神経組織におけるカテプシンBおよびLの欠損は小脳萎縮を引き起こす
2025年5月26日(月)14時47分 PR TIMES
順天堂大学 大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センターの内山安男 特任教授、谷田以誠 先任准教授らの研究グループは、兵庫医科大学 遺伝学講座の大村谷 昌樹教授との共同研究において、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス(B/L NES)を用いて、神経組織特異的なカテプシンB*¹およびL*² の欠損により、運動障害・行動異常を示し、小脳の領域特異的にプルキンエ細胞*³変性・脱落し小脳萎縮を引き起こすことを明らかにしました。カテプシンBおよびLは脳組織全体に発現しており、阻害剤を用いたこれまでの研究では、神経組織全体に影響があると考えられていました。このようにカテプシンBおよびLが領域特異的なプルキンエ細胞の維持に影響を与えるということは、誰も予想していなかった結果で、特定のプルキンエ細胞維持におけるカテプシンBおよびLの重要性を世界で初めて明らかにしたものです。
本論文はAmerica Journal of Pathology誌のRecent Advances in Neurodegenerative Diseases(神経変性疾患における最近の進展)特集号に採択され、プレプルーフ版が2025年5月2日付でオンライン版で先行公開されました。
本研究成果のポイント
● 神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスを作製
● カテプシンBおよびLが領域特異的なプルキンエ細胞の維持に必須であることを発見
● 小脳変性におけるカテプシンBおよびLの機能解明へ
背景
オートファジー・リソソーム分解系は細胞内バルク分解システムで、神経細胞では異常オルガネラや凝集体の除去や細胞機能の維持に重要な役割を果たしており、神経変性疾患とも深い関わりをもっています。リソソームには、多くのタンパク質分解酵素、カテプシン群*⁴が内包されており、カテプシンBおよびLはそのなかでも主要なカテプシンです。これまでマウスを用いた脳虚血‐再灌流による神経変性に関する阻害剤の研究から、カテプシンBおよびLは虚血後の神経変性に重要な役割を果たしていると考えられてきました。全身カテプシンBノックアウトマウスには顕著な異常が認められず、全身カテプシンLノックアウトマウスには進行性脱毛や免疫系の異常が報告されましたが、神経組織の異常は報告されませんでした。また全身カテプシンB・L二重ノックアウトマウスの解析では、神経組織に異常が認められましたが、その他の組織などにも異常をきたし、生後約16日以内に死亡しました。そのため、マウスのいわゆる「若年成人」に相当する日齢は50日前後と言われる、成熟マウスの神経組織においてカテプシンBおよびLが神経細胞維持にどのように関わっているのかは、明らかにされていませんでした。
内容
研究グループは、神経組織におけるカテプシンBおよびLの機能を明らかにするために、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスを作成しました。このマウスは、1年以上生存しますが、尾を緊張させて挙上し空中に保持する、挙尾行動が頻繁に認められました。また、運動障害および神経機能障害を示す場合に認められる、後肢を伸ばすのではなく腹部に向かって引っ込める動作も認められました。また、このマウスはまっすぐに歩けませんでした。日中のマウスの行動を観察すると、通常、マウスは夜行性のため日中あまり行動しないのですが、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスは日中でも頻繁に動き回り、立ち上がったりする行動異常が認められました。
そこで神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス脳を解析すると、小脳の萎縮が認められました。小脳皮質には、プルキンエ細胞という唯一の出力神経細胞があり、小脳の機能(運動の調整、バランスの保持、運動学習など、)に深く関わっています。そこで、小脳皮質のプルキンエ細胞に注目して解析を行いました(図)。神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスでは、本来、小脳皮質全体に存在するプルキンエ細胞が縞状に脱落していることがわかりました。小脳皮質のプルキンエ細胞には、ゼブリン*⁵陽性プルキンエ細胞とPLCβ4*⁶性プルキンエ細胞があり、ゼブリン陽性プルキンエ細胞は、小脳皮質に縦縞状に分布し、代謝的に安定した特徴を持ち、持続的な運動制御に関与すると考えられています。一方、PLCβ4陽性プルキンエ細胞も縞状に分布し、可塑性が高く、運動学習や適応的行動の調節に関与しているとされています。免疫組織学的解析から、このマウスでは、PLCβ4陽性のプルキンエ細胞が選択的に脱落している事がわかりました。カテプシンBもカテプシンLも中枢組織全体に発現しているため、中枢組織全体に異常があると予測されていたのですが、カテプシンBおよびLが小脳のPLCβ4陽性プルキンエ細胞の維持に必須であることは予想外であり、全く新奇の発見でした。
今後の展開
一般的にリソソーム内のカテプシンのタンパク質分解活性は、加齢に伴い低下すると言われています。今回、研究グループはカテプシンBおよびLがPLCβ4陽性プルキンエ細胞の維持に必須であることを示しました。今後は、PLCβ4陽性プルキンエ細胞内にあるカテプシンBおよびLのターゲットタンパク質を解明することにより、加齢に伴う小脳萎縮・神経変性との関連解明を目指していきたいと思っています。
[画像: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/757/21495-757-9e7fd0f76bae9e349adbaa4209c858d2-1426x584.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図. 神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスの表現型
神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス(B/L NES)では、運動障害や行動異常が認められた。このマウスの脳組織を解析すると、小脳の萎縮が見られ、小脳皮質に縞状に分布するPLCβ4陽性プルキンエ細胞が脱落していた。
用語解説
*1 カテプシンB: リソソーム内のタンパク質分解酵素の一種で、システインプロテアーゼに分類。炎症性疾患や神経変性疾患、がんなどとの関連が研究されている。
*2 カテプシンL: リソソーム内のタンパク質分解酵素の一種で、システインプロテアーゼに分類。腫瘍細胞の浸潤、抗原プロセシング、細胞内および分泌性タンパク質の代謝回転などに関わっている。
*3 プルキンエ細胞: 小脳皮質における唯一の出力神経細胞。プルキンエ細胞へのシナプス入力とその調節が運動制御及び運動学習・運動記憶に重要な寄与をしていることがわかっている。
*4 カテプシン群: 全ての動物にみられるタンパク質分解酵素。カテプシンファミリーには10種類以上のメンバーが存在し、その多くはリソソームに存在して低pHで活性化される。カテプシンの多くは哺乳類細胞のタンパク質の細胞内分解とターンオーバーに重要である。
*5 ゼブリン: 正式名称は Zebrin II、実体は酵素アルドラーゼC(Aldolase C)。小脳のプルキンエ細胞に縞状に発現するため、小脳の機能的構造を可視化するための分子マーカーとして用いられる。「Zebrin」という名称は、その発現パターンがシマウマ(zebra)の模様を想起させることに由来する。
*6 PLCβ4: PLCβ4はホスホリパーゼCの1種。小脳では主にゼブリン陰性領域に発現し、対補的パターンを示す。
研究者のコメント
カテプシンBもカテプシンLも神経組織全体に発現しており、これまでの研究から、脳全体の多くの神経細胞の機能維持に関与していると考えられていました。今回の研究で、カテプシンBとLが、特定のプルキンエ細胞の維持に必要であり、小脳萎縮を引き起こすことは、非常な驚きでした。
今後、PLCβ4陽性プルキンエ細胞内にあるカテプシンBとLが分解すべき標的タンパク質を明らかにすることで、その標的タンパク質の分解異常とプルキンエ細胞変性や小脳変性との関わりを明らかにしていこうと考えています。
原著論文
本研究はAmerican Journal of Pathology誌のオンライン版に2025年5月2日付でプレプルーフ版がオンラインで先行公開されました。
タイトル: Uncovering the Unique Roles of Cathepsins B and L in Purkinje cells using Nervous System-specific CTSB and CTSL Double-deficient Mice.
タイトル(日本語訳): 神経組織特異的CTSBおよびCTSL二重欠損マウスを用いたプルキンエ細胞におけるカテプシンBおよびLのユニークな役割の解明
著者: Takahito Sanada, Chigure Suzuki, Junji Yamaguchi, Takashi Ueno, Juan Alejandro Oliva Trejo, Soichiro Kakuta, Norihiro Tada, Masaki Ohmuraya, Isei Tanida and Yasuo Uchiyama
著者(日本語表記): 眞田貴人1)、鈴木ちぐれ1),2)、山口隼司1),3)、上野 隆4)、オリバ トレホ アレハンドロ1)、角田宗一郎1),3)、多田昇弘5)、大村谷昌樹6)、谷田以誠1)、内山安男1)、
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センター 神経疾患病態構造学、2) 順天堂大学医学部薬理学講座、3)順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター 形態解析イメージング研究室4) 順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター生体分子研究室、5) 順天堂大学大学院医学研究科疾患モデル研究センター、6) 兵庫医科大学 医学部 遺伝学講座
DOI: 10.1016/j.ajpath.2025.04.011.
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)研究費 (JP21gm5010003、JP22gm1710001 s0201、JP23gm1710001 s0201)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、日本私立学校振興・共済事業団、日本学術振興会 (JSPS) 科研費 (21K15198, 21H02435, 22K07376, 22H02872, 22H04652, 24K10517)、順天堂大学老人性疾患病態・治療研究センター研究奨励費、順天堂大学老人性ゲノム・再生医療センター研究奨励費の支援を受けて、実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。