塾を経営しながら「8回目の受験」で弁護士に…北村晴男さんが「それでも焦りはなかった」と言う意外な理由
2025年5月17日(土)9時15分 プレジデント社
日本テレビ系『行列のできる相談所』に「史上最強の弁護士軍団」の一人として出演した北村晴男弁護士 - 撮影=今井一詞
撮影=今井一詞
日本テレビ系『行列のできる相談所』に「史上最強の弁護士軍団」の一人として出演した北村晴男弁護士 - 撮影=今井一詞
■「がんばったけどダメだった」とき、北村弁護士なら…
仕事や勉強などでがんばっているんだけど、うまくいかないなぁという時、3つの視点をもってほしいと思います。
まずひとつめは主に20代30代の若い方へ。社長や上司、ベテランの社員などがバリバリ働いている姿を見て、あるいは「俺はこんなにすごかった」という自慢をされた時、はたしてあなたと同じ年代の時に、その人は本当にすごかったのか? ということなんです。
私がとても感銘を受けたエピソードを紹介しましょう。
■安倍元首相が「麻生さんのご子息に語ったこと」
政治家の麻生太郎さんのご子息の結婚披露宴で、安倍晋三さんがこんなご挨拶をされたのです。「麻生さんは外務大臣や総務大臣、内閣総理大臣まで務められた大変立派な政治家です。新郎は、『親父さんはこんなに立派なのに……』とよく比較されてきたでしょう」と。それはきっと安倍さんご自身の経験でもあるのでしょうね。「しかし、それは全く気にすることがない」と、安倍さんは続けました。
「偉大な政治家である麻生太郎さんも、あなたと同じ年頃に同じように偉大だったはずがないんです。30代の麻生太郎さんと、今のあなたを比較したら、あなたのほうが劣っているということは絶対にありません。だから何の心配もいりません」
実際にそうだと私も思います。最初から有能な人などめったにいません。ほとんどの人が「失敗」と「反省」、そして「努力」を繰り返して、今の「仕事ができる人」になっているわけです。ですから大成功している人を見て、悲観する必要はありません。
しかしそうは言っても、同年代で先に出世をした人がいる、ある人は自分と同じ年の時にもっとすごい結果を出していた、と焦っている人もいるかもしれません。そこで落ち込んだ気持ちを立て直す2つめは、自分の頑張る方向性が間違っていないか? ということです。冷静に柔軟に、自分の能力を分析し、努力の方向性を確認することが大切です。
■本当の「実力」で追いつくほうがいい
また同年代で先に出世した人を仮に「Aさん」として、その人が何かしらのズルをして出世したのであれば気にする必要はありません。実力がないまま出世する人は、その後に必ず大きな壁にぶつかります。
そうではなく「Aさん」と比較して、自分が劣っていると感じて落ち込んだ時は、「仕事の能力」が高いのか、「コミュニケーション能力」が高くて上司に気に入られて出世したのかを考えてみる。もし前者の理由、つまりAさんは仕事ができる、優れていると感じるなら、自分の能力を磨くしかありません。能力とは「持って生まれたもの」と「努力によって培ったもの」を総合した結果で、どんな業界であっても個人間の能力差はありますし、あって当然です。それは致し方ないことですし、逆に言うと「能力があれば出世できる」というのはすごくいい社会だと喜ぶべきことです。そのようにポジティブに捉えて自分の足りない面を磨いてほしいと思います。
ただし後者の理由、自分にコミュニケーション能力が足りないと感じた時は、Aさんを真似してうまくできるのならいいのですが、不得手な人はかえってスポイルされて(自分の良い面がつぶされて)しまう可能性があります。得意じゃない面を無理に磨くよりは、真の「実力」によってAさんに追いつくことを考えましょう。
「自分の生きる道を見つけること」が大切で、実はこれが気持ちを立て直す3つめにもあたります。
撮影=今井一詞
8回のチャレンジを経て司法試験に合格した北村弁護士。他人より劣っていると感じて落ち込んだ時の気持ちを立て直す方法とは - 撮影=今井一詞
■北村弁護士が見つけた「自分の生きる道」
私の司法研修所(司法試験合格者が研修を受ける国の機関)時代、クラスにはめちゃくちゃ優秀な数人がいました。中には在学中に司法試験に合格する人や、写真記憶ができるなんていう人も……彼は「一度本を読むだけで、写真を見たように頭に入るから2回読む必要がない」と言っていました。私は絶対にそんなことはできませんし、もう完全に能力の次元が違う。同じ能力を身につけようと思っても無理な話です。
そうであれば「自分の強み」を活かして、やっていくしかない。自分の場合は、例えばクライアントが何を考えているか、何を望んでいるかは比較的素早く察知する能力があると思っていました。だから努力さえ怠らなければ何とかやっていけるだろうと。
どんな仕事も、正解のない仕事だと私は思います。我々の仕事も、正解のないところで「どうやったらこの問題が解決できるか」ということを考え、解決策をひねり出さなければならない。それは写真記憶ができたり、司法試験に早く合格したりする能力とは必ずしも一致しません。
多少時間がかかっても「最善策」を見つけていこうーーそれが自分の道だと、いつからか思うようになりました。そこに向かって「自分の強み」を磨きながら進んでいけばいいじゃないかと考えたのです。ビジネスパーソンのみなさんだって早く出世するより大事なことは「仕事での実績」ではないでしょうか。
■司法試験「8回チャレンジ」でも焦りはなかった
実は私は司法試験に8回チャレンジしたのですが、焦りは全くありませんでした。周囲は、大学卒業後も経済的援助を受けて勉強に専念できるような、私からみるととても恵まれた人たちだったのです。私の場合は援助がありませんでしたから、和光市で塾を開業して生活費を稼ぎながら司法試験に向かって勉強を続けました。境遇が違いますから周囲と違うのは仕方ないですし、人と比較するよりも、「自分がどうしたらいいか」しか考えなかったですね。
イソ弁(居候弁護士/事務所に雇われて勤務している弁護士のこと)時代にも、裁判所の書記官を務めながら司法試験に合格した同期がいました。彼は当然、裁判所の実務に精通していたのです。対して私は学習塾経営の傍ら司法試験の勉強をしてやっとのことで合格。裁判所の実務は全く知りません。
年齢はほぼ一緒。もともとの頭脳もたぶん変わらなかったでしょう。裁判実務を知っている彼は大変仕事ができるわけですが、スタート地点の差も当たり前のこと。変えられないことを落ち込んだり、悩んだりしてもしょうがない。手探りの中でも目の前の事件をひとつひとつ処理していけば、自分も自然に追いつくはずだと思ってがんばりました。
撮影=今井一詞
人と比較するよりも、「自分がどうしたらいいか」を考えてきた - 撮影=今井一詞
■「負けるはずがない」と思える人は強い
今、落ち込んでいる人にもうひとつ、プラスアルファでお伝えしたいことがあります。がんばるには、自分の強みだと思い込めるものがあるかどうかが重要です。私は高校時代、甲子園出場を目指して野球部の練習に明け暮れました。結局県大会で負けて出場できず、ものすごく悔しい思いをしたのですが、あの必死に野球に取り組んだ日々があるから仕事では絶対に負けないし、負けるはずがないと思い込んでいました。これは全く論理的ではありませんよ(笑)。
いろいろな人を見ていて思うのですが、幼い頃に親から否定されると、どんなに優秀な人でも本当の意味で安心して生きられません。常に不安を抱えていることが多い。私の両親は子どもからみればトンチンカンな面もありましたが、深い愛情をもって育ててくれました。だから司法試験に落ちても、どんな環境であっても自分の可能性を信じることができ、チャレンジできた面があると思います。土台に安心感があるということです。
でもそれも、今大人になった人たちは子ども時代をやり直すことなどできませんね。
ですから嘆くでのはなく、自分にはこれがあるから負けるはずがないーーそう“思い込めるもの”を自分で探し、その能力を信じて、また磨きながら進みましょう。今の状況を自らの思いによって打開していくのです。これからの自分の可能性を、何より自分自身が信じてあげてください。負けるはずがない、と思える人は強いです。
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北村 晴男(きたむら・はるお)
弁護士
1956年生まれ。弁護士として主に一般民事(保険法、交通事故、債権回収、医療過誤、破産管財など)を専門としている。東京弁護士会、弁護士法人 北村・加藤・佐野法律事務所所属。YouTube「弁護士北村晴男ちゃんねる」を更新中。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(弁護士 北村 晴男、ジャーナリスト 笹井 恵里子)