やっぱり現代は「新しい戦前」といえる…哲学者が考える「膨大な人の命が奪われる大惨事」の意外な発端

2025年5月16日(金)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bulgac

人類はこの先どんな道を歩むのか。哲学者の竹田青嗣さんは「世界はごく少数のスーパーリッチと大多数の貧しい人々の二極化という構造になりつつある」という。同じく哲学者の苫野一徳さんとの対談を、共著『伝授! 哲学の極意』(河出新書)より一部を紹介する——。
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■アメリカで分断が起きているワケ


【竹田】私は、戦後から1980年頃までの資本主義の状態を、資本主義の黄金時代と呼んでいます。ところがそのあと、世界の経済構造に変化が生じます。石油価格の高騰やその他の理由で、先進国の経済成長がのきなみ3%以下に落ち込んでくる。そこで先進国は経済政策を大きく転換します。それがいわゆる「新自由主義」(経済学者フリードマンなどが主導。小さな政府、金融緩和、市場原理主義など)です。


ここで、それまでの産業中心の資本主義が金融中心の資本主義に大きく変わる。一つ象徴的なデータがあって、1980年を境に実体経済と金融経済の規模が完全に逆転して、それまで実体経済が金融経済を主導していたのに、現在では、金融経済と実体経済の格差が10年で14倍にも広がったといったデータもあります(「ゴールドオンライン」連載「お金をばらまいても経済が盛り上がらないのはなぜ?」より)。


世界の資本主義は、ひとことで産業や技術力の競争から金融力の競争になってしまった。私はこの新しい流れを超金融資本主義と呼んでいます。この80年代以後の金融中心の資本主義の競争は、ひとことで格差、つまり貧富の差を大きく加速しました。


アメリカはこのゲームで勝ち組になり、日本は負け組になった。日本は一時マイナス成長までいきましたね。ただし、アメリカが勝ち組といっても、実質は富裕層だけが大きく資産を増やし、中間層と下層の人々は貧しくなっている。このことがいまのアメリカのトランプ現象や大きな分断の原因になっているんです。


■戦争の可能性を引き出すもの


【竹田】戦前の資本主義でももちろんひどい独占状態があった。しかし戦後、諸国家はケインズ(1883〜1946)の理論(注)などを活用してこれをうまく制御してきた。独占は成長を阻害して格差をひどくする。ところが現在の独占は、生産や市場の独占ではなく、いわばマネー自体の独占です。


実体経済と金融経済のバランスのとれた成長が大事なのだけれど、金融経済が膨大に膨れあがっている。このマネー資本主義は、マネーが国家の枠を超えて動くために独占の制御もきわめて難しい。富の一極集中の状態がどんどん進んでいる。これが現在の資本主義の特徴的な状態です。


資本主義の格差の問題は、かつては資本家と労働者の対立の形をとっていた。それはやがて先進国と途上国の対立になり、いまそれは、世界のごく少数のスーパーリッチと大多数の貧しい人々の二極化という構造になりつつある。


戦前の資本主義はいわばルールが整備されていない実力闘争の資本主義で、やはり格差がおそろしく拡大していた。それが何度も恐慌を生み出し、1929年の大恐慌がきっかけとなって、それが世界大戦を引き起こしました。


格差の拡大、富の一極集中は、国家間の対立契機を大きくし、世界の暴力契機を高めて戦争の可能性を引き出します。ウクライナやパレスチナの戦争は、そういった傾向の現われです。


(注 経済の不況のときには、政府が積極的に介入して需要を喚起することが重要とする説を立てた。それまでの自由放任経済説に対して、ケインズ革命ともいわれる。)


写真=iStock.com/Stadtratte
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■AIの進歩のやっかいな点


【苫野】富の一極集中という点でいえば、大金持ちたちによるレントシーキングは止まるところを知りません。レントとは家賃のことですが、要するに利権のことですね。


レントシーキングとは、濡れ手で粟をつかむようにして、何もしなくても莫大な利益が手に入るよう、議会や政府に働きかけて種々の法律を作らせたり廃止させたりする行為です。現代のグローバル資本主義は、すでにそういうことになってしまっている。


【竹田】まさしくそのレントシーキングですね。かつては、資本主義は資本が資本を生むといわれていた。産業が盛んになり物がよく売れて企業が成長し資本家が潤う、ですね。いまはピケティ(1971〜)がいったように、資産が資産を生むという状態です。単なる企業投資ではなく、あらゆる仕方でマネーを利用してマネーを増殖するシステムを作り出している。それがレントシーキングですね。


AIの技術が進んだら、人間の仕事がなくなるとか、人間の生活の形が変わって関係が希薄になるとかの議論もあるけど、それ以上に、ITの進歩のやっかいな点は、それがマネー独占の新しいツールになりつつあるという点です。GAFA(Google,Apple,Facebook,Amazonというアメリカの巨大IT産業の総称)の独占的支配が進行していて、これを適切に抑制できるかどうかも大きな問題になっていますね。


■技術革新は格差を広げてきた歴史


【苫野】超金融資本主義の中で、いま、先進国はプルートクラシー(金権政治)かつオリガーキー(寡頭政治)になっています。アメリカも、もはや民主制国家といっていいのか疑問なくらいです。


そしてAI時代になると、そうした一部の特権階級の人たちが、テクノロジーを使ってさらに自分たちの権力を強固なものにできるようになってしまうんですね。


歴史を通して、技術革新は、すべての人に恩恵をもたらすよりも、その技術を支配した一部の人々に莫大な富をもたらし、格差を広げてきたことが指摘されています。


ジョエル・コトキン(1952〜)という人は、テック業界のスーパーリッチのことをテック・オリガルヒと呼んでいますが、そうした人たちは、テクノロジーを駆使することで、私たちの一挙手一投足を監視し、時にその行動をコントロールすることさえできるようになっています。


そしてもちろん、そのことで、ますます富を獲得できるようになっている。2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル(1967〜)らは、『技術革新と不平等の1000年史』(早川書房)という本の中で、AIはすでに不平等を拡大させる軌道に乗ったようだといっています。


写真=iStock.com/Diy13
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■資本主義のルールを書き換えているのは…


【竹田】いま苫野くんがレントシーキング、プルートクラシー、オリガーキーという言葉を出したけれど、まさにこの三つが、現代の資本主義の構造を象徴するキーワードですね。


いまや資本主義の上層は、産業で儲ける資本家ではなく、グローバルなマネーゲームの勝者であるごく少数のスーパーリッチ層で、彼らが巨大なマネーで政治と経済のルールを独占しつつある。それが現代のプルートクラシーです。


アメリカがとくにひどくて、ロバート・B・ライシュ(1946〜)の『最後の資本主義』(東洋経済新報社)などがその現状をよく伝えている。彼によると、アメリカの民主主義はいまや一人一票ではなくなって、何千ドル一票という状態になっている。また資本主義をフェアなルールとするために存在していた基本のルールがどんどん書き替えられている。


政治と経済の癒着の問題は昔からあるけれど、いまのスーパーリッチ層は、巨大なマネーを政治につぎこんで経済のルールを独占する。そのことでさらに大きく儲けることができる、という具合です。


税金も政治で決定されるルールですが、戦後しばらくは、先進国の金持ちへの所得税は70%前後が普通だった。80年代以後どんどん下がっていまは40%前後にまでなっている。投資によるキャピタルゲインの税率も同じです。マネーゲームに成功した世界のスーパーリッチたちは、国家を超えて勝ち組の利権構造をどんどん拡大しているんですね。


■欧州が陥ったカタストロフィ


【苫野】ウォルター・シャイデル(1966〜)という歴史家が、『暴力と不平等の人類史』という本で、不平等の是正には世界史的に見て大きく四つの理由しかなかったといっています。


一つ目が戦争、二つ目が革命、三つ目が国家の破綻、そして四つ目が疫病。つまり、カタストロフィが起こって、全部がある程度真っさらになってはじめて、不平等がならされて再スタートできることになったのだ、と。でもそれには、膨大な人の命が奪われるという、とんでもない代償があったんですね。


そうしたカタストロフィを起こさずに、今後どうすれば、資本主義を民主的に、意識的にコントロールして、不平等を是正していくことができるか。改めて、これが現代の私たちが知恵をもち寄るべき大きな課題です。


【竹田】たしかにそういえますね。私の考えでは、国家間の相互承認という意味では、ヨーロッパで2回、国家間の大きな相互承認の約束があった。


一つはウエストファリア条約です。長い宗教戦争でヨーロッパの人口が半分近く減少するなど、ここでもやはりひどいカタストロフィに陥った。この条約で、宗教間の戦争はもうやめようという合意がようやくできたんです。


この約束はその後ほぼ守られ、そのことではじめてヨーロッパの市民社会が可能になった。プロテスタントとカトリックがどこまでも戦い合っていたら、おそらくヨーロッパは二つの帝国に分裂して、市民社会は成立しなかった。


■コロナで富豪の資産は増えた


【竹田】もう一つは、国連とブレトンウッズ体制に象徴される第二次大戦後の「戦後体制」です。ここでも二つの大戦で何千万人も死者が出るカタストロフィになったけれど、そのあと、資本主義戦争はやめようという先進国間の「手打ち」が行われた。このあと富の格差はたしかに大きく改善されたんです。



竹田青嗣、苫野一徳『伝授! 哲学の極意』(河出新書)

しかし当然だけど、苫野くんがいったように、カタストロフィをまてばよいということにならない。政治と経済の調整の失敗はほとんど戦争という破局になる。それをどう抑止するかが問題です。


あと興味深いのは疫病の話ですね。最近起こったパンデミックは黒死病やスペイン風邪にくらべるとはるかに軽微だった。それが現代免疫学の成果かどうかはまだはっきりしたデータが出ていないが、ここでは何らかの理由で富の格差が減るどころでなく恐ろしく拡大しているといわれています。


世界の富豪上位10人の総資産が新型コロナパンデミックの2年間で「倍増」したという報告があります(7000億ドル〔約80兆円〕から1.5兆ドル〔約172兆円〕。国際NGOオックスファムのデータ)。これは一つの例にすぎませんが、いま世界のスーパーリッチ層は、あらゆる機会を資産を増やす大きな利権構造に変える手段を積み上げているように思えます。


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竹田 青嗣(たけだ・せいじ)
哲学者、早稲田大学名誉教授
1947年大阪府生まれ。著書に『哲学とは何か』『欲望論(全2巻)』『超解読!はじめてのフッサール『現象学の理念』』『自分を知るための哲学入門』『現象学入門』など多数。
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苫野 一徳(とまの・いっとく)
哲学者、熊本大学教育学部准教授
1980年生まれ。専門は哲学、教育学。著書に『教育の力』(講談社現代新書)『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)『勉強するのは何のため?』(日本評論社)他多数。
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(哲学者、早稲田大学名誉教授 竹田 青嗣、哲学者、熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳)

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