藤井聡太名人vs挑戦者・永瀬拓矢九段の名人戦第1局は超スローペースに。中継に映らない舞台裏では何が起きていたのか

2025年4月28日(月)12時0分 文春オンライン

 春は名人戦だ。


 藤井聡太名人に永瀬拓矢九段が挑戦する第83期名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟、協賛:大和証券グループ)が開幕した。第1局は4月9日から10日にかけて、東京都文京区の「ホテル椿山荘東京」で行われた。王将戦七番勝負が終わってからちょうど1ヶ月後の対局だ。



藤井聡太名人


名人戦七番勝負第1局開催


 椿山荘で名人戦七番勝負第1局が開催されるのが通例となったのは、毎日新聞・朝日新聞共催が始まった第66期(2008年4月)からで、今期で18回目となる。庭園の桜や新緑が美しいこの季節、毎年前夜祭から華やかに、手厚いもてなしで開催していただけるのは本当に幸せなことだ。感謝に堪えない。


 名人・藤井は対局室に、いつもと印象の違うモダンな風合いの羽織姿で現れた。ファンからの贈り物だということが後から報じられたが、そうしたお心遣いもまた長い将棋の歴史の中で息づいており、ありがたいことと思う。


 さて、第1局なので振り駒で先後を決める。5枚の歩を振り投げて、歩が多ければ名人先手、と金が多ければ挑戦者先手。この振り駒から第6局目までは先後を交代し、第7局までもつれ込むと改めて振り駒が行われる。多くのカメラに囲まれる中、と金が3枚出て永瀬が先手に決まった。


 2人の前局にあたる王将戦第5局でも後手番だった藤井は、初めての2手目△3四歩から雁木にして話題になったが、本局では飛車先の歩を突いた。永瀬の角換わり腰掛け銀を受けて立った。


対局開始から3時間で68手も進む展開


 序盤の駆け引きの末、永瀬が銀取りに桂を跳ねて戦端を開いた。この手順は誰あろう藤井が最初に指した仕掛けだ。対して、藤井は銀を玉の壁となるほうに引いた。3月2日に行われた棋王戦第3局で増田康宏八段が指した新手で、その将棋は先手の藤井がうまく攻めることができず、千日手となった。経験を生かして自ら採用したのだ。


 藤井の指し手が早い。1日目午前中だが消費時間は最大でも7分と、時間を使わず進める。永瀬も時間を使わず、対局開始から3時間で68手も進んだ。そして午後1時、昼食休憩前に39分を使って考えていた永瀬が、飛車取りに馬が入り、ようやく棋王戦第3局とは違う展開になった。


 だが、前例から離れても藤井の指し手は止まらない。78手目、馬が取れるのを放置して、先手陣深く、玉近くの桂の頭に歩を叩いた。この手の考慮時間も20分、明らかに研究手だ。とはいえ持ち時間9時間もあるのに、なぜそんなに急ぐんだ? その疑問の答えは2日目にわかる。


 永瀬は53分考えてから玉で取った。そして互いに質駒を取り合ったのち、藤井が86分使って永瀬玉のすぐ横、香の頭に歩を叩く。ここで永瀬が115分の大長考に沈み、午後6時30分、そのまま封じ手に。


午前中にたったの4手…1日目とは打って変わってスローペースに


 2日目、私は11時ごろ現地控室に到着した。立会人の島朗九段、副立会人(朝日新聞)の近藤誠也八段にあいさつをする。最近の近藤は朝日杯将棋オープン戦優勝、さらには順位戦でA級昇級とノリに乗っている。同じく副立会人(毎日新聞)の佐々木勇気八段と、大盤解説会の解説者の高見泰地七段もいる。佐々木と高見は私と同じ石田和雄九段門下の兄弟弟子で、実に心強い。


 佐々木は、昨日から藤井の△8八歩や△9八歩を予想し検討していた。


「藤井さんの研究勝ちですね。藤井さんが持ち時間でリードしているのは、今まであまりなかったですね。持ち時間で押せないと永瀬つらいなあ」


 1日目とは打って変わってスローペースになり、今日は封じ手を含めても午前中にたった4手しか進まない。


局面が動かず「詰将棋解答選手権」の話題に


 局面が動かないとあって、先日開催された第22回詰将棋解答選手権チャンピオン戦の話が出る。藤井の影響で、棋士も奨励会員も皆が難解な詰将棋を解くようになった。今回は伊藤匠叡王や佐々木も初参戦し、プロ棋士が20人も参加した。その中で藤井が唯一全問正解の100点満点。前半後半あわせて持ち時間180分中59分も余らせて、ぶっちぎりの優勝だ。44.5点で44位だった佐々木は「藤井さんは別枠です」と言いながら頭をかいた。


 詰将棋作家・チェスプロブレム作家にして英文学者の若島正さんが取材でいらしたのでお話をうかがう。「今までの優勝の中で一番驚いた」と私が言うと、「藤井さんだから特に驚かないですね」。


 さらに、竜王戦で2期連続快進撃を続けている山下数毅三段の話にふれる。


「今回83点で3位の山下くんとは、彼が幼い頃に詰将棋の話をしたことがありまして、『詰将棋に興味を持ったきっかけは、打ち歩詰め打開でよく出てくる飛車ナラズに感動したから』と言われたんですよ。藤井さんが9歳で『将棋世界』に初入選した作品が初手飛車ナラズなんです。なにか似たところを感じますね」


 天才同士には通じるところがあるということか。


永瀬が見せた「簡単には決着をつけさせない強さ」


 局面は進まない。86手目からの消費時間を記すと、まず藤井が86手目に113分をかけた。ここで昼食休憩1時間を挟んで永瀬が61分、さらに藤井59分と、たった3手進むのに約5時間もかかった。


 そして89手目、永瀬が5筋の歩を突いたのが問題の一手。7筋にいる飛車を追い払っておくのが先だったようだ。控室には佐藤紳哉七段と伊藤真吾六段も訪れ、熱心に検討されたが、すかさず7筋に銀を打ち込んだ藤井がペースを握ったと、見解は一致した。7筋に藤井のラッシュが続く。


 永瀬は守りの銀を見捨て、藤井の攻撃の根元である飛車の頭に歩を打つ。ここで30分の短い夕休憩に入った。


 後手よし、とはいえ変化が多く難解すぎて、結論は出ない。高見は言った。


「永瀬さんには簡単には決着をつけさせない強さがありますね」


 夕食休憩明けも藤井は攻め続けると控室では見ていたが、銀を取った後は何もせず、飛車を逃げて手番を渡した。「ここで!」と、皆が驚く。近藤は「まったく考えてなかったですね」。


 手番を渡された永瀬が最後の長考に入った。なにか永瀬に手段があるはずと、控室はにわかに活気づいた。


写真=勝又清和

〈 最後は37手詰! 佐々木勇気は「藤井さん強すぎる」とうめき、控室にいた棋士の表情は「恐ろしいものを見た」と語っていた 〉へ続く


(勝又 清和)

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