なぜ黒字なのに希望退職募集!? パナHD、マツダ…今多くの企業で“黒字リストラ”が敢行されているワケ
2025年5月16日(金)20時50分 All About
パナソニックHDは先日、希望退職などによる大規模な人員削減を発表しました。同社のように黒字決算にもかかわらず希望退職による人員削減を図る動きは、他の企業でも見られます。なぜ今、多くの企業で“黒字リストラ”が敢行されているのでしょうか。※サムネイル画像出典:beeboys/Shutterstock.com
今、パナソニックが人員削減策を打ち出した背景
パナソニックの25年3月決算は、税引後利益こそ前年同期比17.4%減ながらも3843億円を計上。営業利益では同18.2%増の4264億円、税引前利益でも14.4%増の4862億円を計上しており、少なくとも大規模なリストラを敢行するような経営状況にはないと思えます。同社が以前行った同規模の希望退職募集は、2001年のITバブル崩壊による業績悪化で4000億円以上の税引後損失(2002年3月期)を計上した折でした。このときには、約1万3000人が希望退職に応募しています。まさに赤字脱却に向けた一大リストラ策の実行であり、今回とは全く状況が異なることが分かります。
今回の人員削減策に関してパナソニックの楠見雄規社長は、「同業他社と比べて販管費率が5%ほど高く、固定費構造に大きくメスを入れる必要がある」と説明しています。表現上はあくまで高い販管費率を同業他社並みにしたいとしていますが、視野にあるのはソニー、日立であることは間違いありません。
問題は時価総額です。かつては時価総額で肩を並べ、リーマンショックでは同じように大打撃を受けたライバル同士。復活後の現在、パナソニックが20年前からさほど変わらぬ約4兆円の時価総額であるのに対して、ソニーは約22兆円、日立は約18兆円と大きく水を空けられてしまっているのです。
利益が出ている今こそ
ソニーは家電中心の事業ポートフォリオから総合エンタメ企業への脱皮を図り、日立はリーマンショック後いち早く事業の選択と集中に乗り出し、優良子会社を手放すこともいとわずBtoB領域のDX支援へ注力。両社ともに実質的に生まれ変わることで、企業価値を高めてきたのです。その間パナソニックはといえば、組織構造は何度かいじりつつも主力事業の構成に大きな変化はなく現状に至っており、黒字こそ計上しているものの新たな成長軌道が見えないことで、市場での評価は低迷を続けているのです。
このような状況を踏まえて同社は、本年2月に事業再構築をにらんだグループの再編を発表しているのですが、今回の大規模人員削減はこの一環であるのです。2月の会見の折に楠見社長はこの大改革への着手について、「赤字になってからではお金も時間も余裕がなくなるので、利益が出ている今こそ」と話しています。
IT化、DX化、AI活用……大きな変革の時代に、今後を見通して利益が出ている今こそ構造的な問題の解決に着手するべきであるとの考えが、そこにあるのが分かります。「経営基盤を変えなければ、10年後、20年後も社会への責任を果たせる企業であり続けることはできない」という楠見社長の言葉が、ずっしりと重く響きます。
希望退職者を募集する黒字企業はほかにも
黒字決算でありながら希望退職による人員削減を図る動きは、他の企業でも見られます。自動車メーカー大手のマツダは、先月500人の希望退職者を募集すると発表しました。しかもこの希望退職は、今年から26年にかけて最大4回実施するという大規模なものです。その応募条件は、勤続年数5年以上の50〜61歳とし、工場での自動車製造に関与しない正社員を対象としています。業界的にEV化の進展による大変革が迫っている中で、IT化などの流れについていけないベテラン社員層を対象とした世代交代を、今のうちにしておこうという経営の考えが見え隠れしています。
このほかにも黒字企業での大型希望退職は、コニカミノルタで2400人、ルネサスエレクトロニクスでも1000人を超える規模で発表されています。前者は今後のデジタル化伸展を見通したグローバル人員配置の見直し、後者は自動車業界のEV化スローダウンによる半導体需要減少を見越したものです。またオムロンでも中国経済の成長鈍化などを見通して、黒字であるこの間に約2000人の希望退職を実施しています。
黒字企業の希望退職募集にある共通点
黒字企業の希望退職実施はいずれも、変革の時代に中長期的な視点に立った経営ビジョンのもとで、構造改革や選択と集中に着手しているものであるという共通項があります。そこには、ひと昔前の赤字決算を受けた対症療法的なコスト削減目的での希望退職実施とは異なる、新たな“前向きな傾向”が見てとれるのではないでしょうか。一般的には希望退職と聞くと、「リストラ」というマイナスイメージが強いのかもしれません。しかしリストラとは、リストラクチャリング(restructuring)の略であり、本来の意味合いは「削減」でも「クビ切り」でもなく「再構築」です。
「再構築」は経営にとってはマイナス戦略ではなく、前向きなプラス戦略であるはずなのです。であるならば、我が国における令和の「希望退職=リストラ」は、ようやく言葉本来の意味に沿った前向きな戦略になったと言えるのかもしれません。
希望退職制度がそれを実施する企業にとっても退職に応募する社員にとっても、常に次なる一歩を踏み出すためのプラス戦略であってほしいと願うところです。
大関 暁夫プロフィール
経営コンサルタント。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントや企業アナリストとして、多くのメディアで執筆中。(文:大関 暁夫(組織マネジメントガイド))