このままでは米と野菜の価格高騰が加速する…「有機農産物のほうが栄養価が高い」説が広まってしまったワケ

2025年4月30日(水)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

現代の野菜は昔に比べて栄養価が低い、というのはよく聞く話。ところが、管理栄養士の成田崇信さんは「野菜の栄養価が低下しているという事実はない。『日本食品標準成分表』の見方が間違っているために起こる誤解だろう」という——。
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■誤解を招くオーガニック給食


品川区は、今年10月から公立小中学校の給食で使う野菜すべてを化学肥料や農薬を使わない「有機(オーガニック)栽培」で作られたものにすると発表し、話題になりました。


こうして「オーガニック給食」を導入する理由の一つに、「子どもたちに安全安心な給食を食べさせたい」というものがあります。もちろん、有機栽培を推進すること自体は問題ありませんが、化学肥料や農薬を使用した「慣行栽培」の野菜が健康に悪いかのようにいうのは問題だと批判の声が上がりました。慣行栽培で使われる化学肥料や農薬は、人が生涯にわたって毎日とり続けても害がない量に設定されているからです。


オーガニック給食導入のもう一つの理由は、「子どもたちに栄養価の高い有機野菜を食べさせてあげたい」というもの。有機栽培と慣行栽培で、野菜の栄養価が大きく違うということは考えられません。それなのに、どうしてそんな主張が生まれたのでしょうか。


それは「現代の野菜は、昔の野菜に比べて栄養価が低下している」という間違った説が広まっているためだと考えられます。


■広告にも利用される栄養価の話


「現代の野菜は栄養価が低下している」——この説を私が初めて知ったのは、30年ほど前のこと。当時愛読していたグルメマンガの中に出てきたのですが、まったく根拠はなく間違っています。


では、どうしてそんな説が広まり続けているかというと、公的データである『日本食品標準成分表』の誤った見方が根拠として提示されているから、または野菜ジュースやサプリメントなどを売るための宣伝に使われているから、食育で教えられているからでしょう。


ある大手食品メーカーの野菜飲料の広告には、断定口調で「農薬や化学肥料の影響で野菜の栄養価が乏しくなっている」と書かれています。さらには、1950年と比較して、ホウレンソウの鉄は13mgから2mgに、ニンジンのビタミンAは約80%も低下していると食品成分表の数値を根拠に危機感を煽っているのです。これを見た一般の人が誤解させられてしまうのは仕方のないことだと思います。


これらの野菜の栄養低下説で共通して出てくるのが、1950年というキーワード。どうして野菜の栄養価が下がっている根拠として、常に1950年のデータと比較されることが多いのでしょうか。それは、『日本食品標準成分表』が誕生したのが1950年だからなのです。


筆者提供

■1950年刊行の『日本食品標準成分表』


1950年に刊行された最初の『日本食品標準成分表』に掲載された食品は、国産と輸入食品合わせて538品目で、成分はわずか14項目でした。最新版である八訂では、食品数は2538品目で、成分も54項目であり、アップデートされていることがわかりますね。


また、1950年の『日本食品標準成分表』は、戦後の混乱期に日本人の栄養状態を分析するため、政府の要請に応じて緊急的に出されたものですから、記載されている成分値の取り扱いには十分な注意が必要です。そのため、本文にも次のように書かれています。


(1)食品成分の分析値は、この分析表を短日月のうちに完成させねばならぬ関係上特別のものを除いては、大体既存のものから選定した。従つて個々の分析方法は必ずしも一定ではない。(『日本食品標準成分表』p11より)

要するに、さまざまな研究者による報告や外国で分析された既存のデータを引用して作成されているものなので、実際に流通している食品の成分値を示したものではないことに留意する必要がある、ということです。


日本食品標準成分表』(八訂)増補2023年「食品成分表の沿革」より

■初版の含有量が不正確だった


初めての『日本食品標準成分表』の刊行から、わずか4年後の1954年に『改訂日本食品標準成分表』が出されています。そこで、初版である『日本食品標準成分表』と『改訂日本食品標準成分表』で鉄の含有量を比較してみました。


例えば、白ごまに含まれる鉄は初版で91mgだったのに、改訂では16mgと5分の1以下の値になっています。あずきは、初版で90mgだったのに、改訂では4mgしか含まれていません。これは栽培方法や環境、農薬や化学肥料の影響による変化とは考えられないでしょう。


農産物以外も軒並み鉄の値は激減していることからも、農産物に含まれる鉄が減少したのではなく、分析精度の向上によって、実際に近い成分値が示されるようになったと考えるのが自然です。むしろ、初版に記されていた含有量が正確ではなかったのでしょう。


■単に量を比較しても意味はない


昔と現在の野菜の栄養価比較で、鉄以外によく出てくるのがビタミンAです。鉄と同じように減少しているといわれていますが、これも誤解です。


じつは、初版や改訂版ではビタミンAの単位は重量ではなく「I.U.」と表記されていました。「I.U.」というのは国際単位で、レチノール0.3μgを1単位としたものです。四訂の成分表までは国際単位で示されていたビタミンAですが、五訂の成分表からレチノール活性当量で示されるように変更されています。ですから、数字だけを比べると少なくなったように見えるものの、単位が変わっているだけ。栄養価が下がっているという根拠にはなりません。


写真=iStock.com/fcafotodigital
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fcafotodigital

食品に含まれる栄養の分析技術が向上しただけでなく、単位が変更になることもあるため、過去と現在の成分表を単純に比較し、栄養価の増減を論じるのは意味がないどころか、誤った結論を導き出す行為といえます。過去の成分表を根拠に野菜の栄養価が低下しているという人は、食品や栄養の専門家ではないといってもいいでしょう。食品成分表にも以下のように書かれています。


食品成分表の策定に当たっては、初版から今回改訂に至るまでのそれぞれの時点において最適な分析方法を用いている。したがって、この間の技術の進歩等により、分析方法等に違いがある。また、分析に用いた試料についても、それぞれの時点において一般に入手できるものを選定しているため、同一のものではなく、品種等の違いもある。このため、食品名が同一であっても、各版の間における成分値の比較は適当ではないことがある。(『日本食品標準成分表』(八訂)増補2023年「食品成分表の沿革」より引用)

■私たちの暮らしを支える慣行栽培


「現代の野菜は栄養価が低い」という説には、じつは根拠がないことをわかっていただけたでしょうか。こうしたことを伝えると、「有機栽培の野菜は、慣行栽培の野菜に比べて、抗酸化物質やファイトケミカルが豊富」という説を主張されることもありますが、やはり根拠不明です。さらに、もしもそうした成分が多く含まれていたとしても、子どもの健康への影響はわかりませんし、野菜が病害虫などから身を守るために作り出す防御成分ですから、子どもが苦手とするシブみやエグみなどの風味を持つ可能性もあるでしょう。


最近は、野菜価格の乱高下、記録的な米不足や価格高騰により、献立に頭を悩ませている人も多いと思います。生鮮食品の価格の高騰は、基本的には需要に対し供給量が追いつかないことで起こりますが、野菜や米の安定供給を支えてきたのは慣行栽培の農産物です。


一例をあげると、有機米の収穫量は10aあたり300〜500kgが64.2%、100〜300kgが26.8%です(※1)。令和3年の水稲全体の平均である539kgに比べ、収穫量が少ないことがわかります(※2)。米の不足および価格高騰が続く中、有機農産物への置き換わりが進めば、さらに米不足と価格高騰が進むでしょう。有機栽培は環境負荷の軽減などの意義のあるものですが、私たちの生活を支えているのは安定的に供給される品質のよい慣行栽培の農作物であることを忘れてはなりません。


※1 令和3年度 食料・農業・農村基本政策企画調査(有機穀物の生産・需要拡大に向けた実態調査)
※2 農林水産省「令和3年産水稲の10a当たり収量(全国)」


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成田 崇信(なりた・たかのぶ)
管理栄養士、健康科学修士
管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。主にインターネット上で「食と健康」に関する啓蒙活動を行っている。猫派。著書に『新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK』(内外出版社)、共著書に、『薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)、『謎解き超科学』(彩図社)、監修書に『子どもと野菜をなかよしにする図鑑 すごいぞ! やさいーズ』(オレンジページ)がある。
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(管理栄養士、健康科学修士 成田 崇信)

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