省黔東南ミャオ族・トン族自治州を視察した習近平国家主席=2025年3月17日 - 写真=Xinhua/ABACA/共同通信イメージズ
■大恐慌の歴史は繰り返すのか
足許、世界的な貿易戦争激化の恐れは高まっている。米国が発動した鉄鋼とアルミニウムに対する25%の関税に対して、欧州連合(EU)とカナダは報復措置を発表した。中国も、米国の農産物に対する追加関税の引き上げの対抗措置をとる。トランプ氏は、そうした各国の対応に対し厳しい対抗措置をとると明言している。トランプ政権の関税率引き上げをきっかけに、世界的な貿易戦争に発展する様相を呈している。
そうした動きは、1920年代後半からの大恐慌時、当時のフーバー大統領の関税引き上げ政策を彷彿とさせるものがある。フーバー大統領は、世界経済の落ち込みに対して自国産業を守るため関税を大幅に引き上げた。それがきっかけに世界貿易戦争に発展し、大恐慌を深刻化させることにつながった。
これまで世界を牽引してきた米国経済は、ローン延滞率の上昇など不安要因が顕在化し始めている。それに加えて、トランプ政権の関税引き上げ政策でインフレ懸念の再燃などの不透明要因が増えており、景気後退懸念も少しずつ高まっている。先行き不透明感の高まりで米国では株価が下落し、ドル離れの動きから金の価格は史上初めて3000ドル/オンスを突破した。
■米国の混乱の最中、中国はわらう
そうした不安定な経済状況の中、中国の株価は上昇基調だ。その主な要因として、激化する貿易戦争の状況下、中国が有利な位置をとれるとの見方が増えていることがある。近年、AI分野での追い上げが顕著だ。また、中国企業は電気自動車(EV)、太陽光パネル、車載用のリチウムイオンバッテリーや絶縁材分野で大量生産体制を確立し、価格帯の低いボリュームゾーンをおさえた。
写真=Xinhua/ABACA/共同通信イメージズ
貴州省黔東南ミャオ族・トン族自治州を視察した習近平国家主席=2025年3月17日 - 写真=Xinhua/ABACA/共同通信イメージズ
ヨーロッパでも、中国企業は米国の関税政策の間隙を縫ってEV分野で地歩を築いている。米国が関税引き上げに注力している隙に、中国は米国の関税政策と直接関係のない国や地域との関係を強化し、貿易戦争の中で“一人笑っていられる”地位を手に入れつつあるように見える。
■「世界は米国から金をむしり取っている」
トランプ政権の発足以降、米国政府は中国、カナダ、メキシコに対する関税を発動した。品目別の関税賦課も実施し、鉄鋼・アルミの関税を引き上げた。トランプ氏は、「世界中が米国から金をむしり取っている」と発言し、貿易相手国に対する強硬姿勢は鮮明だ。
米金融大手キャンター・フィッツジェラルドのトップを務めた、ラトニック米商務長官は、「鉄鋼・アルミニウムに対する25%の関税は、国内生産が回復するまで続ける方針である」という。トランプ氏は、EUの報復措置のバーボンウイスキーやハーレーダビッドソンのオートバイに対する関税を批判した。対抗措置として、ヨーロッパ産ワインをはじめアルコール飲料に200%の関税をかける考えを示した。
3月10日、カナダ、オンタリオ州政府のフォード首相は、対抗措置として対米電力料金の引き上げを表明した。将来的な送電停止にも言及した。その後、トランプ氏はカナダの鉄鋼・アルミ関税を50%にすると脅した。最終的に、オンタリオ州の首相は電力料金の引き上げを撤回した。
■日本のコメが「700%の関税」というデマも
トランプ氏の主要国への対応からは、「米国は相手が譲歩するまで関税を引き上げ、自らの考えに従わせる」ということだろう。米国が、相手国が設けている関税や非関税障壁(税制や市場慣行、規制)を加味し対等と考えられる“相互関税”を実施する可能性は高いと考えられる。
一連の関税引き上げは米国、および世界経済にマイナスの影響を与えるだろう。この点に関してベッセント財務長官は、そうした影響は一時的な“デトックス(解毒)”だと指摘した。
民間部門の活力向上に加え、関税を引き上げて経済安全保障体制の再整備を進める。それは、一時的に企業の供給網再編などのコストを伴うが、中長期的には米国経済の成長期待の向上に寄与する。それがベッセント氏の考えなのだろう。問題は、それが一時的なコストで済むか否かだ。長期化すると、そのデメリットは米国だけではなく、世界経済の下押し圧力になる。
トランプ政権は、わが国が輸出するコメについても「関税率が700%と高すぎる」と誤った数値で批判した。安全保障を米国に頼るわが国にとって、トランプ政権が重視する関税引き上げ、それによる貿易戦争激化といったマイナスの影響は軽視できない。
■「5年で5倍」中国製自動車という新たな脅威
一方、中国では、米国以外の国や地域に進出する企業は増加傾向にある。特に、アジア、南米、アフリカやロシアなど新興国市場で中国企業の存在感は高まっている。
新興国と中国の通商取引は、米・中の関税合戦や先端分野での対立と直接的な関係はない。米国が関税引き上げに躍起になっている間、新興国市場などは世界のボリュームゾーンアクセスを中国に譲っているようだ。
象徴的な品目はEVだろう。2019年、中国の新車輸出台数は102万台だった。2024年は586万台にまで増加した。エンジン車を含め、アジアやロシア向けの自動車輸出は増加傾向にある。わが国の自動車メーカーが高いシェアを獲得した、ASEAN新興国地域ではBYDなど中国企業が進出し競争は激化した。
写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
■「中華EVがあふれている」欧州委員長の悲鳴
昨年、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「域内市場に中国製のEVがあふれている」と懸念を表明し、中国で製造されるEV(欧州メーカーのモデルも含む)に関税をかけた。中国企業が欧州市場に深く浸透していることを象徴する措置だった。
BYDなど中国の自動車メーカーは、リン酸鉄系のリチウムイオンバッテリーの量産体制を確立し、バッテリー分野でも海外進出は加速している。バッテリーの関連部材や車載用ソフトウェアにも同じことが当てはまる。また、中国政府は国有自動車大手の経営統合を重視している。鉄道分野と同じように、中国の政府系企業が統合し米国以外の市場への中国製品の流入は加速するだろう。
トランプ政権が重視する鉄鋼・アルミに関して、中国が米国に直接輸出する数量はカナダを下回っている。また、中国企業はベトナムなどに拠点を設けて主要国や新興国向けの輸出を増やそうとしている。
スマホ、5G相当の通信基地、医療機器や医薬品、家電、汎用型の半導体といった分野でも中国企業は新興国向けの低価格帯の品揃えを増やした。ディープシークのR1をはじめとする中国AI関連分野の成長加速によって、ソフトウェア関連の新興国向け輸出も増えると予想される。
■VW、ルノーは中国事業の強化を発表
現在、欧州の企業は、景気が相応に底堅く推移してきた米国市場で事業を強化したいだろう。しかし、トランプ政権の政策がどうなるか、その予想は難しい。先行きが見通せない中で、企業が大きなリスクをとるのは困難だ。同じことは、米国やわが国など主要国の企業にも当てはまる。
フォルクスワーゲン、ルノーは相次いで中国事業の強化を発表し、ソフトウェアが性能を決める自動車(SDV)の開発期間短縮などに取り組む方針だ。それは、中国の自動車関連企業にとって、欧州市場でのシェア拡大を目指す追い風になりうる。
新興国の政策にも変化が表れた。米国では、イーロン・マスク氏がトップを務める政府効率化省(DOGE)が政府職員の大規模リストラを実施し、米国際開発庁(USAID)は事実上閉鎖された。
その一方、中国は新興国向けの金融支援を強化し始めたようだ。コロナ禍の発生以降、アフリカ諸国の財政状態は悪化した。ザンビアやエチオピアは国債の元利金を約束通り支払えない“デフォルト(債務不履行)”に陥った。
■トランプ政策の最大の敗者は米国自身か
これまで米国の金融支援の実行が、当該国の経済の立て直しに重要だったのだが、トランプ政権は対外支援の縮小を重視している。米国の国際開発庁(USAID)の事実上の廃止はその象徴ともいえる。その隙を突くように、中国が一帯一路の沿線国に追加の金融やインフラ投資の支援を提案すれば、米国よりも中国との関係を重視する国は増えるはずだ。
中国のIT先端分野や人権、海洋進出、過剰生産能力の廉価輸出を食い止めるため、米国にとって環太平洋パートナーシップ協定(TPP)のような対中包囲網は必要だった。しかし、現在、多国間の政策連携を強化して、経済面から中国の対外進出を食い止めることは難しくなった。
その中でトランプ政権が関税引き上げや、欧州などに防衛費負担引き上げを求めれば求めるほど、世界は多極化に向かう可能性はある。そうした変化をとらえ、中国が新興国や欧州市場での地歩を固め、メリットを手に入れようとする動きは強まるだろう。トランプ政策で最もデメリットを受ける国の一つは米国かもしれない。そしてメリットの受ける国の一つは中国になりそうだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)