『べらぼう』チーフ演出が語る<平賀源内の最期>牢で意次が源内に触れた意味は…蔦重・横浜流星の演技を引き出した渡辺謙の受けのうまさ
2025年4月21日(月)8時0分 婦人公論.jp
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
江戸のメディア王として、日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築いた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。4月20日放送の第16回「さらば源内、見立は蓬莱」では蔦重の背中を押してきた江戸の奇才・平賀源内(安田顕)が殺人の疑いをかけられ、獄死。蔦重は、源内から授けられた「耕書堂」という名前を世に広めることを改めて決意した。物語の転機となった第16回について、チーフ演出の大原拓さんに聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部)
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「とにかく適当に」
平賀源内は本草学を学び、戯作も書けば鉱山経営にも乗り出した多才な人物。今作では、蔦重が進む道を助言したり、老中・田沼意次(渡辺謙)の知恵袋として活躍したりと序盤の物語を動かす存在だった。
軽妙洒脱、天才的なひらめきを見せる一方で、早口で独特なクセのある人物を安田が好演した。
「安田さんには、『とにかく源内は早口で適当であってください』とオーダーしました。適当であるということが全て。いいかげんという部分と適している・当たっているという両面です。源内は天才的なイメージがあるので、(脚本の)森下(佳子)さんと話して早口にしました。1人だけリズム感が違う状態を作ることで、周りのキャラクターとの差が作れると考えました」
孤独と狂気を表現
第16回は、源内の孤独と葛藤に焦点を当てた、源内が主役ともいえるような回だった。
将軍の長男・徳川家基殺害事件を調べていた源内と田沼。だが、事件の重要な手掛かりとなる手袋はなくなり、幕府の重鎮・松平武元も死去。意次は源内に調査の中止を伝えるが、2人は決裂してしまう。
エレキテルの失敗もあり、「イカサマ師」扱いされるようになった源内は長屋から追われ、大工の久五郎の紹介で「不吉の家」と呼ばれる屋敷に引っ越す。ある晩、源内は丈右衛門と名乗る侍と、久五郎と酒を酌み交わす。久五郎から甘いたばこの入ったきせるを勧められた源内には、自分を非難する幻聴が聞こえてくる。「イカサマ」とののしる声を振り払うように、時に涙を流し、目を見開き、屋敷内をさまよう源内。軽妙洒脱な人物が心の内側に抱えた孤独と狂気を表現する安田の演技は圧巻だった。
「源内の最期ということで特に大事にした回です。蔦重が耕書堂を始めてこれから新たに日本橋に出ていく上でも源内という人が与えた影響はとても大きい。源内のラストが蔦重の今後にどう影響を与えていくのかを意識しました」
狂気に満ちた様子で屋敷の中をさまよう源内のシーンには4分近くもの時間を割いた。
「不吉の屋敷のセットをフル活用して、安田さんには全部屋、廊下、庭も動いていただきました。源内が追い込まれているという強弱を見せたかったし、孤独も表現したかった。ネタバレになりますが、(手袋による殺人事件の)問題の本質に近寄るほど人は死んでいくという構造が忍び寄っていた。安田さんのお芝居の時間を長くとったことによって源内のキャラクターが現実的になったと思います」
田沼との和解で…
丈右衛門は源内を後ろから襲い、さらに久五郎を刺殺。源内が目を覚ますと傍には久五郎の死体があった。殺人の疑いをかけられた源内は投獄されてしまう。
源内が捕らわれたことを知った田沼は牢を訪れ、傷ついた源内に優しく声をかけた。格子の向こうから源内に手を伸ばし、その手を固く握り頭をなでた。
「台本のト書きには『触れる』というのは書いてありました。牢を強引に開けるか、開けないかも含めて渡辺さんと安田さんと相談しました。私としては牢は開けたくない。そこでどう触るか、源内に対する意次の思いをどう表現するのか、そこにすがるしかない源内をどうしたら表現できるか考えました」
今作での田沼と源内は先進的な考えでともに国の未来を夢見てきた。田沼から言葉をかけられた源内は子供のように泣きじゃくった。
「安田さんとも話しましたが、いちばん大事なのは意次に触れられたことによってかつての源内が戻ること。彼の生きる目標は意次の信頼であり、意次のためだという部分がある。そこを取り戻したいというのが森下さんの台本でした。田沼に触れられる部分の演技は、安田さんはなされるがままという感じでしたね」
田沼の面会から時がたち、牢にいる源内がパラパラと降る雪を見ながら、辞世の句を詠む。白湯が差し入れられたことに源内が気づいたところで場面が変わる。
「源内がもとの顔に戻っているということが重要です。裏設定ですが意次と会ってからひと月くらい経っています。白湯は毒入りなのか毒入りじゃないのかわからない設定です。視聴者がどう捉えるかで物語が膨らんでいくことが大事だと考えています」
渡辺謙の受けの演技
源内を助けようと、蔦重は須原屋(里見浩太朗)とともに田沼に会いに行く。源内は刀を売り払っていて腰に帯びていたのは竹光であること、酒に酔っていたとされているが源内は下戸であること—。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
だが、訴えもむなしく、源内が獄死したことが伝えられる。その場を去ろうとした田沼に蔦重は激昂して、「忘八め」と怒鳴りつける。怒りに満ちた目つきとやりきれない感情を表現した横浜の演技が印象に残った。
「あの場面は、蔦重、須原屋、意次と源内を大事にしている人たちが集まっている。本来なら政権のトップ近くにいる人に対してそんな暴言を吐くなんてありえないけれど、そうなってしまうくらい源内のことを思っているし、田沼だから言えた部分もある。すべてが合致したからこそ、流星さんの演技もあそこまでできた。流星さんは役の本質部分、台本に描かれていないところを埋めてくれる。だからああいう表情になっていくのかなと思いました。そこが流星さんの魅力です。(田沼演じる)謙さんが演技を受けてくれることによってぶつけることができたのも大きな要素だと思っています」
源内の墓前で
源内の墓前で蔦重と須原屋は語り合った。「今後も源内の本を出し続けることで源内の才能を世に伝える」と語る須原屋。蔦重が源内にもらった「耕書堂」という名前には、書をもって世の中を耕すという意味が込められていた。蔦重は号泣し、その名前と意味を世に伝えようと決意する。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
「流星さんは内に入るお芝居がすごくうまい。今までの蔦重じゃない部分がすごく表現されていました。源内の死を受け止めきれない。でも須原屋さんが包んでくれることによって、蔦重も自分なりに進まなきゃいけない。事前に、このシーンは号泣だよねっていう話はして、その状態にどう持っていくかは相談しました。須原屋さんも、蔦重を向くのではなく、源内の土饅頭に向かう。そうすることによってお互いが見ているものは何か、源内が2人にとってかけがえのない人物だったことが浮かび上がる。源内の躯(むくろ)もないから生きているか死んでいるかわからない。生きていてほしいっていう思いも含めてああいう風になったのかなと思います。流星さんがきっちりと源内に向き合って、次につないでいかないといけないという思いを表現してくれたいいシーンになりました」
14回では、ともに吉原の再興を夢見た瀬川(小芝風花)が、身を引く形で蔦重のもとから消えた。背中を押してくれた源内も去った。物語はここから新たな局面を迎える。
「瀬川と源内の喪失をどうとらえるか。それによって蔦重が個になるのか個じゃないのか。蔦重は2人がいなくなったとは思っていません。ずっと心の中に生き続ける。瀬川が言ったことを具体的に本にしていく。作ったものが残るということは居続けるということ。源内もそうです。耕書堂という言葉も含めて残り続ける。ともに進んでいけるという構造がより強くなったと感じています」
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