「翔平に僕は何も教えていません」元監督・栗山英樹さんが断言「日ハムの大谷」が「世界の大谷」になれたワケ
2025年4月4日(金)8時15分 プレジデント社
対談する横田南嶺さんと栗山英樹さん - 写真=齊藤文護
■栗山英樹「自分はダメな選手だった」
【横田】栗山監督はいつもサインを頼まれると、「夢は正夢」と書かれていますが、夢を正夢にするためには何が大切だと思われますか?
【栗山】「ああなりたい、こうなりたい」と誰しも夢を描きますよね。でも、「こうなる」「こうする」と言い切れる選手は意外と少ないんです。先ほど自分しかスイッチを入れることはできないと言いましたけれど、自分が本気で「なる」と決めれば、今日何をしなければならないのかが具体的になり、練習もこれだけはなんとしても絶対にやる、という信念を持ってぶれなくなります。そして、自分で決めたことを自分でやり切る体質をつくっていくことができます。「なりたい」と「なる」の違いというのは、この差じゃないでしょうか。
【横田】「なりたい」と思うのと「なる」と言い切るのでは全然違うわけですね。
【栗山】そうです。僕はテスト生からプロに入ったんですけど、あまりのレベルの差にすぐに自信をなくしてしまいました。能力も全然足りなかったし、ダメな選手でした。その中でたった二人だけ、僕のことを認めてくれた人がいました。一人はスワローズの二軍監督をしていた内藤博文さん、もう一人は内藤さんから紹介してもらった整体の先生です。
■「正夢にする」努力をしなければならない
一年目の秋に、内藤さんがその先生に、「ちょっと栗山をなんとかできないか」と相談したようなんです。で、お会いしたときに言われたのが、「夢を持つのはいい。ただ、正夢、つまり現実にできなければなんの意味もない。努力しても形にならなければダメなんだ。現実にしろ。私は君ならできると思って言っている」という言葉でした。
誰しも夢を持って、そこに憧れて努力していればそれでいいと思っているけれど、それでは意味がない。夢を現実にしなければ頑張っている甲斐がない。そう厳しく説き諭してくれたんです。
【横田】「夢は正夢」という言葉には続きがあるんですよね。
【栗山】「夢は正夢 歴史の華」です。要するに、やり切って夢が正夢になったときに、一人ひとりの人生が輝き始める。そうすると歴史に名前は残らなくても、誰かがその姿を見て頑張ろうと思ったり、周囲にプラスの影響を与えることができる。たとえば、そういう夢を正夢にしようとする先人の努力の積み重ねによって、日本の歴史というものも続いてきているんだと思います。だから、ぼーっと夢を見ているだけじゃダメなんですね。夢を正夢にするために努力をしなければならない。具体的に行動をしなければならない。そういうことだと僕は思っています。
僕自身、誰にも相手にされなかった中で信じてくれる人がいたことが何より嬉しく励みになりました。そしてこの言葉がスッと入って、絶対に試合に出てやると思ったときに、吹っ切れて練習に取り組むことができました。その結果、3年目に初めて開幕一軍を勝ち取り、5月末に初のスタメン出場を果たすことができたんです。
写真=齊藤文護
対談する横田南嶺さんと栗山英樹さん - 写真=齊藤文護
■経験したことは全部生きてくる
【横田】その言葉を受け止めて自分のものにされた。まさしく今回のWBC優勝で夢が正夢になり、花が開いて野球の歴史に名を刻むことになったわけですが、選手として苦労された体験もすべて名監督を生む土壌になっているんでしょうね。
写真=iStock.com/eric1513
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/eric1513
【栗山】いやいや、僕は名監督じゃないです。ただ、今考えるとメニエール病で野球ができなくなったり、そういう経験が全部生きているというか、大きくプラスになった感じがします。命までは取られないんだからなんとかなる。そう思って前進してきました。
【横田】監督は「たくさんの選手に接してきて分かったことは、人は絶対に変われる、ということです」とおっしゃっていますね。これは今思うようにゆかなくて苦しんでいる人にとっては勇気の出るメッセージではないでしょうか。
【栗山】仏教の世界でもそうだと思うのですが、すべてのものは変わり続けますよね。そのことをちゃんと理解して前に進むかどうかによって、結果というものが大きく変わってくるのかなと思うんです。
■“指導者”は上から手を差し伸べようとしてはダメ
【横田】私は35歳から修行僧を指導する役目を仰せつかりましたが、その当時は先代がまだ現役の管長で、その下で若い雲水(うんすい)(禅宗の修行僧を指す言葉)たちの指導をすることになったんです。私などは禅の世界で生きるために自分で努力をしてやってきたのですけれど、雲水たちは皆がそういうわけではなく、お寺の跡取りで本当に何も知らずに来た子もいます。
すると、最初の段階ですでに随分差がございましてね。それを指導するようになると、先代の前でつい愚痴を口にすることがございました。「この頃の修行僧はこんなことも知らないんですよ」と先代に言うと、案の定怒られてしまいました。
そのとき、先代がこう言ったんです。「倒れた人を起こすにはどうする? 上から手を差し伸べようとしたってダメだぞ」と。普通であれば、倒れている人に手を差し伸べて引っ張り上げればいいと考えるところですけれど、それではダメだと言うんです。
【栗山】そういうときはどうすればいいんですか?
■目線を下げて、一緒にやる
【横田】先代は丁寧に教えてくれました。「上から引っ張ろうとするんじゃないんだ。下に下りていくんだ。それで、自分もそこで一緒に転ぶんだ」と。これは禅の語録にもある話です。龐居士という父親が娘の霊照と一緒に道を歩いているときに躓いて転んでしまった。そうしたら助けに行った娘も一緒に転んで、一緒に起き上がったというんですよ。
問答はそれだけですけれど、この娘は修行して悟りを開いたような娘なんです。だから、普通であれば「お父さん、何をやっているの」と上から手を差し出して引っ張るところですが、そうはせず、転んでしまった父親の痛みや苦しみを自らも味わおうとして一緒に転んだんです。
先代はこの話を引き合いに出して、「お前は上から引っ張ろうとしている。それじゃダメだ。彼らが躓いているところに自分も下りて行け」と私に教えてくださったのでございます。私は最初、今まで修行してきた立場から人を引っ張り上げようとしていたんですね。「俺について来い」というようなものです。でも、うしろを見たら誰もついて来ない(笑)。なるほどな、と思いました。
【栗山】目線を下げて一緒にやっていこうということなんですね。
■「本当の自主性」は内側から出てくる
【横田】ただ、それは一面であって、そういう観点も確かに大事なのですけれど、それだけでは人は育たないと私は思います。本当の自主性というものは、やはり自分の内側から出てくるものでなければいけません。だから、禅の本質を伝えていくためには、何も教えず、何も手出しをせず、ただその人が育ってくるのを待つしかないんです。
自主性というものは、「自主性を伸ばしましょう、みんな自主性を大事にしましょう」と言われて育つものではない。これは言われてやっているわけですから、本当の自主的ではないんですね。
本当の自主性を育むには、一緒にやることと本人に任せることの二つが必要であると私は思っています。どちらかだけではダメだと思います。下りていってあげるという導き方もできなければいけませんし、一切教えることもしないというのも大事なことです。これは禅の世界で昔から言われていることです。
私も長年指導してきて思うのは、教えて育てたのはその程度にしかならないということです。本当にすごい人というのは、教えなくても自分でやって来る。だからそれを待て、ということなんですね。これは真実だと思います。
写真=齊藤文護
横田南嶺さん - 写真=齊藤文護
■大谷翔平は“自主性”の持ち主
たとえれば、天然か養殖の違いです。一つひとつカリキュラムを与えて教えたとしても、それは自分が教えたものですから自分以上のものにはならない。しかし、組織にはそういう人材がたくさん必要です。そういう人材がいないと組織は成り立ちません。
だから一つひとつ丁寧に教えて、言われたことを忠実に実行できるという人も必要なのですが、同時に、「勝手にやってくれ」と言って任せる部分がないと本当に自主性のある人が育ちません。言われたことしかできない人ばかりでは、組織は弱っていくだけで将来の展望も描けませんよね。
栗山監督のお話を聞いていると、大谷翔平さんというのはそういう自主性の持ち主のように思えますね。もちろん栗山監督の影響は大きいのでしょうが、誰かが教えて大谷翔平をつくったというのではないように感じます。
【栗山】その通りです。翔平に僕は何もしていないですね。
【横田】やはり自ら考えて自らやるべき課題を見つけてやっているのですか?
【栗山】はい、もう全部自分で。たぶん誰にも教わっていないと思います。
【横田】そうでしょうね。禅の世界でも、禅を次の世代に伝えていくような人物は、誰かが教えたわけではなくして自分でやって来て、「とてもじゃないがこいつには敵わないな」という人物になっています。だから、そういう人が来るのを待て、という教えがあるんです。こういうことが伝えられているものでございますから、先代からは「30年、1人の人材を待て」と、こう教えられました(笑)。
【栗山】ああ、そういうものなんですね。
■大谷は自分で考え、自分で答えを出してきた
【横田】だから大谷さんの話を聞いていると、そういう人はもう誰かが教え込んで、こう練習してこうやれというのとはレベルが違うんですね。そういう人が野球界を引っ張っていくのでしょう。
でも、大勢の人たちには少年野球から野球の喜びを教えてあげることも大事ですよね。そういう人たちが野球界を支えていくのでしょう。この2つがどうしても必要なんじゃないでしょうかしらね。これは禅の世界から見て思うことですが、監督は大谷さんを身近で見ていてどう思われますか。大谷翔平はなぜ世界の大谷翔平になったのか。
【栗山】いやいや、管長が今おっしゃったことは僕が感じていることそのものです。整理していただいてありがとうございます。確かに翔平はそういう人材なのだと思います。もちろんご先祖様からの遺伝子がうまく組み重なって、あれだけの体格と能力が生まれているのは事実ですけれど、僕が彼を見て思っているのは「自分で考えて自分で答えを出してきた」ということです。
僕は、自分で考えてやったことしか失敗したときにプラスにならないという話をよくするんです。人から言われたことを鵜呑みにしてやっていると、うまくいかなかったときに本質的に自分のせいにならないので進み方が遅いんです。翔平もそういう感覚を持っていると思います。二刀流という前例のないことに挑戦するに当たっても、練習メニューを最後は全部自分で考えなきゃいけないわけですからね。
写真=共同通信社
タイガース戦の7回、左越えに2号ソロを放つドジャース・大谷(=2025年3月27日、ロサンゼルス) - 写真=共同通信社
■懇切丁寧に教えるだけでは、人は育たない
ですから、常に自分で考えて自分でやることが習慣になっていて、それがああいう選手をつくり上げたということでしょうね。子供のときから、できるだけ自分で考えて失敗する、自分で考えて成功する。そういう経験をたくさんさせてあげる必要があるというのが、僕が彼から得た学びですね。
【横田】禅に「教壊」という言葉があるんです。『鈴木大拙一日一言』(致知出版社)にはこう説かれています。「禅の言葉に『教壊』というのがある。これは、教育で却って人間が損なわれるの義である。物知り顔になって、その実、内面の空虚なものの多く出るのは、誠に教育の弊であると謂わなくてはならぬ」
もちろん懇切丁寧に教えることも時には必要でしょう。特に最近はそうしないとついてこられない人が多くなりました。しかし、それだけで人は育たないと思います。先にも申し上げたように、自主性というのはその人の中から内発的に湧き出てくるものでなければなりませんので、何も手出しをせずにただ待つしかない。
そして指導する側はただ見出していけばいいんです。それゆえ、教える側は目を曇らせてはいけないし、教えて壊すことをしてはいけない。この両面が不可欠なのではないかということですね。そう考えると、今の教育は子供に一律に教え込もうとして素質を潰しているような面があるんじゃないかという気もしますね。
■聖夜にもバッティング練習をしていた
【栗山】翔平は人に教えないんですよ。皆、彼に教わりたいから聞きに行くじゃないですか。でも、自分と人は違うので、自分のオリジナリティをつくったほうがいいと翔平は思っているんですね。人に教わると違う方向に行ってしまうし、体つきも能力も違うから、人と同じようにやっちゃうと壊れる可能性があるということだろうと思います。
【横田】以前、栗山監督に見せてもらって驚いたのは、大谷選手がバッティング練習をしている映像です。何に驚いたかというと、その日付ですよ。2016年12月24日午前1時、その年、ファイターズは日本一になっています。
日本一になるといろいろな祝賀行事があって、ようやくクリスマスの頃になると落ち着き、家族や友人と過ごしたりするんでしょうけれど、彼は夜中の1時にバッティング練習をしている。ああ、なるほど、こういうところが違うんだと思いました。チームメイトと食事をしたりお酒を飲んだり、それは何が楽しいんですかと大谷さんは言うそうですね。
写真=iStock.com/shih-wei
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shih-wei
【栗山】そういうことに時間を使うよりも、練習したり睡眠を取ったり、最大限のパフォーマンスを発揮できるように準備して、5万人の観客を沸き立たせる喜びのほうが遥かに大きい。だから、今は遊んでいるときじゃないと。
■名選手は“尋常ではない努力”をしている
その2016年、翔平は紅白歌合戦の審査員を頼まれて受けるんですけれど、そのときに出した条件がありましてね。年末年始ってチームの合宿所が全部閉まってしまうんですよ。だから、その間の練習場所を確保してくれるならやってもいいですよって。いついかなるときも生活の中心に野球がある。
栗山英樹、横田南嶺『運を味方にする人の生き方』(致知出版社)
【横田】ああ、練習場所を確保してくれるなら、という条件で。普通じゃございませんね。
【栗山】僕もそれを聞いてやるなと思いました(笑)。やっぱり長嶋茂雄さんでも王貞治さんでも、名選手は人知れず尋常ではない努力をしていますよ。そうでないとあそこまでは行けません。
【横田】大谷さんってどんな人物なのか、機会があればどこかで一遍お会いしてみたいですね。紛れもなく歴史に残る人物だと思います。しかし、翻って言うならば、日本にプロ野球の歴史がなかったら大谷さんは生まれなかったわけですよね。長嶋さんや王さんがいて、イチローさんが出てきて……というように、プロ野球の歴史の伝統の中から生まれてきた人と言ってもいいでしょうね。
【栗山】すべてが繋がっているのだと思います。プロ野球だけでなく、何世代も日本の先人たちが積み重ねてきてくださったものの集大成という感じがします。そういう先輩方がいなければ翔平は生まれていなかっただろうというのは確かに感じることですね。
----------
栗山 英樹(くりやま・ひでき)
元野球日本代表監督/野球解説者
1961年生まれ。東京都出身。創価高校、東京学芸大学を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルト・スワローズに入団。89年にはゴールデングラブ賞を獲得するなど活躍したが、1990年に怪我や病気が重なり引退。引退後は野球解説者、スポーツジャーナリストに転身した。2011年11月、北海道日本ハムファイターズの監督に就任。翌年、監督1年目でパ・リーグ制覇。2016年には2度目のリーグ制覇、そして日本一に導いた。2021年まで日ハムの監督を10年務めた後、2022年から日本代表監督に就任。2023年3月のWBCでは、決勝で米国を破り世界一に輝いた。
----------
----------
横田 南嶺(よこた・なんれい)
臨済宗円覚寺派管長、花園大学総長
昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行、足立大進管長に師事。11年、34歳の若さで円覚寺僧堂師家(修行僧を指導する力量を具えた禅匠)に就任。22年より臨済宗円覚寺派管長。29年12月花園大学総長に就任。
----------
(元野球日本代表監督/野球解説者 栗山 英樹、臨済宗円覚寺派管長、花園大学総長 横田 南嶺)