「売上10兆円突破」ドラッグストアがコンビニを追い抜く日は近い…生活を担う"主役交代"の地殻変動
2025年4月14日(月)9時15分 プレジデント社
日本チェーンドラッグストア協会の会見の模様 - 著者提供
■売上10兆円を1年前倒しで達成
日用品や食品、さらには調剤まで、今やあらゆる生活機能を1カ所で担う存在になったドラッグストア。その勢いが、いよいよ“国民的インフラ”と呼べるレベルに到達しつつある。
2024年度、日本のドラッグストア業界がついに10兆円の大台を突破した(前年度比9.0%増の10兆307億円)。日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)が中期ビジョンとして掲げていた「2025年に10兆円産業へ」という目標を、1年前倒しで達成したことになる。
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日本チェーンドラッグストア協会の会見の模様 - 著者提供
この数字は、百貨店やホームセンターを大きく上回り、コンビニエンスストア(11.8兆円)に迫る規模だ。しかも、コンビニが出店鈍化・人手不足という壁に直面する中、ドラッグストアの出店数は1年で682店舗も増加し、全国で2万3723店舗に達している。
JACDS会長であり、マツキヨココカラ&カンパニー副社長でもある塚本厚志氏は「10兆円は通過点であり、健全な競争環境を整えれば、2030年には13兆円の産業になる」と展望を語る。
■町の薬屋がなぜ変化できたのか
ドラッグストアの歴史は、町の薬局や薬店が生活者に寄り添ってきた流れの中で育まれてきた。1970年代から1980年代にかけてのセルフ販売の普及により、米国型のドラッグストア業態が日本に導入され、医薬品や化粧品、日用品をセルフで安価に購入できる仕組みが登場した。
1990年代には薬事法(現在の薬機法)改正により、一般用医薬品(OTC薬=処方箋なしで購入できる市販薬)の販売が拡大し、登録販売者制度の導入によって医薬品販売の担い手も広がった。また、1995年の阪神淡路大震災を契機に、被災地支援で存在感を発揮したドラッグストアは、地域に根ざした業態としての価値を再認識されるようになった。
2000年代に入ると、チェーン化と大型化が進み、調剤薬局との併設型店舗が増加。2010年代以降は、食料品や化粧品、介護用品なども取り揃え、生活全般を支える業態へと進化した。
■ドラッグストアVSコンビニの攻防戦
この間、コンビニエンスストア業界は、一般用医薬品の販売規制緩和を強く求め続けてきた。コンビニ店頭でも風邪薬や目薬などのOTC薬を販売できるようにすることは、消費者の利便性を高めるという大義名分があった。一方で、ドラッグストア業界はこの動きに強く反発し、「対面販売の原則」「専門知識に基づく説明責任」などを掲げて、制度の緩和に歯止めをかけてきた経緯がある。
結果として、現在でもOTC医薬品の販売には薬剤師または登録販売者の常駐が必要とされており、ドラッグストア業界は自らの権益を巧みに守ってきたといえる。これは、生活者の健康を守るという建前と、ビジネスとしての競争優位性を両立させる戦略的対応だった。
そして現在、ドラッグストアは医療・介護・予防・日常生活支援までを担う「地域包括ケア」(医療・介護・予防・生活支援などを地域で一体的に提供する体制)の一翼を担う存在として、その役割を拡大している。
■高齢化社会の進展で成長追い風
なぜドラッグストアがここまで成長できたのか。最大の理由は、高齢化社会との親和性だ。徒歩圏内にある中・小型店舗が中心のドラッグストアは、高齢者にとって通いやすい。そうした社会インフラであるとともに、医薬品、調剤、食品、日用品、美容関連までそろう“ワンストップショッピング”が可能な業態は、他に例がない。
商品カテゴリー別の売上を見ると、処方せん調剤(前年度比8.4%増の1兆5205億円)、食品(同13.2%増の2兆8329億円)がいずれも大きく伸びており、とくに食品は3兆円に迫る規模で、売上構成比の28.2%を占める。セルフメディケーション(軽度な体調不良などを市販薬で自ら対応すること)から日常の買い物まで1カ所で済ませたいというニーズを的確にとらえている。
■コスモス薬品の食品比率は6割超
米国のドラッグストア業界はウォルグリーンがファンドに買われるなど、ウォルマートやアマゾンの攻勢で停滞する一方で、日本の業態は独自の進化を遂げている。JACDS副会長の森信氏(ドラッグストアモリ会長)は、「米国ではドラッグストアの品揃えが薄く、接客もない。一方、日本のドラッグストアは、品揃え・立地・対応力の三拍子がそろっており、生活者の信頼を得ている」と語る。
ドラッグストアの出店戦略は、半径1〜2キロ圏に集中した「狭小商圏」で成立する点に特徴がある。人口減少・過疎化が進む地方においても、少ない人口で採算が取れるモデルとして成立しているのだ。
とりわけ成功しているのが「フード&ドラッグ」型の展開である。青果・精肉・惣菜などの生鮮を強化するクスリのアオキ、食品比率が60%超のコスモス薬品、PB冷食開発を進めるウエルシアなど、“スーパーマーケットの代替”としての存在感を増している。
写真=共同通信社
コスモス薬品が福岡市内で展開する店舗の看板=2023年7月20日 - 写真=共同通信社
この“近くて便利”なフォーマットは、都心にも郊外にも対応可能で、コンビニが人材不足で出店を控える中、ドラッグストアは成長余地が極めて大きいといえる。
一方、かつて成長の象徴だったコンビニエンスストアは、すでに約5万7000店舗まで拡大し、飽和状態に近づいている。新規出店は鈍化し、人手不足による24時間営業の見直し、都市部での店舗競合など、成長の壁が浮き彫りになってきた。そうしたなかで、ドラッグストアは“近くて便利”な存在として、地域の生活インフラへとポジションを移しつつある。
■イオン系ウエルシアとツルハの大統合
ドラッグストア業界は今、再編のうねりの中にある。2021年のマツモトキヨシとココカラファインの経営統合に続き、2025年12月にはウエルシアHDとツルハHDの統合で売上2兆3000億円規模、店舗数は5000店を超える巨大チェーンが誕生する。ツルハの鶴羽順社長は「2032年2月期に売上高3兆円を達成し、アジアナンバーワンのドラッグストアになる」と意気込む。
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ツルハドラッグ - 著者提供
チェーン各社の中でも、調剤併設店舗の比率が高いウエルシアは、健康拠点としての機能強化に力を入れている。一方で、ツルハはPBの拡充や海外進出に積極的で、両者の統合は“次世代型ドラッグストア”のモデルケースとして注目される。
統合はツルハがウエルシアを株式交換で完全子会社化し、イオンがツルハに対してTOB(株式公開買付)を実施して出資比率を50.9%に引き上げるというスキームだ。統合によるシナジー効果は今後3年間で500億円を見込む。とくにイオンとの連携による食品供給力を生かし、「調剤×日用品×食品」の三位一体モデルでワンストップ化を加速させる。
ウエルシアとツルハは業界第3位のマツキヨココカラ&カンパニーを売上規模で2倍以上引き離すことになる。業界再編の号砲とも言えるこの統合は、今後のドラッグストア業界の構造そのものに大きな影響を与えることは間違いない。
ただ、急成長の一方で、課題も少なくない。JACDSの塚本会長は「業態ごとに特化するのではなく、顧客ニーズに合わせた柔軟な変化を遂げられることこそが、ドラッグストアの強み」と説明するが、オーバーストア化による競争激化と利益率の低下はいなめない。そして調剤薬局併設に必要な薬剤師の確保や、専門性の担保が難しいという問題もある。
証券アナリスト出身で、小売業界に詳しいプリモリサーチジャパンの鈴木孝之代表は「ドラッグストア業界は再編の時期に入っている。(ツルハやクスリのアオキなど)家族経営から脱して真の大企業になれるかが試されている。これから調剤薬局も巻き込んだ大再編が始まる」とみる。
■オーバーストアによる競争激化だが、行政にも影響大
ただ、急成長の一方で、課題も少なくない。まず、オーバーストア化による競争激化と利益率の低下。そして調剤薬局併設に必要な薬剤師の確保や、専門性の担保が難しいという問題もある。
さらに、OTC医薬品の保険適用除外など、制度改正の影響にも備えねばならない。また、政府が進めるセルフメディケーションの推進は、社会保障費や医療費の抑制という国家的な課題とも直結しており、ドラッグストアはその受け皿として期待されている。前出の鈴木氏も「再編により業界が効率化することは、健康・医療行政だけでなく、医療費削減の観点で国の財政にも直結する。行政にも大きな影響力を持つようになるだろう」とみる。
JACDSの塚本会長は「生活者が納得できる制度設計が前提」としながらも、セルフメディケーション推進のチャンスと捉え、薬剤師や登録販売者の資質向上とガイドライン整備を急ぐ方針を示す。
さらに、ドラッグストア各社は調剤やOTCの販売を通じて顧客の服薬履歴や健康状態などのデータを蓄積しており、これらの情報を適切に活用すれば、医療機関との連携や、国の医療制度を補完するプラットフォームとしての可能性も広がってくる。
■コンビニよりもドラッグストアが小売主役になる理由
これからの時代、国民一人ひとりが健康をマネジメントしなければならない。「まず病院」から「まずドラッグストア」へ——その転換は、時間や費用といった生活者の制約に即した合理的な選択でもある。
塚本会長は、「健康と美容の課題解決と便利さをミックスし、顧客ニーズに対応してきた。ドラッグストアは“生活の最初の選択肢”になるべき存在だ」と語る。
10兆円を超えた今、その先にあるのは“単なる小売業”の枠を超えた地域密着型プラットフォームとしての姿である。コンビニを超える日は、単なる数字の逆転ではない。生活の最前線を担う主役が、静かに、しかし確かにすり替わろうとしている。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)