住み慣れた東京から熊本県山鹿市へ移住…住むのは「築150年の古民家」地元の人に評価されるまで、“夫婦2人で乗り越えた苦労”とは

2025年5月16日(金)18時0分 文春オンライン

 熊本で先行上映され、異例の5カ月ロングランを達成した話題の映画『骨なし灯籠』が、ついに東京・恵比寿ガーデンシネマほかで公開される。監督は、倉本聰氏が主宰する富良野塾出身の脚本家・木庭撫子さん。そして、夫の木庭民夫さんがプロデューサーを務めた。熊本県山鹿(やまが)市を舞台に、オール現地ロケで撮影された。


 二人が住み慣れた東京から山鹿に移住したのは、2021年9月のことだった。


「豊前街道沿いに、夫の先祖代々が暮らしたという築150年の古民家があり、そこを折に触れて訪ねるうちに、すっかり山鹿の町が好きになっていました」と撫子さん。



木庭撫子さん(左)、木庭民夫さん(右)


 そんな中で持ち上がった映画製作の話。ならば、この地を舞台にした作品を作ろうと乗り出したが——。


「最初、私は脚本だけを担当するはずでした。ところが、いろいろな事情で監督から編集までやらなくてはいけないことに……それで民夫さんを巻き込んで(笑)」と撫子さんが言えば、「いえ、私はさほどのことはしてませんよ。彼女が頑張るのを隣で見守るのが私の主な仕事です」と民夫さんが穏やかに微笑む。夫婦二人三脚での映画作りが始まった。


 しかし、二人がこれまで仕事をしてきた東京ならばいざ知らず、遠く離れた熊本では、たとえ民夫さんの故郷とあっても話はそううまくいかず、さらにコロナ禍でもあり、地元の協力を得られるようになるまでは苦労もあった。


「最終的に信用というか、評価していただけたのは、作品が完成し、試写をしてから。映画を観終わると口々に『山鹿をこんなに綺麗に撮ってくれて』『いい映画をありがとう』と。うれしかったです」


 悲しくも美しい物語である。古き時代の佇まいを残す山鹿の町を、あても無くさまよう男(水津聡)。彼が胸に抱えているのは妻(まひろ玲希)の骨壺だ。たまたま知り合った灯籠師見習い(高山陽平)のすすめで灯籠作りを手伝うようになったが、1年が経ち、妻の三回忌を迎えても、深い喪失と孤独は拭えない。そして8月、灯籠まつりの日。男の前に一人の女性が現れて——。


「特に個性的なストーリーではないんです」と撫子さん。妻を亡くした男が、どうにか生きる気力を取り戻すまでを、山鹿らしい景色の中で描く。その“らしさ”にこそ深い愛と丁寧な仕事が光る。また登場する人々の前向きな明るさも魅力のひとつだ。


「間の大切さ、シリアスな話にこそ笑いをという、倉本先生の教えを意識しました。それがある程度、うまくいったのかなと思います」


 タイトルの『骨なし灯籠』は、作中で大切な役割を果たす伝統工芸品・山鹿灯籠の異称。木材や金属を用いず、和紙と糊だけで作られる。そして中が空洞であるためにそう呼ばれる。最初、茫然自失状態の男を、町の人たちが親しみを込めて「骨なしさん」と呼ぶシーンは印象的だ。


「実は夫も前妻を亡くしています。出会った当時の彼の姿を、我知らず描いたのかもしれないと……」詰まる撫子さんの言葉を、民夫さんがさりげなく引き取る。「私の例を引かずとも、大切な人を亡くす経験は、誰にとってもつらくこたえるものです。海外の映画祭でも多くの観客が共感し涙を流して下さり、普遍性を改めて感じました」


「伝えたいのは、あなたはひとりじゃない、ということです」と撫子さんが最後に添えたメッセージが胸に沁みる。



こばなでしこ/1967年生まれ、愛知県出身。脚本家・倉本聰主宰の富良野塾5期生。放送作家、ライター等を経て、30歳から「浅野有生子」名義で脚本家として活躍。さらに作詞家としても活動。本作が初の監督作品。
こばたみお/1958年生まれ、熊本県出身。テレビ朝日系の番組制作会社、名古屋テレビ放送を経て、TOKYO MX。同社の執行役員を務めたのち2021年退職。本作プロデューサー。




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映画『骨なし灯籠』
脚本・監督・編集:木庭撫子
2023年製作/日本/108分
5月16日より全国順次公開
https://honenashi.com/





(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年5月22日号)

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