ジャリッと食感に感動する…鳥取砂丘隣で移住31歳が"砂を食べて開発"1日3000個売れる「砂プリン」の絶妙砂感
2025年4月8日(火)10時15分 プレジデント社
2022年日本経済新聞のご当地プリンランキング全国1位を獲得した「砂プリン」、1個450円税込(店頭価格) - 写真提供=Totto PURIN
写真提供=Totto PURIN
2022年日本経済新聞のご当地プリンランキング全国1位を獲得
■人口最少の鳥取県で、1日3000個のプリンを販売
約53万人……47都道府県で最も人口が少ない県、鳥取。人口減少に歯止めがかからないこの県だからこそ逆にチャンスがあると、都会から移住・起業した若者がいる。OMOI代表の川村諒志(りょうじ)さん(31)だ。
手がけた商品は、プリン。コロナ禍にかかわらず、開店初日は200人もの行列ができ、2022年日本経済新聞のご当地プリンランキング1位に選ばれた。昨年のゴールデンウイークには1日3000個を売り上げ、新たな鳥取名物になっている。
コンサル会社出身の川村さんがなぜ、このようなスーパーヒットを生み出せたのか。そもそも、なぜ鳥取でプリンなのか。行列のできるプリンははたしてどんな味なのか。現地で取材した。
撮影=野内菜々
OMOI代表の川村諒志さんは愛知県出身。
■食コンサルの、理想と現実のギャップ
川村さんが2005年に大学を卒業して入社したのは、大手コンサル企業の船井総合研究所だ。
大学時代に交際していた女性の情緒が不安定になり、何とか力になりたいと手当たり次第に本を読んだ川村さんは時間があれば図書館にこもり、夜になるまで本を読みふけった。年間1000冊ペースで読破した中で、めぐりあったのが経営コンサルタント・船井幸雄氏の本。その考えに共感し、ぜひ船井氏の会社で働いてみたいと思ったのだ。
第一志望で入社した同社での仕事内容は多岐にわたった。市場リサーチ、トレンド観察、店舗調査、ヒット商品の背景研究、売上アップ戦略立案……夜が明けるまで資料を作り込んだ。
しかし、みなぎる意欲が裏目に出る。同時に8つのプロジェクトを抱えてしまったことで、提案書の作り込みが甘い、納期に間に合わないといったミスを連発。どれも中途半端になり、上司から叱責を受けた。
「自分はできるという自信があったんです。でも全然ダメでした」
会社の方針で、最終的には数あるコンサルのジャンルの中から1つに絞ることになっていた。1年後、川村さんは「食」に特化することを決める。なぜなら、食は暮らしのなかでも最も身近であり、自身も旅先で道の駅などに並ぶ特産品を見るのが楽しかったからだ。
もともと地域の特徴から着想する商品企画を練るのは得意だった。例えば海。通常特産品として想起するのは魚などの海鮮物だが、もう少し発展させて海の色を表現した映えるスイーツを作るといった具合だ。
どんな商品をつくり、どう味や形を設計し、いかにして売るのか。かつてよく見ていたテレビ番組「ガイアの夜明け」に登場する小売業の一連のプロセスを、自分で構築できるようになっていた川村さんは、4年で店舗プロデュース30軒、新ブランド立ち上げ20軒という豊富な実績を積んだ。
しかし、同時に煮え切らない気持ちも感じていた。地方で食ブランドを打つ際、地場食材の使用が売上につながることが多い。一方、原価が高い、手間がかかるなどの理由で、地場食材を取り扱ってもらえない現実にぶつかった。
■なぜ、鳥取でプリンなのか
コンサルとして最も重要なのは、顧客の意思を尊重してサポートすること。顧客の意向が反映されなければ、意味がない。だから無理強いはできない。だが、しばしば川村さんは商品やブランドへの思い入れが顧客よりも強くなってしまうことがあり、顧客は提案結果に満足するものの、川村さんの中では現実と理想のギャップが埋まらず、もどかしさだけが募っていく。そんなジレンマに苦しんだ。
「自分でやるしかない」
悩んだ末に、川村さんは起業することを決めた。それも、店舗が乱立する都市部ではなく、地方で。
自然豊かな地域、岐阜や三重を含む5カ所を選び、次に「人口最少県」「起業家が少ない」地域に意味を見出し、最終的には鳥取にした。
「どうせやるなら社会的意義がある場所でやりたいと思いました。僕(愛知県出身)のような鳥取に縁もゆかりもない若者がやることで、地元の人にも『やれるんだ!』と希望になればと」
2019年12月、船井総研を退職。2020年1月、鳥取でOMOIを起業。25歳のときだった。
■観光客より地域住民に愛される名物を作る
川村さんは、在職時の休日を利用して鳥取砂丘を訪問した。人生で初めて鳥取に足を踏み入れたのだが、この経験こそが思いもよらない大きなターニングポイントとなる。
砂丘から徒歩30秒、土産物店が並ぶメイン通りの空き店舗に目をつけ、気に入った川村さんはオーナーとその日のうちに交渉。事業への熱い思いを丁寧にプレゼンした。
商品は事前に決めていた。プリンだ。鳥取ひいては日本随一の景勝地である鳥取砂丘の特徴、「砂」を表現したプリンを名物にしたい。それも、観光客だけではなく、地元住民が鳥取土産に推薦するくらいに愛着を持つ商品に育てたいと。
すると、オーナーも鳥取砂丘への思いを語りはじめた。かつて砂丘は、地元住民や県民が気軽に遊びにくる場所だった。ジュークボックスがあり、カラオケをしに来た地元客で賑わう。しかし、バブル後に観光地化してから、地元客の足が遠のいてしまった。砂丘の変わりように寂しさを感じていたという。
川村さんの地元住民が愛着を持つ商品を作りたいという思いと、オーナーの砂丘を再び地元住民の遊び場にしたいという思いが、重なった。テナントは即決し、川村さんは最高の立地を手にした。
撮影=野内菜々
取材したのは閑散期の2月下旬。地元客の50代男性が「
観光菓子において地元に愛される商品が最終的に生き残るという考え方は、元食コンサルの川村さんの揺るぎない持論である。理由は、自身の経験から地元以外の人が薦めるものより地元住民が支持するもののほうが、ハズレがないからだ。
融資は、地元信用金庫含む2行から計2000万円。貯金ほぼ全額の500万円も自己資金としてプラスし、合計2500万円を投じてスタートを切った。
撮影=野内菜々
店内厨房で1つずつ手作りするプリン。
■砂を「実際に食べて」食感を再現した、粉末カラメル
商品開発に要した期間は約4カ月。素材となる牛乳は、大山乳業農業協同組合(鳥取県琴浦町)の鳥取県産100%牛乳で、その他に乳脂肪率45%の生クリーム、卵、天然のバニラビーンズで構成されている。
プリンの監修は、かつて年間最大販売数2700万個の大ヒット商品「なめらかプリン」を開発したパティシエ・所浩史氏に依頼。所氏との出会いは前職からで、強力な布陣をかためた。なめらかさが異なる2層仕立てにし、微細な口当たりの違いを表現した。舌でより美味しさを感じられるよう、スプーンはプラスチック素材を選んだ。
最も苦労したのが、砂を表現した粉末カラメルだ。
砂をかんだようなジャリッとした食感をどうしても実現したかった。スイーツなのに、砂感。ミスマッチだけれど、その意外性が印象に残る。そんな味を追求するのに、オープンギリギリまで粘ったという。当初は、きなこや黒ごまなどの粉末状の素材をプリンにかけた。しかし、フレーバーや風味がプリンの良さを邪魔してしまう。
そこで、川村さんはちょっとありえない行動に出る。「砂の原点」に戻るべく、なんと、砂丘の砂を自分の口に入れてその感触を実際に確かめたのだ。その食感に限りなく近い舌触りを再現するために、ああでもないこうでもない、と暗中模索の日々。ついに到達したのは、少しかための粉末状のカラメルだった。
だが、まだ完成したわけではない。何より困難を極めたのはジャリッと感の粒のバランスと、湿気に耐えられる形状の両立だ。生地の水分配合と焼き加減を何度も何度も微調整した。乾燥剤なしでも通常包装でジャリッとした食感が3週間保持できるように仕上げた。
撮影=野内菜々
イチゴ、スイカ、梨、
そうやって完成したのが「砂プリン」だ。100%満足いくものに仕上げられたかというと、自分の中ではやり切った気持ちがあるものの「グランドオープンで、お客さんに食べてもらうまではずっと不安でした」と当時の胸の内を語る。
オープン日は、2020年4月24日。くしくも情勢はコロナ禍である。7日に東京他7都府県に緊急事態宣言が発令し、16日には対象が全国に拡大した。すでにSNSでは告知済。採用した製造スタッフも出勤させにくい。
「いつ店を開けたらいいのだろう」
たった1人で製造販売することを決める。予定通り4月24日にプレオープン。当日、砂丘周辺の駐車場には観光客が来ないようにテープが貼られ、人通りはまったくなかった。来客数がまったく見込めず「敗北」は決定していたが、2種類数十個を並べた。すると、事前配布したチラシやSNSを見た地元住民が、入れ替わり立ち寄ってくれたという。
「お子さん連れの方や地元の事業者さんなどが来てくださいました。雑談で30分くらい盛り上がったんですよ」
撮影=野内菜々
隣接するカフェ「さんかく氷」で味わえる「
■絶妙な砂感=粉末カラメルの勝利…リピートする客続出
徐々に製造個数が増え、売上は1日200個に。「こんな時期だから大変だろうけど」と応援してくれる地元住民に助けられた。砂プリンをリピートする客が多く、粉末カラメルに抱いていた不安は自信に変わっていた。
5月30日、「Totto PURIN」グランドオープン。地元住民200人ほどがズラリと並び、1時間で1000個が完売した。
「コロナ禍だったからこそ、地元の方といい関係性を築けました」
写真提供=Totto PURIN
2024年のゴールデンウィークには、1日3000個の販売を記録した - 写真提供=Totto PURIN
■10年後、鳥取県内に「村」をつくる
その後、川村さんは2021年5月にかき氷専門店、12月に生チョコ専門店、2022年11月にヨーグルト専門店と、牛乳や梨や柿などのフルーツといった鳥取の食材を活かした商品を開発し、5年で9ブランドを展開する。食コンサル時代の努力の蓄積が今、開花しているのだ。
社員の平均年齢は26歳、毎年2〜3人を採用し現在13人。コロナ禍の創業期4年間は、連続増収を続けた。
聞けば、川村さんの今後のプランは70以上あるという。「大ヒット漫画『名探偵コナン』の作者・青山剛昌氏の出身地鳥取県北栄町を謎解きの聖地にしたいと、妄想を膨らませています」。
川村さんは10年後に鳥取県内で「村」を作ろうと構想中だ。各地で手掛ける食ブランドの工場を村にまとめれば、200人ほどの雇用を生み出せると力を込めて話す。そのために、5年で20億円の売上を目標に据え、鳥取ブランドを打ち続ける。
「子どもの頃のようにきれいな川で泳ぎながら、鳥取が好きな仲間たちと暮らしたいんですよ」と笑う。
「起業をきっかけに移住して交流を重ねてきたさまざまな業種の仲間たちが、かけがえのない存在になりました。鳥取はまだまだ可能性があるし、僕たちはやれる。今よりももっと地域を変えていける」
大きな瞳は自信に満ち溢れていた。
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野内 菜々(のうち・なな)
フリーランスライター
1979年生まれ。ジャンルレスで地域のヒト・モノ・コトの魅力を伝えるフリーライターとして活動中。兵庫県在住。
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(フリーランスライター 野内 菜々)