「マルメロ、キャベツ、キュウリ、メロンが見事な放物線状に…」“最高傑作にして屈指の静物画”と言われる理由
2025年5月21日(水)12時0分 文春オンライン
本作は、作者フアン・サンチェス・コターンの最高傑作であり、17世紀スペインの静物画の中でも屈指の作品とされているもの。非常にリアルで精密に描かれた野菜と果物が、整いすぎなほど見事な放物線状に配置されています。食品を写実的に描くという次元を超え、高い精神性を感じさせるのが魅力です。

フアン・サンチェス・コターン「マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物」 1602年頃 油彩・カンヴァス サンディエゴ美術館蔵
コターンは17世紀スペインの都市トレドで活躍した画家で、ボデゴン(厨房画)という静物画のジャンルの先駆的存在でした。静物画は画家が自分の身近にあるものを描くことが多く、いろんな配置を自由に試すことができる題材でもあります。コターンはよく、全く同じモチーフを別の絵で構図を変えて用いました。モチーフを置いた通りに描くのではなく、幾何学的に完璧な構図を目指して試行錯誤しながら再構成していたと考えられます。
さて、この絵の何が厳かな静謐さを感じさせるのでしょう。ひとつは、強い明暗のコントラストでしょう。テネブリズム(闇を意味するイタリア語に由来)といわれる手法で、劇的かつ神秘的な雰囲気を生み出せるため、17世紀の宗教画でよく用いられました。コターンはこの表現を取り入れた最初期の画家です。本作では野菜や果物を暗闇の中で明るく照らし出すことで、静物画ながらも宗教画のような神々しさを感じさせる効果を実現しています。
もうひとつは、曲線を描く構成です。静物画といえば、テーブルに無造作に物品を水平方向か少し傾斜をつけて並べたり、バランスよく三角形状に置いたりしたものが多いでしょう。それらを見慣れた目で見ると、この構図は珍しいものなので、どこか現実離れした、精神が上昇していくような不思議な感覚を覚えるのです。
ではモチーフを一つずつ、奥行き方向での位置関係を確認しながら見てみましょう。一番左のマルメロとその隣のキャベツは糸で吊るされていますが、これは当時の一般的な食品貯蔵法だったそうです。よく見ると、この2つの影はメロン等が置かれた台上に映っていません。つまり、これらは壁面のくぼみより手前に吊るされているということ。さらに、マルメロの葉がキャベツを吊るす糸より手前にあることから、マルメロは更に手前にあると分かります。一方、右側にあるキュウリと一切れのメロンは中央のメロンより少し手前に、鑑賞者側に突き出すような恰好で置かれています。これらは絵を見る側の人と絵の中の空間を繋ぐ役割を果たしていて、特にキュウリとメロンの角度の付け方がニクいところで、画中に引き込みつつ、主役のメロンの方に視線を誘導する流れを作っています。
このように確認してみると、放物線状に見える配置は、実際にはゆるやかな螺旋を描く立体的な構成になっていることが見えてきます。本作が優れた静物画と評価される理由は、見るほどに深みが増していく、この完璧に計算され尽くした類を見ない構図にあるのです。
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「西洋絵画、どこから見るか?—ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館vs国立西洋美術館」
国立西洋美術館にて6月8日まで
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2025dokomiru.html
(秋田 麻早子/週刊文春 2025年5月22日号)